猫が月夜に願うこと
文字数 2,000文字
月の欠片を拾った夜に、ぼくはお月さまに祈ったよ。「どうかぼくの願いを叶えて下さい」って。
ぼくの名前はクロ、耳の先から尻尾の先まで真っ黒な6歳の雄猫。ぼくは生まれて2ヶ月目にこの家にやってきた。お父さん、お母さん、おばあちゃんにお姉ちゃん、そしてミチ。
ミチはね、特別なの。この家でミチは1番年下、だからミチはぼくのすぐ上の姉になったんだ。
ミチの自転車の音はすぐわかる。どんなに遠くに離れていても、別の何かをしていても、絶対に聞き逃さない。すぐに家へと向かう。
ミチが、車庫横に自転車をとめた。ぼくはミチめがけて一目散。
「ミチ、おかえり!」
「あ、クロただい……」
爪を立ててスカートをかけあがり、ミチの顔を舐める、擦る、舐める、擦る、すりすりぺろぺろすりすりぺろぺろ……エンドレス。
「わかったわかった、まず離れて、家に入れて、ちょっと……制服に爪立てるな!耳元ゴロゴロうるさーい」
ミチは家族の中でも変わっている。やたらとぼくに構ってくる。沢山話しかけてくる。ぼくは言葉の意味がわかるけど、口にすると「にゃー」や「んごぉあ」ぐらいしか発音が出来ない。ぼくも沢山話したいことがあるのにな。ぼくもミチと話せたらいいのにな。
でもね、不思議なんだ。
ぼく、ミチと同じ言葉が喋れないのに、ミチには通じているみたいなんだ。ぼくが甘えたい時は思いっきり甘えさせてくれるし、側にいても、ちょっと触れていても、邪魔になんてしない。ぼくが飽きるまで一緒にいてくれる。だからミチは特別、ぼくの大好きなお姉ちゃん。
この家に来て3ヶ月が過ぎた頃、ぼくの右前足がただれた。外遊びも頻繁にしてたし、怪我をした所にバイ菌が入ったのだと、家族もぼくも思っていた。右前足に包帯ぐるぐる、歩きにくいったらありゃしない。
それからしばらくして首が痒くなった。痒くて痒くて後ろ足でとにかくかいた。毛が抜け、肉が切れ、血だらけになっても、その痒みは消えない。お母さんがぼくを座布団袋に入れて車に乗せた。
連れていかれた場所は『病院』なんだって。臭い、怖い、痛がっている声、怖がってる声、嫌だ。ここ嫌だ。早く家に帰りたい!知らない人にいろんなところを触られた。針も刺された。ミチ、助けてーーー!
夕方、ミチが帰ってきた。首と前足に包帯を巻かれたぼく。動きにくいけど、ミチに早く会いたい。車庫横に自転車をとめた。ミチーーーー!うまく爪が立たない、ずり落ちながらもミチにしがみつく。
「はいはい、ただいま。包帯増えたね」
ミチはそう言って、ぼくを抱きかかえてくれた。ミチ!ミチ!怖かったよ、凄く怖かったよ!ミチは、「うんうん」と言っていっぱい撫でてくれた。なんだかそれで怖いこと全部すっ飛んだ。ミチ、大好きだよ。
ぼくは血液のガンなんだって、あと半年しか生きられないと先生が言っていた。半年でどこまでミチに大好きを伝えられるかな。
痒みは体全体にまわってきた。痒いよ、痒いよ。かいて、ただれて、包帯が増えて、下痢の回数も増えていく。家族に迷惑かけてごめんね、汚す度に落ち込むけど、家族もミチもぼくを今までと変わらず接してくれる。
血だらけだよ、膿だらけだよ。なのに「大好き」「かわいい」といつも撫でてくれる。
みんなに大好きを伝えたいのに、ぼくばかりが大好きを貰っている。
余命半年から5年が過ぎたある日、それはいきなりやってきた。真っ直ぐに歩けない、座って、寝て、を繰り返した。そして1週間後、ついに動けなくなった。
「クロ」
ミチがいる。ぼくを呼ぶ声がする。ぼくはミチにクロって呼ばれるのが大好きだったんだ。ミチが付けてくれた名前だからね。ミチの匂いがする。顔、頬、顎下を優しく撫でてくれる。ミチ、ミチ、ぼくは舌を出して、ミチの指を舐めた。これしか出来なくてごめんね。
その日の夜、ぼくはこっそりと家を抜け出した。不思議なんだけどね、動けないはずの体が動いたんだ。階段を降りて玄関の引戸を開けて外に出た。お月さまがぼくを見ていたよ。
お月さまはぼくに言ったんだ。願いをひとつ叶えてくれるって。そしてね、お空から小さな月の欠片がゆっくりと落ちてきたんだ。
ぼくは月の欠片を拾ってお願いをしたよ。『みんなの夢に入りたい』って。家族もミチも寝ていたからね。ぼくはみんなの夢の中に入って、今までのようにいっぱい甘えて、はしゃいで、いたずらをして、最後にお別れを言ったんだ。
「みんな大好き、ミチ、大、大、大好き!いままでありがとう!」
「クロ、みんなもクロのこと大好きだよ!ミチもクロのこと大、大、大、大、だーーーーーい好きなんだからね!知ってるでしょ!こっちこそ、いままでありがとうね!」
初めてぼくの言葉を伝えることが出来た。夢だからきっと忘れてしまうと、お月さまは言ったけれど、それでもいいんだ。お月さまは優しいね、お願いをきいてくれてありがとう……
