第41話

文字数 2,384文字



「ユージイ。おまえと話がしたいんだ」

 ワレスはユージイの目を見返して話しかけた。
 意外にも、まともな応えが返ってくる。

「よろしいですよ」

 ウワサで聞くほど、ユージイの状態はひどくないらしい。ろくな会話もできないだろうと考えていたワレスの予想は、いい意味で裏切られた。

「おれはワレス小隊長だ。昨日、コーマ伯爵閣下よりお直々に、正規隊をさわがせている怪事件を解決するよう任命された。ついては、おまえが出会ったという女のことを聞きたい」

 ユージイは無言で、品定めするようにワレスを見おろしていた。やがて、ゆっくりと口をひらく。

「……言っても、信じてもらえないでしょう」
「それは聞いてみなければわからない」
「いいえ。誰も信じてくれなかった。あなたも絶対にそうだ」

「そんなふうに言うのは信じてもらいたいからだろう? ならば、話してみるしかないな」
「…………」

 ユージイはやっと話す気になったようだ。
 だが、まわりの兵士たちが迷惑そうに見ている。何日も満足に寝ていないような顔つきだ。ワレスは気をきかせることにした。

「ここでは、こみいった話ができない。おれの部屋へ行かないか?」

 そのとたんだ。
 ユージイが叫びだした。

「アイツが——アイツが来る!」

 わめきだして、手がつけられない。
 どうやら、ワレスはタブーにふれてしまったらしい。
 同室の兵士たちが両手で耳をふさいで口々に訴えた。

「もうイヤだ! コイツをなんとかしてくれ!」
「誰か黙らせてくれ!」

 ワレスは相手をかえて、兵士たちにたずねた。

「ユージイは、いつもこうか?」

 よほど耐えかねているのか、即座にあちこちから声が降ってくる。

「夜になると叫ぶんだ。こっちが仕事に行くときに」
「アイツが来るぞ、アイツが——って。それを聞くと、歩けなくなる。ふるえて、足が……」
「疲れて帰ってきても、明かりを消すと、また叫ぶ。寝られやしない」
「でも、サムウェイ隊長は生きてるかぎり仲間だから、めんどう見てやれって……もうイヤだ!」

 いっせいに叫ぶので聞きわけるのが大変だったが、要約すると、そういうことらしい。

「わかった。誰か、おれに手を貸せ」

 ぼんやりしている兵士たちに指示して、二、三人ぶんの布団をユージイの寝台の下につみあげる。

 ユージイは三段ベッドの一番上で青くなる。

「まさか……」
「そう。そのまさかだ。おまえをそこから、ひきずりおろす」
「やめてくれ! そんなことしたら、死んじまうよ!」
「問答無用だな」

 ハシゴに手をかけると、うわああッと悲鳴をあげて、ユージイはワレスの頭をけってきた。

 これだけさわいだのだから、周辺の部屋からも兵士が集まってくる。そのうち誰かが呼んだらしい。

「そこで何をしている」

 足音も高らかに入ってきたのは、ワレスと同じ小隊長のマントをつけた男だ。褐色の髪を短く切り、うしろにピッタリなでつけている。しぐさのイチイチが高圧的で、いかにも武官らしい。

 その顔に、ワレスは見おぼえがあった。
 以前、階段ですれちがった男だ。ハシェドと階段近くの床をしらべていたとき、通行のジャマだと言いがかりをつけてきた。

 兵士たちが、とびあがって敬礼する。
「サムウェイ小隊長!」
「小隊長殿に敬礼!」

 よほど恐れているらしい。

 サムウェイはひととおり室内を見まわしたのち、視線をワレスにむけた。
「そこで何をしているのだ?」

 いちおう、あいさつしておくのが礼儀かと、ワレスは思った。
「おれは第四大隊、ギデオン中隊の——」

 しかし、それが終わらないうちに、サムウェイが妨げる。
「名前くらい知っている。ワレス小隊長。私の部隊内で何をしているのかと聞いているのだ」

 語調から、露骨(ろこつ)にワレスに対する嫌悪が感じられた。
 ワレスも相手にするのがバカらしくなった。

「どうでもいいだろう? と言いたいところだが、伯爵閣下のご命令だ。ジャマしないでもらいたい」

「私の部下を上官の私に断りなく、寝台からひきずりおろすことが、閣下のご下命なのか?」

「本丸で起こっている怪事件を解決しろとのご用命だ。それに関しては全権を任されている。おれのやりかたに口出ししないでもらいたい」

 ひきさがるかと思ったが、サムウェイは言い返してきた。

「ほかの何をしようと、おまえの勝手だが、私の隊の規律を乱すことはゆるさん。それに関しては、私も閣下に一任されているのだ」

 ワレスの口調をマネするところがムカついた。
「この部屋の規律は、とっくに乱れている。それに気づかないなら、あんたの目は節穴だ」

 カッと頰を染めて、サムウェイも頭に血をのぼらせる。が、どうにか自制した。唇をかみしめて、ワレスをにらんでいる。

 そのすきに、ワレスはユージイのベッドにあがった。
 まるで、ワレス自身がその化け物であるかのように、ユージイはあとずさり、壁ぎわに逃げていく。

 ワレスは意地悪く笑った。
「そんなに壁に近わると、ほら、おまえのうしろに、アイツが——」

 ユージイは悲鳴をあげて、今度は壁からとびのいた。ベッドの手すりをとびこえそうな勢いだ。

 ワレスはジゴロ仕込みの甘い微笑で懐柔にかかる。

「バカだな。冗談に決まっている。こんな昼日中から出てくるものか。おれの目はふつうの人間に見えないものが見えると、ウワサで聞いたことがないか?」

 ふたたび、ユージイの目が、最初にワレスを品定めしたときと同じものになる。

「……ほんとうに?」
「ああ」
「…………」
「おれなら、アイツがいつ、どこから現れても見える」

 ワレスは嘘をついて、自分の能力を誇張した。皇都でなら誇大広告の勧告を受けるところだが、幸いにして、ここは皇都ではない。まずは、ユージイの信頼を得ることが先決だ。
 思ったとおり、ユージイのワレスを見る目が変わった。

「おれの部屋に来るか?」

 聞くと、ユージイは子どものように、こっくりとうなずいた。
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登場人物紹介

ワレス


このシリーズの主役。

愛する人が必ず死んでしまうという運命を背負った薄幸の美青年。金髪碧眼。

霊など普通の人には見えないものが見える。

魔物の巣食う森に面した砦で傭兵の小隊長をしている。

ハシェド


ワレスの部下。分隊長。

褐色の肌に巻き毛の黒髪。はしばみ色の瞳。

おせっかいでお人よしに見えるが、敵国同士の出身の親のあいだに生まれたことで苦労してきた。

エミール


もとワレスの部下。今は食堂の給仕係。

赤毛で左右の瞳の色の違うオッドアイ。

ワレスを好きだが、ワレスが好きなのは別の人なので本人的に面白くない。

クルウ


一見おだやかで優秀。だが、じつは騎士の出身で、なかなか本心を明かさない。

黒髪黒い瞳。端正な顔立ち。

ギデオン


ワレスの上官。金髪碧眼が好みで生粋のゲイ。

国境付近の街の出身。

なんとかワレスをものにしようと何かとからんでくるが、ほんとに愛していた人は死んだというウワサがある。

メイヒル


ギデオンの右腕で第一小隊の小隊長。

金髪碧眼。

ギデオンの言いなり。

ワレスのことをライバル視していたが……。

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