座敷童子はホームレス

文字数 1,757文字

 座敷童子はホームレス

 わしは座敷童子、家に居つく子供の姿の妖怪。わしを見たものは幸せになるとか、家に富をもたらすと言われている。が、しかし、それは家にいた場合に限る。現在、わしに家は無い。

 木々を抜ける風と山々に響くカラスの声。何の変哲もない毎日である。
 わしは、日課である母屋前の草むしりをしていた。母屋といっても30年前に崩れ落ちた廃屋だ。だが、庭だけは綺麗にしておる。ここは約束の場所だからな。

「やはり、雪が溶けると、草が生えるのが早いな。ちょっと一休みでもするか」

 座敷童子は母屋裏の雑木林で横になると、うたた寝を始めた。

 そもそも廃村になった時点で、家主に付いていけば、わしも家を失うことは無かった。しかし、どうしても気になって残ってしまったのだ。
 なに、些細な約束なのだが……

 この家には時々、当たり前のように、わしが見える人間が生まれる。キヨもその中の一人だった。

『さとちゃん、キヨが大人になったら、この宝箱を一緒に掘り起こそう!それでまた遊ぼうね』

 キヨは当時七歳、約束と言えるかどうか微妙なところだ。宝箱といっても、お菓子が入っていたブリキ缶に、折り紙で作った鶴やメンコ、縁日のクジで当てた変な人形、川で拾った白くて丸い石、泡が沢山入った透明なビー玉が入っている。大人から見たら、ただのガラクタでしかない。

 当のキヨは、その約束から10年後、街から来た男と駆け落ちし、この村を出た。そしてほどなく、ここは廃村となった。

 例えキヨが約束を覚えていたとしても、70過ぎのばあさんが、これを取りに来るとは考えられん。しかし、どうしてじゃろ。
 わしは今でもキヨを待っている。

「……ちゃーん、さとちゃーん!どこー?」

 山に響く、人の声。
 座敷童子は勢いよく飛び起きた。
 声の出所を確認する。
 母屋の前に人影、
 …キヨか?

「さとちゃーん、いないなら、ひとりで宝箱掘っちゃうよー」

 そう叫んでいたのは、キヨでは無く、園芸シャベルを2本持った青年であった。
 歳は二十歳くらい、長身細身の青年は、駆け寄る座敷童子を見て安堵したようにみえた。

「さとちゃん、見っけ!良かった本当にいたんだ。俺、隆志。ばあちゃんに頼まれて、宝箱と、さとちゃんを迎えに来たよ」

「どういうことだ?キヨはわしとの約束を覚えておったのか?」

「勿論!うちのばあちゃん、それが生きがいだったからね。さ、さっさと宝箱掘り起こして、家に行こう。ばあちゃんさ、さとちゃんの為にどうしても家が欲しくてね、頑張ってお金貯めて家を建てたんだ。だから、すごく時間かかって遅くなっちゃってごめんね。あの人、すごい不幸体質でさ、全然お金貯まらなくて時間かかっちゃったけど、本当に楽しみにしてたんだよ」

 隆志はそう言うと、持っていたシャベルをひとつ座敷童子に渡した。

「さとちゃんて、里子って顔してるよね。すぐにわかった」

 勿論、青年に悪気はない。

『さとちゃん!そう、さとちゃんって呼ぶ!だって座敷童子ちゃんって長いし名前じゃないもの。それに里子って顔してるから、さとちゃん!ね、いいでしょ?』

 くったくのない笑顔のキヨと重なる。

「……隆志か、確かにキヨの血を受け継いでおるわ。お前ら、そっくりじゃ」


 キヨの不幸体質は廃村になった辺りから始まったようだ。おそらく、わしが家を離れたことによって、本来あの家に来るはずだった『長年の不幸』が一気にキヨへと流れ込んでしまったのだな。

 隆志から聞いたが、キヨは駆け落ち後、立て続けに子供が産まれ、同時期に亭主の事業が失敗、多額の借金を背負った。どうしようもないと思った亭主は有り金の全てを持ち、飲み屋の女と蒸発。キヨに残されたのは、多額の借金と乳飲み子を含む三人の子供だけだった。
 苦労したのは容易に想像できる。それでも借金を返し、家を購入したというのは、実にあっぱれなオナゴである。

 しかし、わしを迎えに行けると喜んだキヨは、不幸体質が仇となった。転んで手足を骨折、現在入院中である。くしくも宝箱を掘るためのシャベルを買いに行った帰りのことだった。
 ま、わしと暮らせば、また元通りの生活が送れるとは思うのじゃが……

 運命とは、思わぬ方向に動くものよのう。この後、わしとキヨとの生活が始まるのじゃが、それはまた別の機会じゃな。
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