第36話(挿絵)
文字数 1,870文字
*
夜の本丸。
同じ城のなかでも、さすがに本丸の廊下は広い。
天井が高く、いやに足音がひびく。
殺伐とした石造りの城塞とはいえ、本丸には置物や彫像があり、装飾的な柱もあった。つまり、陰になる部分が多く、見通しがきかない。
ワレスはホルズとドータスをつれて、ここを見まわりしていた。
こんな眺望の悪いところで物陰に人が隠れていれば、かなり近づくまで気づけず、あわててしまうに違いない。
ましてや、それが親しい女なら、なおのこと。ぼうぜんとしているうちに襲われてしまうだろう。
場所は本丸のなかでも、一階。
食堂や広間もあるので、ワレスたち傭兵でも、ほかの階層よりは比較的よく知っている。
「なあ、小隊長」
さっきから、ワレスのあとをついてくるホルズが、いやにちょくちょく声をかけてくる。
「なんだ?」
「あ、いや……」
そのくせ、ワレスがふりかえると口ごもる。
ワレスが分隊長のころから部下だったから、仕事ぶりは理解しているが、今夜は、どうもおかしい。
「なんだ? 言いたいことがあるなら言ってみろ」
ホルズは頭をかいた。
「え? いや、その……今日のあんた、むちゃくちゃ、ヤバイぜ」
なあ、と言って、ドータスとうなずきあう。
ドータスの顔もニヤけて赤い。
「背中から襲っちまいたくなるよなぁ」
ワレスは苦笑いした。
六海州の男は、どいつもこいつも単純だ。粗野で短絡的。勇猛で俊敏。
だからこそ、手足として使う兵士には手ごろだ。
彼らの浅黒い肌を見て、ワレスはこれまで一度も思いもしなかった妄想にふける。
たくましい褐色の肌の二人を物陰にひきこんで、かわるがわる犯されたら……。
(ハシェドの指。ハシェドの唇……)
体がおぼえている。
ふれられたところすべてに、小さな火がともったようだ。
頰にも耳にも、ひたいにも、首すじ、ハシェドの指がすべった足の上、刺青のあとのある内股……。
(ふれまいという、おれの決心も、おまえの愛撫にかかれば、これほどたやすく、とろけてしまうものなんだな)
今なら、ハシェドに求められれば喜んで足をひらく。
ホルズたちが襲いたくなるのも当然だ。ワレス自身が、そういう気分なのだから。
(ハシェドがやめてくれてよかった)
でも、受け入れたかった。
(そうでなければ、おまえに最後までゆるしていた)
ゆるしてしまいたかったのに。
理性と欲望が、ワレスのなかでせめぎあう。
この欲望を抑えるには、てっとりばやく誰かと寝るのが一番だ。
考えていると、ホルズの声がした。
「あっれェ。おどろかせんなよ。エミールじゃねえか。なんで、こんなとこにいるんだ?」
ワレスがふりむくと、エミールが似合いの赤い上着を着て、柱のかげから手招きをしていた。いつもの小悪魔みたいな微笑で。
ホルズとドータスは無防備に近づいていく。
「今日は客、とれなかったのか?」
「こんなとこにいたら危ねえぞ?」
どくん。
ワレスの心拍数はいっきに高まる。
そのあいだも、エミールは白い手をゆらゆらさせる。
「わかってるよ。だからさ、部屋まで送ってよ」
「いいけど。どの部屋だ?」
「どこでもいいよう。客のない日って困るよねえ。寝るとこなくて」
「あとでいいなら、おれが買ってやるぜ」
「ええ? あとでぇ?」
「さきに部屋行って待ってろよ」
「うん。そうだなぁ」
どくん。どくん。
ワレスは三人の会話にわりこむ。
「エミール。おまえがホルズたちを客にしているとは知らなかった」
「かたいこと言うなよ。隊長、な?」と言ったのはホルズだ。
「べつに怒ってやしないさ。なりゆきに少しおどろいてはいるが」
「そこは金さえ払えば客だしよ。な、エミール?」
どくん。ドクン。ドク……。
「……おれたちは、三人ともエミールを知っているな?」
笑いながら、ホルズがエミールの肩に手をかけようとした。
「何を言ってんだよ。隊長。今さらわかりきったことを」
そのとき、エミールの白い手が、すっと——
「離れろッ。ホルズ!」
ワレスは叫んで剣をぬいた。
エミールの腕が蛇のように伸びる。
(蛇……のように?)