ぼくの名前はクロ、耳の先から尻尾の先まで真っ黒な6歳の雄猫。ぼくは生まれて2ヶ月目にこの家にやってきた。お父さん、お母さん、おばあちゃんにお姉ちゃん、そしてミチ。
ミチはね、特別なの。この家でミチは1番年下、だからミチはぼくのすぐ上の姉になったんだ。
ミチの自転車の音はすぐわかる。どんなに遠くに離れていても、別の何かをしていても、絶対に聞き逃さない。すぐに家へと向かう。
ミチが、車庫横に自転車をとめた。ぼくはミチめがけて一目散。
「ミチ、おかえり!」
「あ、クロただい……」
爪を立ててスカートをかけあがり、ミチの顔を舐める、擦る、舐める、擦る、すりすりぺろぺろすりすりぺろぺろ……エンドレス。
「わかったわかった、まず離れて、家に入れて、ちょっと……制服に爪立てるな!耳元ゴロゴロうるさーい」
ミチは家族の中でも変わっている。やたらとぼくに構ってくる。沢山話しかけてくる。ぼくは言葉の意味がわかるけど、口にすると「にゃー」や「んごぉあ」ぐらいしか発音が出来ない。ぼくも沢山話したいことがあるのにな。ぼくもミチと話せたらいいのにな。
でもね、不思議なんだ。
ぼく、ミチと同じ言葉が喋れないのに、ミチには通じているみたいなんだ。ぼくが甘えたい時は思いっきり甘えさせてくれるし、側にいても、ちょっと触れていても、邪魔になんてしない。ぼくが飽きるまで一緒にいてくれる。だからミチは特別、ぼくの大好きなお姉ちゃん。
この家に来て3ヶ月が過ぎた頃、ぼくの右前足がただれた。外遊びも頻繁にしてたし、怪我をした所にバイ菌が入ったのだと、家族もぼくも思っていた。右前足に包帯ぐるぐる、歩きにくいったらありゃしない。
それからしばらくして首が痒くなった。痒くて痒くて後ろ足でとにかくかいた。毛が抜け、肉が切れ、血だらけになっても、その痒みは消えない。お母さんがぼくを座布団袋に入れて車に乗せた。
連れていかれた場所は『病院』なんだって。臭い、怖い、痛がっている声、怖がってる声、嫌だ。ここ嫌だ。早く家に帰りたい!知らない人にいろんなところを触られた。針も刺された。ミチ、助けてーーー!
夕方、ミチが帰ってきた。首と前足に包帯を巻かれたぼく。動きにくいけど、ミチに早く会いたい。車庫横に自転車をとめた。ミチーーーー!うまく爪が立たない、ずり落ちながらもミチにしがみつく。
「はいはい、ただいま。包帯増えたね」
ミチはそう言って、ぼくを抱きかかえてくれた。ミチ!ミチ!怖かったよ、凄く怖かったよ!ミチは、「うんうん」と言っていっぱい撫でてくれた。なんだかそれで怖いこと全部すっ飛んだ。ミチ、大好きだよ。
ぼくは血液のガンなんだって、あと半年しか生きられないと先生が言っていた。半年でどこまでミチに大好きを伝えられるかな。
痒みは体全体にまわってきた。痒いよ、痒いよ。かいて、ただれて、包帯が増えて、下痢の回数も増えていく。家族に迷惑かけてごめんね、汚す度に落ち込むけど、家族もミチもぼくを今までと変わらず接してくれる。
血だらけだよ、膿だらけだよ。なのに「大好き」「かわいい」といつも撫でてくれる。
みんなに大好きを伝えたいのに、ぼくばかりが大好きを貰っている。
余命半年から5年が過ぎたある日、それはいきなりやってきた。真っ直ぐに歩けない、座って、寝て、を繰り返した。そして1週間後、ついに動けなくなった。
「クロ」
ミチがいる。ぼくを呼ぶ声がする。ぼくはミチにクロって呼ばれるのが大好きだったんだ。ミチが付けてくれた名前だからね。ミチの匂いがする。顔、頬、顎下を優しく撫でてくれる。ミチ、ミチ、ぼくは舌を出して、ミチの指を舐めた。これしか出来なくてごめんね。
その日の夜、ぼくはこっそりと家を抜け出した。不思議なんだけどね、動けないはずの体が動いたんだ。階段を降りて玄関の引戸を開けて外に出た。お月さまがぼくを見ていたよ。
お月さまはぼくに言ったんだ。願いをひとつ叶えてくれるって。そしてね、お空から小さな月の欠片がゆっくりと落ちてきたんだ。
ぼくは月の欠片を拾ってお願いをしたよ。『みんなの夢に入りたい』って。家族もミチも寝ていたからね。ぼくはみんなの夢の中に入って、今までのようにいっぱい甘えて、はしゃいで、いたずらをして、最後にお別れを言ったんだ。
「みんな大好き、ミチ、大、大、大好き!いままでありがとう!」
「クロ、みんなもクロのこと大好きだよ!ミチもクロのこと大、大、大、大、だーーーーーい好きなんだからね!知ってるでしょ!こっちこそ、いままでありがとうね!」
初めてぼくの言葉を伝えることが出来た。夢だからきっと忘れてしまうと、お月さまは言ったけれど、それでもいいんだ。お月さまは優しいね、お願いをきいてくれてありがとう……
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