秘密

文字数 1,315文字

お題 AI

AI

 誰にでも秘密はあるものです。例えそれが仲の良い家族だったとしても……



 朝靄の中、白髪のおじいさんがトラックから降りてきました。がっちりとした腕で庭に置かれた野菜コンテナを掴むと、軽々と荷台へ積みこんでいきました。

「よし、これで全部だな」

 おじいさんが額の汗を腕で拭うと、少年が走り寄ります。

「おじいちゃん。はい、これ」

 おじいさんにタオルを手渡した少年はにっこりと笑いました。おじいさんも同じようににっこりと笑っています。

「マルコ、ありがとよ」

 少年の名前はマルコ。正真正銘おじいさんのお孫さんです……が、そうではないのかもしれません。実はこれが、おじいさんの誰にも言えない内緒事なのです。

「じゃ、市場に出してくるから留守番しっかり頼むな」

「うん、頼まれた! いってらっしゃいおじいちゃん。あ、白いチョークが無くなりそうなの。街で買ってきてくれる?」

「よし! 頼まれた!」

 おじいさんは笑いながら手をふりトラックへ、そして麦畑脇の小道をガタガタと音を立てながら街へと向かいました。

 途中、ラジオでAIの最新ニュースが流れます。脳死のマウスにAIチップを埋め込むことで、脳が再生するというもの。それを聞くおじいさんの眉間は、より深い皺になっていきました。



 

 おじいさんが街に着くと、向かった先は市場ではありません。泥だらけのトラックが似合わない、街一番の大きな建物の前です。

 おじいさんは建物の前にトラックをとめると、白衣を着た男の人が二人、慌ててやってきました。車から降りたおじいさんは、白衣の人に車のキーを投げます。白衣の人は落とすまいと必死です。何とか掴めてほっと息を吐いていました。

「野菜は適当に皆で分けるように。あと白チョークを一箱帰りまでに用意しといてくれ」

「……わかりました教授」

 ここは大学病院のAI研究施設で、先ほどラジオで言っていた、マウス実験を成功させたところなのです。おじいさんはここの一番偉い人。しかし、孫のマルコにはそのことを内緒にしています。なぜって? マルコの前では野菜を作るおじいさんでいたいからです。



「人体実験まではまだまだだな……」

 白衣に身を包んだおじいさんが吐き捨てるようにいいます。それもそうなのです。だってすでに人体実験は済んでいたのですから。そしてそれは成功していました。

 マルコの脳にはAIチップが入っています。十年前の夏、おじいさんの息子夫婦は交通事故にあって亡くなりました。そしてその奥さんのお腹にはまだ小さなマルコがいたのです。おじいさんは奥さんのお腹からマルコを取り出し蘇生を試みます。しかし時間が経ちすぎました。マルコは脳死。しかしおじいさんは孫を諦めきれず、研究途中のAIチップを埋め込んでしまったのです。

 こうしてマルコは今も元気に生きています。おじいさんにとってたった一人の家族、そしてかけがえのない存在。しかしおじいさんは知りたいのです。今いるマルコは自分の孫なのか、AIが作り出した新たな人格なのかを……

 知ったところで何かが変わるわけではないけれど、知りたいのです。自分はマルコの魂を救えたのかどうか。

 ───だから今も研究を続けているのです。



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