第17話 日陽剣
文字数 1,856文字
「高貴なお方とは、どなたのことですか? 」
私は、その剣を手にすると訊ねた。
この屋敷にいる高貴なお方は、貴王女・鳰海姫・皇子のお3方だ。
この3人のうち、どなたかに危険が迫っていることになる。
「その剣は名づけて、日陽剣と申す。大切にするが良い」
白い影が告げた。
「この剣はどうしたのですか? 」
「それは‥ 」
その白い影が、私の問いかけに答えようとしたその時だった。
誰かが、私の肩を揺さぶった。その拍子に、現実へと引き戻された。
「大事ないか? 大きな寝言を言っていたから、
からだの具合が悪いのかと心配したぞ」
目を開けると、貴王女が心配そうに、私の顔をのぞき込んでいた。
「夢をみていたんです。近づいて来た白い影が、
このお屋敷におられる高貴なお方に危険が迫っていると伝えてきました」
夢だと言ったものの、枕元に、日陽剣があった。
この剣があるということは、夢ではないということ?
その夜。静かな闇夜を恐怖が包み込んだ。
「きゃあああ! 」
突然、女の悲鳴が、屋敷中に響き渡ったのだ。
私はとっさに、枕元に置いていた日陽剣を手にすると部屋の外へ飛び出した。
ところが、悲鳴が聞こえたのに、
私以外は誰も、部屋から出て来る気配がなかった。
貴王女つきの命婦や采女たちの寝所をのぞくと、
皆、何事もなかったかのように熟睡しているし、
舎人や使用人たちも駆けつける様子がない。
何かが変だ。たしかに、女の悲鳴をこの耳で聞いた。
それなのに、屋敷は静まり返ったまま。
もしかして、女の悲鳴が聞こえたのは、私だけということなのか?
人間たちは、何者かの手により眠らされているということか?
周囲を警戒しながら廊下を歩いていると、
鳰海姫の居所の方へ消える黒い影を目にした。
もしも、あの悲鳴が、鳰海姫だとしたら、鳰海姫が危ない!
黒い影の正体はなんなの?
別荘の管理人の証言によると、
鳰海姫がお産のために、貴王女より一足先にこの屋敷に赴いてから
虫害が度々、発生するようになったという。
ある日の夕餉、汁椀の中に、数10匹のゲンゴロウがうごめていたり、
ある夜、湯舟に、数匹のコオロギやキリギリスの死骸が浮かんでいたり、
ある朝、井戸の中に、数匹のカマキリの死骸が浮いていたりした。
ある者は、数10匹のバッタが一斉に、庭の池の中へ飛び込んだのを目にしたという。
一方、産まれたばかりの皇子に、六合(りくごう)という名がつけられた。
この名は、鳰海姫の実父である火武大王御自らが命名したものであり、
「宇宙」という意味だという。
ある日のこと。別荘の管理人が、六合皇子の居所に、
見慣れぬ虫かごがあることに気づいた。
虫嫌いの鳰海姫が、我が子の傍に虫を置かせるはずがないと疑問に思い、
乳母に訊ねたという。
「ああ。それは、ある高貴なお方の家人が献じた品です。
皇子の誕生祝いだというもので、ことわれなかったのじゃ」
乳母がこう答えたという。
私の身にも気になる出来事があった。鳰海姫が倒れる騒ぎがあった日。
「六合皇子の元にいるのが、コオロギだなんて笑わせるでないよ。
あれは、どうみたって、いとどでしょうが! 」
どこからともなく、甲高い声が聞こえた。
周囲を見回したが、声を発したらしき人物はどこにもみあたらない。
空耳かと思ってその場から立ち去ろうとした。
「何を無視しておる。聞こえているのじゃろう? 」
今度は、ハッキリと聞こえた。
ふと、頭の上に何かある気がして手鏡に映して確かめてみると、
人間の拳ほどの大きさの蜘蛛が頭の上に乗っていた。
「ぎゃあ! 」
私は驚きのあまり悲鳴を上げた。
「ちょっと、大声を出さないでおくれな」
そのお化け蜘蛛が、私の頭の上から天井から
垂れていた蜘蛛の糸に素早く移動した。
「菊理。大きな声を上げて何があったというの? 」
私の悲鳴を聞いてか、貴王女がすっ飛んできた。
「蜘蛛が口をきいたんですよ!