白く長く
それが放心して腰をぬかすホルズの首にまきついた。
「バケモノ!」
ワレスのふった剣の切っ先に、ザクリと感触がある。
エミールの口から悲鳴があがった。
幻が消える。
「ホルズ! しっかりしろ」
「あ……ああ。すまねえ」
つぶやくホルズの首から、ぼとりと白いものが床に落ちる。
「なんだ、こりゃ? なあ、隊長?」
「ああ……」
ワレスは床に落ちたものと、壁に光る白い円を見くらべた。
夜の本丸。
同じ城のなかでも、さすがに本丸の廊下は広い。
天井が高く、いやに足音がひびく。
殺伐とした石造りの城塞とはいえ、本丸には置物や彫像があり、装飾的な柱もあった。つまり、陰になる部分が多く、見通しがきかない。
ワレスはホルズとドータスをつれて、ここを見まわりしていた。
こんな眺望の悪いところで物陰に人が隠れていれば、かなり近づくまで気づけず、あわててしまうに違いない。
ましてや、それが親しい女なら、なおのこと。ぼうぜんとしているうちに襲われてしまうだろう。
場所は本丸のなかでも、一階。
食堂や広間もあるので、ワレスたち傭兵でも、ほかの階層よりは比較的よく知っている。
「なあ、小隊長」
さっきから、ワレスのあとをついてくるホルズが、いやにちょくちょく声をかけてくる。
「なんだ?」
「あ、いや……」
そのくせ、ワレスがふりかえると口ごもる。
ワレスが分隊長のころから部下だったから、仕事ぶりは理解しているが、今夜は、どうもおかしい。
「なんだ? 言いたいことがあるなら言ってみろ」
ホルズは頭をかいた。
「え? いや、その……今日のあんた、むちゃくちゃ、ヤバイぜ」
なあ、と言って、ドータスとうなずきあう。
ドータスの顔もニヤけて赤い。
「背中から襲っちまいたくなるよなぁ」
ワレスは苦笑いした。
六海州の男は、どいつもこいつも単純だ。粗野で短絡的。勇猛で俊敏。
だからこそ、手足として使う兵士には手ごろだ。
彼らの浅黒い肌を見て、ワレスはこれまで一度も思いもしなかった妄想にふける。
たくましい褐色の肌の二人を物陰にひきこんで、かわるがわる犯されたら……。
(ハシェドの指。ハシェドの唇……)
体がおぼえている。
ふれられたところすべてに、小さな火がともったようだ。
頰にも耳にも、ひたいにも、首すじ、ハシェドの指がすべった足の上、刺青のあとのある内股……。
(ふれまいという、おれの決心も、おまえの愛撫にかかれば、これほどたやすく、とろけてしまうものなんだな)
今なら、ハシェドに求められれば喜んで足をひらく。
ホルズたちが襲いたくなるのも当然だ。ワレス自身が、そういう気分なのだから。
(ハシェドがやめてくれてよかった)
でも、受け入れたかった。
(そうでなければ、おまえに最後までゆるしていた)
ゆるしてしまいたかったのに。
理性と欲望が、ワレスのなかでせめぎあう。
この欲望を抑えるには、てっとりばやく誰かと寝るのが一番だ。
考えていると、ホルズの声がした。
「あっれェ。おどろかせんなよ。エミールじゃねえか。なんで、こんなとこにいるんだ?」
ワレスがふりむくと、エミールが似合いの赤い上着を着て、柱のかげから手招きをしていた。いつもの小悪魔みたいな微笑で。
ホルズとドータスは無防備に近づいていく。
「今日は客、とれなかったのか?」
「こんなとこにいたら危ねえぞ?」
どくん。
ワレスの心拍数はいっきに高まる。
そのあいだも、エミールは白い手をゆらゆらさせる。
「わかってるよ。だからさ、部屋まで送ってよ」
「いいけど。どの部屋だ?」
「どこでもいいよう。客のない日って困るよねえ。寝るとこなくて」
「あとでいいなら、おれが買ってやるぜ」
「ええ? あとでぇ?」
「さきに部屋行って待ってろよ」
「うん。そうだなぁ」
どくん。どくん。
ワレスは三人の会話にわりこむ。
「エミール。おまえがホルズたちを客にしているとは知らなかった」
「かたいこと言うなよ。隊長、な?」と言ったのはホルズだ。
「べつに怒ってやしないさ。なりゆきに少しおどろいてはいるが」
「そこは金さえ払えば客だしよ。な、エミール?」
どくん。ドクン。ドク……。
「……おれたちは、三人ともエミールを知っているな?」
笑いながら、ホルズがエミールの肩に手をかけようとした。
「何を言ってんだよ。隊長。今さらわかりきったことを」
そのとき、エミールの白い手が、すっと——
「離れろッ。ホルズ!」
ワレスは叫んで剣をぬいた。
エミールの腕が蛇のように伸びる。
(蛇……のように?)
白く長く
うねる
ものが、ワレスの目に焼きつく。それが放心して腰をぬかすホルズの首にまきついた。
「バケモノ!」
ワレスのふった剣の切っ先に、ザクリと感触がある。
エミールの口から悲鳴があがった。
幻が消える。
「ホルズ! しっかりしろ」
「あ……ああ。すまねえ」
つぶやくホルズの首から、ぼとりと白いものが床に落ちる。
「なんだ、こりゃ? なあ、隊長?」
「ああ……」
ワレスは床に落ちたものと、壁に光る白い円を見くらべた。