第16話
文字数 1,755文字
しなだれかかってくるロンドの、いやに可愛いベビーブルーの瞳を見て、ワレスはそうしてもいいなと思った。
この手で殺すほど憎んだ父に瓜二つの容貌を、どれほど、うとましく思ったことだろう。
(たぶん、半年前なら応じていた。しかし……)
今はこの体でも悪くないと思える。
ハシェドが愛し、あこがれているのは、この体だから。
「たいがいにしておけよ。ヘボ魔術師。霊の一つも呼べないで」
憎まれ口をたたくと、ロンドは身をよじった。
「ですからぁ、あなたに呼ばれて来ないってことは、その女の魂は、もう、この世にはありません」
「というと?」
「昇天したのですね」
「死後の世界なんてものがあるのか? おれには、どうも信じられないが」
ロンドは
じれったそう
だ。「つまり……つまりですねぇ。ああ……これは魔法使いではないかたに言ってはいけないんですけど……つまりぃ……」
「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと白状しろ」
「わかってますよぉ。だから、つまり……転生したのです」
「転……」
ただ一度きりの生だと、必死になって生きてきた。この思想は、ワレスにとって、ひどくショッキングだった。
「転……生? ほんとに?」
思わずつぶやくと、ロンドが頼りない口調で、もぞもぞと答える。
「……らしいのですけど、この話はとにかくややこしくて、わたくしもまだ、よく飲みこめてないんですよ。時間の流れがなんとかかんとか、星の生と死がどうとか、時間軸のなかの平行する宇宙がこうとか……世界のありかたそのものにかかわるらしいんですよね。まあ、そんなわけで、この話は今度ゆっくり、司書長をまじえてしましょうよ」
「なるほど。よくわかった。おまえに聞いてもムダだということがな」
「うっ……」
「とにかく、リリアの魂は、すでにこの世にはないということか」
「そうです」
「では、おれの見たのは、なんだったんだ?」
「わかりませんが、ほかの女と見まちがえた、なんてことはありませんか?」
そう言われると、心あたりがなくもない。
(初めてリリアを見たとき、少し似ていると思った……)
ワレスは深々と椅子に沈みこむ。なんとなく、強い疲労感をおぼえる。
「腰まである長いブロンド。遠目に見て、砦に関係があると思ったので、おれはまっさきにリリアだと思った。だが、砦以外の場所で見たなら、別の人を思いだしたかもしれない」
ぎゅうっと、ロンドがワレスの腕をつねってくる。
「痛いな」
「憎い人。誰なんですか? 素直に言ってごらんなさい」
「……母だ。おれが五歳のときに死んだ」
顔形がリリアに似ているわけではない。
だが、あの長いブロンドは特徴的だ。ユイラ人のほとんどは黒髪なので、金髪というだけでめずらしい。
ロンドも神妙な顔になって、うなずく。
「わかりました。今夜は帰ります。では、また何かあれば、お声がけください。おやすみなさい」
意外にまともなことを言って、ロンドは立ちあがった。ついでに、ひゅっと頭をさげてきて、ワレスの頰に接吻した。いやな感じがしなかったのは、精気を吸いとるという例のことをしなかったせいだろう。
「では、これで」
行きかけるのを、ハシェドが呼びとめる。
「ちょっと、ロンド。いいかな」
「はい?」
そういえば、ハシェドは交霊が終わったあと、黙りこんで何やら考えこんでいた。
「さっきの神聖語ってやつなんだが」
「はいはい」
「ほかの国でも、ああいう言葉を使うのかな?」
「ええ……どうでしょう。あなたのおっしゃるのは、第三種のことですよね? 人間の耳にも聞こえる音の」
「そうなるかな」
ワレスは神聖語を知っているので、音を聞けば意味がわかる。しかし、クルウはともかく、ハシェドやアブセスには意味不明な怪しい呪文にしか聞こえなかっただろう。
ロンドは頭をひねって答えを探すふうだ。
「うーん……第三種は精神力を高めるためのものなので、たぶんに
「たとえば、その……ブラゴール語でも?」
「はあ。わたくしでは、ちょっと……くわしい者に聞いておきますが、なぜですか?」
反問されて、ハシェドは返事に
「なんでもない」
その顔つきは、なんでもないというものではなかったが……。