第40話
文字数 1,887文字
二階へおりて、ようやく自分でコルトの部屋を探すことができた。
コルトは在室していた。
ただし、夜勤のコルトたちの隊は、まだ就寝時間だった。同室者たちも、起こすのがかわいそうなくらい熟睡している。
一つだけカラのベッドが、コルトの亡くなった友人の使っていた場所だろう。正規兵は一定期間、国内で訓練を受けてから配属される。てきとうな兵士がいなければ、補充がまにあわない。
コルトにとって、目の前で死んだ友人のベッドがいつまでもあいているのは、酷なことに違いなかった。
考えながらながめていると、ムニャムニャ言いながら一人の兵士が薄目をあけた。ワレスの小隊長の緑色のマントを見て、とびあがって敬礼する。
「お呼びでありますか! サムウェイ小隊長!」
その声に、連鎖反応のように他の兵士たちも起きてくる。
「失礼いたしました!」
「小隊長! ご命令を」
かえって、ワレスのほうがすくんだ。
「おれはサムウェイ小隊長ではない。眠っているところを起こして、すまん。コルトに用がある」
なぐられるとでも思っていたのか、兵士たちは敬礼したまま、ぽかんと口をあけた。
とまどう彼らのなかに、コルトを発見する。
「コルト」
「はいッ。ワレス小隊長。おはようございます!」
「そんな大声、出さなくていい。ユージイという男を知っているか? おまえと同じ小隊らしいんだが」
「はッ……とおっしゃいますと、やはり、あの件でしょうか?」
「そうだ」
「案内いたします」
大あわてで三段ベッドのハシゴをおり、大あわてでサンダルをはく。
「少しは落ちつけ。ベッドからころげおちてケガでもされては困る。ゆっくりしてくれ」
ワレスが言うと、いよいよ、兵士たちの顔は珍妙になる。
ワレスは首をかしげながら部屋を出た。
「あいつらはなぜ、池のなかを丸焼きにされたナマズが泳いでいるような目で、おれを見るんだ?」
「……ワレス小隊長が謝罪なさったからです。上官が下級兵士に……おどろきです」
「ひとつ、わかったぞ」
ワレスは宣言した。
「おまえの隊長とは気があわない」
何がおかしかったのか、コルトは笑った。
「サムウェイ小隊長も、よいかたですよ。ワレス小隊長とは、だいぶ気質の異なるかたではありますが」
「だろうな」
「ユージイは第四分隊です。私も話したことはないのですが、ウワサでは——」と言いかけて、コルトはチロリとワレスを見る。
「ウワサ話ばかりしているとお思いにならないでください。ふだんは、こんなことは……」
「おまえは悪くない男だが、かたくるしいな。正規隊がどうだか知らないが、おれの前では、もっとくだけろ。疲れる」
そう言ったやさきに、
「申しわけありません」
神妙にあやまるので、あきらめた。
(ハシェドのようにとまでは言わないが……しかし、誰でもかんたんにハシェドになれるのなら、おれはこんなに苦しんでいないしな)
ワレスは納得した。
それにしても、傭兵は自由奔放なことだ。
下級兵士のかがみであるべき中隊長と小隊長がなぐりあいはするし、元騎士の班長は小隊長をキスで誘う。その小隊長は分隊長と相思相愛であることを心に秘めて、その日かぎりの愛を誰とかわすか悩んでいる。
(役職で考えると、ものすごく、えげつないな。男どうしの格闘技みたいだ)
クスクスと、ワレスは笑う。
「ウワサではなんだ? 言ってみろ」
何がおかしいんだろう、という顔をして、コルトが答える。
「はい。次の輸送隊で強制的に本国へ帰されるそうです」
「使えない兵士を置いていても、しょうがないからな」
「はい。この部屋です」
行儀よくノックして、コルトは扉をあけた。
ワレスの部下なら、仲間どうしの部屋へ入るのに、丁寧にノックなんてしない。足でけりとばしてドアを開閉するくらいだ。こんなところにも、正規兵との違いがかいまみえる。
「ハーネル。起きてくれないか。ワレス小隊長が見えているんだ。例の怪異の件で、ユージイの話が聞きたいのだそうだ」
コルトとなかの兵士で二、三の会話があったあと、ワレスは室内に入れられた。
一歩、入ると、妙なふんいきがあった。
部屋そのものは、どこにでもある三段ベッドのならんだ兵舎だが、空気が悪い。かすかに煙がただよっているのは、一晩中ロウソクの明かりをたやさないせいらしい。それに、なんとも言えない悪臭がする。
「誰がユージイだ?」
ワレスの問いに、室内にいた全員がいっせいに一人を見る。寝不足の腫れぼったい顔で、しゃべるのも億劫なようだ。
彼らの視線のさきに、ワレスは目をやった。
「おまえが、ユージイか?」
ユージイはひざをまるめて、ワレスを見おろしている。