クロスロードの鳥

文字数 1,638文字

選択

「タコさん入れた?」

「もちろん!今日はカニさんも入ってるよ」

「やったー!早くお弁当食べたいなぁ」

 淡い桃色のお弁当袋、それを水筒と共に園児バッグに詰める。今日は萌花が楽しみにしていた遠足の日。園バスで中央公園に行く。街からは少し離れるから、静かで自然豊かな公園。そこには池や山もあり、園児でも遊べる遊具がある。萌花はここ数日遠足が楽しみで浮かれていた。夕べもなかなか寝付けなかったようだ。「あのね、公園に行ったらね、しーちゃんときいちゃんと鬼ごっこするの、それからね……」その先はわからない。だって私、萌花よりも先に寝てしまったから。萌花の声はまるで子守唄のように心地よかった。



 ドアに鍵をかけ、萌花とアパートの階段を降りる。園バスはアパートの前まで来てくれるのだ。ありがたいことです。萌花は満面の笑みでバスから手を振り、私も振り返した。


 かわいい、かわいい、一人娘の萌花。

 園バスを見送ると現実が私を襲う。


 私は何を間違ったのだろう……


 萌花は前彼ノブとの子供、だけど戸籍上は壮太が父親だ。ノブと私は結婚を考えていた。だけどノブは浮気をした。ショックで壮太に頼った。壮太が私を好きだと昔から知っていた。だから私はそれを利用したのだ。その後妊娠がわかり壮太と結婚、ノブは自ら命を絶った。しばらくして萌花を出産。血液型でノブの子供だとわかった。壮太とはそのことで離婚、がむしゃらに働かなければ生きてはいけない。早朝は冷凍倉庫での食品仕分け、朝食と萌花の世話があるので帰宅し、萌花を送り出したらまた別の会社で事務パート、夜は萌花と過ごすために内職。さすがに疲れた。


 部屋に戻ると目眩がした。貧血?

 とりあえず家を出るまで10分ある、少しだけ横になろう。


 目蓋を閉じると草原が一面に広がった。風に揺れる草むらに一本の獣道、私はそこに立っていた。


 夢!

 起きなきゃ、仕事に行かなきゃ!

 すると耳元で声がした。


「やり直せよ」


「え?」


「選択を間違えたんだろ?その道はこの先二股に分かれる、好きな方を選べ、チャンスをやる」


 声の主はそう言うが姿はない。言われた通りに道を進むと、確かに二股に分かれていた。右側の道に楽しかった頃のノブの笑顔が浮かぶ。左側には友達だった頃の壮太。

 なら、間違いなくノブに……!


 右に行こうとして足が止まる。

 この選択は結局前と同じ。

 私の選択でノブも壮太も不幸にした。そして萌花も……


「この道、戻ることは出来ないの?」


 声の主に問いかける。主は軽く鼻で笑ったようだった。


「そんな選択は初めてだな。でもな、それは無い。後ろを見てみろ」


 振り向くと後ろは全て闇だった。上も下もないただの闇の空間。血の気が引いた。


「一つだけ方法がある。それは上、だな。道を選ばないなら空を行け、そして自由になれ」


「空?それがいい、空ってどうやって?」


「……それでいいんだな。ならお前に翼をやる」


 主が言い終わると目線が一気に下がっていった。地面から十センチほどの高さ。生い茂る草がまるでジャングルのように感じる。私は鳥の姿になっていた。


「好きなところへ飛んでいけ」


 私は翼を動かした。体が軽いので思ってたよりも簡単に浮くことが出来た。風が体の横をすり抜ける、眼下には波打つ草原、しばらく進むと鬱蒼とした森があらわれた。木々の隙間を縫うようにして飛ぶ、そして視界が一気に拓けた。海だ。私は飛ぶことを楽しんだ。こんなにも自由に過ごしたのは久しぶりだった。何時間も休むこと無く高く早く飛び続けた。何にも縛られることなく自由に……

 海に沈む太陽に、ふと萌花の顔が浮かんだ。


「いけない、園に迎えに行かなくちゃ」


「何のために?」


 しばらく静かだった主が言った。


「え、だって萌花を迎えに行く時間なの。そろそろ家に戻りたいんだけど……」


「何を言っている?お前はすでに自由を選んだ。萌花はその時点で消えている。戻れる過去など無い。お前も見ただろう漆黒の闇を……」









 私は羽ばたくことをやめた……

 


 

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