瓶の中の手記

文字数 1,412文字

お題 『瓶の中の手記』

勤勉人魚

 私はトコトン研究する勤勉人魚。こうなった場合はこうする。ああなったら嫌だからこうしよう! そうやって今まで生きてきた。そして今回、私は伝説の悲恋に挑むことにした。

「ユリエラ、その髪どうしたの?」

 髪の先から尾びれの先まで美容に余念がないきらびやかな女子人魚達。そんな彼女達が集まる集会にショートカットで現れた私。注目と同情が一気に集まった。

「誰にやられたの? シャチの助? まさか最近静かだったクラー健太郎? 人魚に手をかけるなんて命知らずね、八つ裂きにしても物足りないわ!」

 ワナワナと負のオーラを放つお姉様方。早々に誤解を解かなければ海の治安が悪くなります。

「これは自分で切ったのでどうか落ち着いてください。実は……」




「はぁ? 魔女に売った!?」

「はい。正確にはこの魔法の小瓶を作ってもらうために魔女に髪を売りました。売るといっても髪なんてすぐに伸びますから全然苦ではないですよ」

 私はそう言って手記入りの小瓶を自慢げにかかげた。そう、本日の主役はこの小瓶! ショートカットなど、これを見せるためのパフォーマンスでしかないのだ。

「何言ってるのこの子は、『美』は人魚の命なのよ。美しくあればどんな男も手玉に取れる最強の武器なのに、何をやっているの!」

「その男を手玉に取るため……と言ったらどうしますか?」

 一瞬の静寂、生唾を飲む音だけが水に振動した。種の存続、それが人魚にとっての最大ポイント。『強くあれ』『美しくあれ』と理想は高いほど良いのです。

「ユリエラ、続けて……」

「この小瓶を使って伝説の悲恋『人魚姫』を克服します」

 おおおおお!!
 お姉様方のどよめき、ああ気分がいい。

「まず、声と引き換えに足の交換はリスクが高すぎます。ここで文字があったら毎度紙に書き出して状況説明が出来ていたのに、そして王子の周辺に『私が助けました』と書いて残せたのにと考えました」

「うんうん、そうね。でも……少し恩着せがましくないかしら、それ」

「はい。だからそれはしません。しかし文字はそれほど重要なのです。私は人間の言葉を、文字を理解し、すでに書けます」

 おおおおお!!

「しかし、先程のような行動は恩着せがましく嫌われてしまう。そこで考えたのがこの『小瓶』です。これは魔女の魔法で王子にしか届かない小瓶なのです。他のものが開けようとしたら海の藻屑となり、誰も2人の間には入れない愛の文通ツールなのです」

 おおおおお!!

「私は先日理想の王子を強引に助け、目が覚めるまで見つめ、うっすらぼんやりを利用し、手紙を書くと約束しました。王子は毎日海岸に来ています。手紙はまだか、あの時の美しい少女は誰だったのかと、気持ちが高鳴った今こそ私はこの小瓶を海に放つのです! そして何回かの文通で愛を育んだのち、ようやく足と声の契約をするのです!」

 おおおおお!!

「素敵よユリエラ、私たちもあなたを応援するわ!」

 私とお姉様方は心を1つにし海面へ向かいました。人魚界初の記念すべき文通恋愛の幕開けです!
 私は右手を振り上げ小瓶を海に放ちます。弧を描いた小瓶は日差しを浴びてキラキラと輝きながら


 ─────ドルフィンキックで海の藻屑となりました。第一回文通実験失敗────


 私の髪が伸びる頃。
 海岸に王子の姿はなく、すでに私は『思い出の人』となっていたのでした。

 今回の敗因は海に投げ放ったこと。
 次はただ水面に浮かばせます。


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