第7話

文字数 1,848文字


「は、はい! 亡霊のウワサが立ったのは、かれこれ三ヶ月前からです。しかし、前庭の変死ですとか、その……ほかにも、いろいろありましたので……」
「ワレス小隊長は盗人だとかいうウワサだな」

 兵士は困ったように笑う。笑ってから、マズイことしたかなというように、ワレスをうかがいみた。正規兵では、それほど上下関係が厳しいのだろう。

「かまわん。続けろ」
「はい。じっさいに死体が出たのは、今回が初めてです。被害の起こる間隔もひらいておりましたから、それほど大きくさわがれてはいませんでした」
「で、どんなオバケが出るんだ?」

 さきをうながすと、兵士の表情がこわばる。

「壁から女が出てくるというのです。それが、あっというまに近くにいる者をひきこんでしまうのだとか。女ともども壁のなかに消えて、あとには何も残りません」

 ワレスはリリアを思いだした。
 ワレスが砦で見た、ゆいいつの幽霊だからだ。

「どんな女だ?」
「私は見たことがありませんので、なんとも……」
「女の霊……か」

 考えているところに、背後から、すうっと手が伸びてきて、ワレスの首にまきつく。

「わッ」

 おどろいて立ちあがろうとすると、
「ああ……気持ちいい」
 抹香くさい匂いは、ロンドだ。

「きさまか。離せ」
「イヤですぅ……離れません」
「うっとうしいヤツだな。なぜ、そう、おれにベタベタするんだ」
「なぜにとおっしゃるのですかぁ……?」

 答えを聞くのが、妙に怖い。

「いや、いい。ミミズみたいなヤツに好きだのなんだの言われたら、うなされてしまう」

 何がおかしいのか、ロンドはクスクス笑った。やっぱり、気持ち悪い。

「ミミズですか。あれは清潔な生き物ですね。土しか食べません」
「いいから、離せ」

「そのお話なら、わたくしも聞いておりますよ」
「離せと言ってるんだ! この妖怪タコ人間!」と言ってから、ハッとワレスは気づく。

「何を知ってるだって?」
「さきほどの亡霊のお話です。それって、砦に古くからいる霊じゃないんですよね」
「古くからって……どういうことだ?」

 うふふふふと笑って、ロンドは布ごしにワレスのうなじに口をつけてきた。あきらかに体温がさがるほど、ゾォッと寒気がする。亡霊より、こっちのほうが怖い。

「——早く言え!」
「ああーん。どうせ、わたくしは妖怪タコ人間ですからぁ」

 しっかり聞いていたらしい。

「……あやまる。すまない。教えてくれ」

「じゃあ、言いますけど。わたくしは司書ですから、砦の文書は網羅(もうら)しております。先輩がたからも、こもごもお話をご教授いただいておりますし、文献に残る有名な霊は、全部、知っております。名前も出る場所も、出る原因も。でも、そのウワサに該当する亡霊はございません。霊だとしても、真新しいものでしょう」

 ジョルジュが青くなる。

「やなこと言うなぁ。この砦には、そんなにたくさん……アレがいるのか?」
「それはもう。お教えしましょうか?」と、ロンド。
「ぎゃあッ。やめろ! やめてくれェ!」

 ジョルジュが耳をふさいて、やかましく叫びたてる。
「こっちは見えないんだから、知らないほうがマシだぁー!」

 ロンドは残念そうだ。
「そうですか?」

 ワレスは顔をしかめた。
「おれには、ロンド。おまえのほうが薄気味悪い。おまえにさわられると、なんというか、こう……ゾッとする」

 ロンドはワレスの襟足をさすりながら笑う。

「あたりまえです。わたくし、こうやって、あなたの精気を吸いとっておりますから」
「化け物ッ!」

 思いっきり、ロンドをつきとばす。
 しかし、ロンドは嬉しそうにクネクネしていた。
 ワレスはロンドを無視することに決めた。

「わかった。とにかく、そういうことなら、今夜から泊めてやろう」
「まあ、うれし……」

 無視できなかった。
 言いかけるロンドを、かぶりぎみに制する。

「おまえじゃない。ジョルジュだ」

 指をくわえるロンドのそばで、ジョルジュはホッと安堵する。
「助かる。そうさせてもらうよ」

「ハシェド。寝台が一つあいていたな?」
「はい。みんなの荷物が置いてありますが、すぐにおろします。ふとんは予備が物置部屋に」

「じゃあ、夕方によせてもらうよ」と、ジョルジュは言った。

「ああ。クルウやアブセスにも話しておく。おれがいなければ、勝手に入って休んでくれ——それで、ロンド。反古紙は?」
「あーい。あなたのためですから、特別にィ……」
「あんまり近よるな」
「そんなに離れてると、精気が吸えません」
「吸わなくていいんだ!」

 反古紙をうばいとって、ワレスは文書室から逃げだした。
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登場人物紹介

ワレス


このシリーズの主役。

愛する人が必ず死んでしまうという運命を背負った薄幸の美青年。金髪碧眼。

霊など普通の人には見えないものが見える。

魔物の巣食う森に面した砦で傭兵の小隊長をしている。

ハシェド


ワレスの部下。分隊長。

褐色の肌に巻き毛の黒髪。はしばみ色の瞳。

おせっかいでお人よしに見えるが、敵国同士の出身の親のあいだに生まれたことで苦労してきた。

エミール


もとワレスの部下。今は食堂の給仕係。

赤毛で左右の瞳の色の違うオッドアイ。

ワレスを好きだが、ワレスが好きなのは別の人なので本人的に面白くない。

クルウ


一見おだやかで優秀。だが、じつは騎士の出身で、なかなか本心を明かさない。

黒髪黒い瞳。端正な顔立ち。

ギデオン


ワレスの上官。金髪碧眼が好みで生粋のゲイ。

国境付近の街の出身。

なんとかワレスをものにしようと何かとからんでくるが、ほんとに愛していた人は死んだというウワサがある。

メイヒル


ギデオンの右腕で第一小隊の小隊長。

金髪碧眼。

ギデオンの言いなり。

ワレスのことをライバル視していたが……。

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