第6話

文字数 1,967文字



「あーら、いらっしゃーい。お待ちしておりましたよ」

 文書室へ行くと、安っぽい酒場の酌婦のように、ロンドが迎えてくれる。ベッタリしがみつかれると、抹香(まっこう)くさい。

「あいかわらず、気持ちの悪いヤツだな」
「あいかわらず、冷たいお人。でも、ステキ」

 頰やら首すじやらベタベタさわられるのだが、今日は我慢しておかなければならない。少なくとも反古紙をもらうまでは。

「今日は、おまえに頼みがあって来た」
「あーん。わかりましたぁ! 今夜、忍んでまいりますぅ」

 ワレスはゾッとした。
「なんでだ。おれは反古紙の都合をつけてもらいたいだけだ」

 今日は仕事中なので、ロンドは司書の制服を頭からかぶっている。頭部ぜんたいを覆うフードのせいで、顔色はわからない。しかし、ガッカリしたようだ。
「しゅん……」と、擬態語をみずから発し、わざとらしく、うなだれている。

 ワレスはそれを無視して話を続けた。
「大きさにもよるが、三十枚ばかりでいい。来月からは石板と白墨を用意する」

 ロンドはひらきなおった。
「反古紙一枚につきィ、一回ィ……」

 亡霊のような抑揚をつけて、ワレスの耳元でゴチャゴチャ言っている。

「一回、なんだというんだ? 寝ろというなら、冗談じゃない」
「ダメですかぁ……?」
「どっちもイヤだが、おまえなら、まだしも中隊長のほうがマシだ」
「ひどいィ……」
「まともな人間みたいに傷ついたふりをするな」
「わたくしは、あなたの影。どこまでも、つきまとってやるぅ……」

 たえきれなくなって、ワレスは叫んだ。

「ハシェド! コイツをなんとかしてくれ!」

 つきとばすと、ロンドは両手を動く死体みたいに伸ばして追ってこようとする。
 ハシェドが笑いながら、ロンドの肩を押さえた。

「ロンド。それ以上やると、隊長、もう文書室に来てくれなくなるぞ。それでもいいのか?」
「それは、イヤですぅ……」

 離れたので、ワレスはホッとした。

「おまえも、だんだん人間離れしてくるな」
「それはまあ、わたくしも魔術師ですから……わかりました。反古紙ですね」

 あきらめたようすで、すごすごとロンドは歩いていった。

「よう。モテるじゃないか」

 声がしたほうをむくと、窓ぎわで絵を描くジョルジュがいた。今日は絵描きの商売が繁盛しているらしく、何人もならんでいる。

「忙しそうだな」
「おかげさまでね。絵の具をありがとう」

 それも盗賊団の件で協力してくれた礼だ。

「好きな色を使えるってのは気持ちがいいよ。ほら、男前に描けたろう?」

 ジョルジュはむかいにすわった男に絵を渡し、ワレスに手招きする。だが、顔は次にすわった男のほうを見ている。

「家族に送る絵? いいとも。一枚二リーブだ。金はそこに置いてくれ」

 注文を聞き、絵筆を動かしながら、ジョルジュは言った。

「たのみがあるんだ。小隊長。今日から、あんたの部屋に泊めてくれないか?」
「急にどうした?」
「気味悪くてさ」
「何が?」
「う、わ、さ。おれ、苦手なんだ」

 ワレスはハシェドと顔を見あわせた。

「階段のところで人が死んだというやつか?」
「まあね。知ってたのか」
「つい昨日、知った」

「今までは正規兵のところを泊まり歩いてたんだ。正規兵のほうがおとなしいし、生活時間も規則正しい」

「べつに泊めるのはかまわないが、変死にイチイチおびえていたら、砦じゃやっていけないだろう?」
「そりゃ、おれだって、魔物にやられるかもしれないって覚悟はしてきたさ。だけど、あればっかしは……」

 ぶるぶるっと、ジョルジュは自分の言葉にふるえた。

「あれって、なんだ?」

 ワレスがたずねると、イヤそうな顔をする。

「あれはアレだよ。ほら……聞いてるんだろ?」
「おれが聞いたのは、変死体が見つかったという話だけだ」

 ジョルジュは泣きそうな顔で、変なことを言いだした。

「ゆ……幽霊だよ」
「幽霊? 幽霊がどうしたって?」
「何度も言うなよ。おれ、ほんとに苦手なんだ。怖がりとでもオクビョウとでも、ヘナちょことでも、好きに言えばいいさ。こればっかりはダメなんだ」

 背だけは傭兵に負けないぐらい高いくせに、ジョルジュはほんとに、この手の話に弱いらしい。なさけない顔でふるえている。ワレスは笑った。

「そんな話があるのか?」
「正規兵のあいだじゃ、もっぱら話のタネさ。なあ、あんた、おれの代わりに話してやってくれ」と、ジョルジュは客にむかって言う。

 ジョルジュの前にしゃちこばってすわっているのは、二十歳くらいの兵士だ。評判の名物男のワレスを、まぶしそうにながめている。

「話してくれ」

 ワレスが声をかけると、みごとに赤くなった。
 ユイラ人は美形の多い民族なのだが、この兵士は丸顔で、少しばかり

していた。

「はい! ワレス小隊長殿。おウワサはかねがね聞いております」
「どうせ、ろくでもないウワサだろう? まあいいから、話せ」
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登場人物紹介

ワレス


このシリーズの主役。

愛する人が必ず死んでしまうという運命を背負った薄幸の美青年。金髪碧眼。

霊など普通の人には見えないものが見える。

魔物の巣食う森に面した砦で傭兵の小隊長をしている。

ハシェド


ワレスの部下。分隊長。

褐色の肌に巻き毛の黒髪。はしばみ色の瞳。

おせっかいでお人よしに見えるが、敵国同士の出身の親のあいだに生まれたことで苦労してきた。

エミール


もとワレスの部下。今は食堂の給仕係。

赤毛で左右の瞳の色の違うオッドアイ。

ワレスを好きだが、ワレスが好きなのは別の人なので本人的に面白くない。

クルウ


一見おだやかで優秀。だが、じつは騎士の出身で、なかなか本心を明かさない。

黒髪黒い瞳。端正な顔立ち。

ギデオン


ワレスの上官。金髪碧眼が好みで生粋のゲイ。

国境付近の街の出身。

なんとかワレスをものにしようと何かとからんでくるが、ほんとに愛していた人は死んだというウワサがある。

メイヒル


ギデオンの右腕で第一小隊の小隊長。

金髪碧眼。

ギデオンの言いなり。

ワレスのことをライバル視していたが……。

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