六合皇子の居所に置かれた虫かごの中にいる虫は、
コオロギではなくていとどだと言っていました」
私は、ドキドキしながら答えた。
蜘蛛がしゃべるなんて、考えただけでも身震いがする。
実を言うと、私は、虫が大の苦手なんだ。
「何か怖い夢でもみたのじゃろうが、
皇子の身に万が一のことがあってもいけない。
念のため、虫にくわしい者に調べさせよう」
貴王女がすぐに、明星を呼びに行かせたが、
なぜか、明星を呼びに行った采女がすぐに、舞い戻って来た。
驚いたことに、明星は、呼びに行くまでもなく、
すでに、六合皇子の居所にいたというのだ。
私たちは急いで、六合皇子の居所へ向かった。
私は、その剣を手にすると訊ねた。
この屋敷にいる高貴なお方は、貴王女・鳰海姫・皇子のお3方だ。
この3人のうち、どなたかに危険が迫っていることになる。
「その剣は名づけて、日陽剣と申す。大切にするが良い」
白い影が告げた。
「この剣はどうしたのですか? 」
「それは‥ 」
その白い影が、私の問いかけに答えようとしたその時だった。
誰かが、私の肩を揺さぶった。その拍子に、現実へと引き戻された。
「大事ないか? 大きな寝言を言っていたから、
からだの具合が悪いのかと心配したぞ」
目を開けると、貴王女が心配そうに、私の顔をのぞき込んでいた。
「夢をみていたんです。近づいて来た白い影が、
このお屋敷におられる高貴なお方に危険が迫っていると伝えてきました」
夢だと言ったものの、枕元に、日陽剣があった。
この剣があるということは、夢ではないということ?
その夜。静かな闇夜を恐怖が包み込んだ。
「きゃあああ! 」
突然、女の悲鳴が、屋敷中に響き渡ったのだ。
私はとっさに、枕元に置いていた日陽剣を手にすると部屋の外へ飛び出した。
ところが、悲鳴が聞こえたのに、
私以外は誰も、部屋から出て来る気配がなかった。
貴王女つきの命婦や采女たちの寝所をのぞくと、
皆、何事もなかったかのように熟睡しているし、
舎人や使用人たちも駆けつける様子がない。
何かが変だ。たしかに、女の悲鳴をこの耳で聞いた。
それなのに、屋敷は静まり返ったまま。
もしかして、女の悲鳴が聞こえたのは、私だけということなのか?
人間たちは、何者かの手により眠らされているということか?
周囲を警戒しながら廊下を歩いていると、
鳰海姫の居所の方へ消える黒い影を目にした。
もしも、あの悲鳴が、鳰海姫だとしたら、鳰海姫が危ない!
黒い影の正体はなんなの?
別荘の管理人の証言によると、
鳰海姫がお産のために、貴王女より一足先にこの屋敷に赴いてから
虫害が度々、発生するようになったという。
ある日の夕餉、汁椀の中に、数10匹のゲンゴロウがうごめていたり、
ある夜、湯舟に、数匹のコオロギやキリギリスの死骸が浮かんでいたり、
ある朝、井戸の中に、数匹のカマキリの死骸が浮いていたりした。
ある者は、数10匹のバッタが一斉に、庭の池の中へ飛び込んだのを目にしたという。
一方、産まれたばかりの皇子に、六合(りくごう)という名がつけられた。
この名は、鳰海姫の実父である火武大王御自らが命名したものであり、
「宇宙」という意味だという。
ある日のこと。別荘の管理人が、六合皇子の居所に、
見慣れぬ虫かごがあることに気づいた。
虫嫌いの鳰海姫が、我が子の傍に虫を置かせるはずがないと疑問に思い、
乳母に訊ねたという。
「ああ。それは、ある高貴なお方の家人が献じた品です。
皇子の誕生祝いだというもので、ことわれなかったのじゃ」
乳母がこう答えたという。
私の身にも気になる出来事があった。鳰海姫が倒れる騒ぎがあった日。
「六合皇子の元にいるのが、コオロギだなんて笑わせるでないよ。
あれは、どうみたって、いとどでしょうが! 」
どこからともなく、甲高い声が聞こえた。
周囲を見回したが、声を発したらしき人物はどこにもみあたらない。
空耳かと思ってその場から立ち去ろうとした。
「何を無視しておる。聞こえているのじゃろう? 」
今度は、ハッキリと聞こえた。
ふと、頭の上に何かある気がして手鏡に映して確かめてみると、
人間の拳ほどの大きさの蜘蛛が頭の上に乗っていた。
「ぎゃあ! 」
私は驚きのあまり悲鳴を上げた。
「ちょっと、大声を出さないでおくれな」
そのお化け蜘蛛が、私の頭の上から天井から
垂れていた蜘蛛の糸に素早く移動した。
「菊理。大きな声を上げて何があったというの? 」
私の悲鳴を聞いてか、貴王女がすっ飛んできた。
「蜘蛛が口をきいたんですよ!
六合皇子の居所に置かれた虫かごの中にいる虫は、
コオロギではなくていとどだと言っていました」
私は、ドキドキしながら答えた。
蜘蛛がしゃべるなんて、考えただけでも身震いがする。
実を言うと、私は、虫が大の苦手なんだ。
「何か怖い夢でもみたのじゃろうが、
皇子の身に万が一のことがあってもいけない。
念のため、虫にくわしい者に調べさせよう」
貴王女がすぐに、明星を呼びに行かせたが、
なぜか、明星を呼びに行った采女がすぐに、舞い戻って来た。
驚いたことに、明星は、呼びに行くまでもなく、
すでに、六合皇子の居所にいたというのだ。
私たちは急いで、六合皇子の居所へ向かった。