第19話 お化け蜘蛛

文字数 2,367文字

鳰海姫の居所の中は真っ暗で何もみえない。

首筋に、何か冷たいものが触れた気がして片手で首筋に触れてみた。

すると、その手に、サラサラとした絹のような糸がからみついた。

「鳰海姫! 」

 月明かりが、部屋の中に差し込んだその時、

部屋の隅で、鳰海姫が、蜘蛛の巣に磔にされていることに気づいた。

「出てお行き! もうすぐ、あいつが、獲物に気づいてここへやって来る。

おまえに、そこにいられたらじゃまじゃ! 」

 頭上から、金切り声が聞こえた。

見上げると、あのお化け蜘蛛が、私を見下ろしていた。

「獲物って何のことですか? 

もしかして、鳰海姫をおとりに使う気ではないでしょうね? 」

 私が訊ねた。
 
「いかにも」

 お化け蜘蛛が答えた。

「あいつとは、誰のことなんですか? 」

「今にわかる」

 突然、戸が打ち破られたかと思うと、

次の瞬間、いとどの大群が、ザザザという音と共に部屋の中へ突入した。

いとどの大群は、鳰海姫の姿をみつけた途端、

一塊となってお化けにとどに変化した。

「ついに、出たか! 」

 お化け蜘蛛が、蜘蛛の糸の束をお化けいとどに向かって放った。

ところが、お化けいとどは、

そのからだにからみついた蜘蛛の糸を一瞬にして断ち切った。

「わらわの糸をこうもたやすく断つとは、ただものではなさそうじゃ」

 お化け蜘蛛が余裕ぶった。

「感心している場合なんですか? 」

 私は、日陽剣をかまえると言った。

「わらわが、このバケモノを成敗いたす」

 お化け蜘蛛がそう言うと、お化けにとどに向かって行った。

お化け蜘蛛VSお化けいとど 勝敗はいかに? 

傍観している場合ではない! 

私は我に返ると、お化けいとどめがけて、

蜘蛛の糸を放っているお化け蜘蛛に並んだ。

 どんなに、攻撃しようが、お化けいとどは、びくともしない。

それもそのはず、元は、いとどの大群が寄り集まって

巨大化したこともあって、蜘蛛の糸や剣がふりかかる度、

自由自在にフォーメーションを変えて攻撃を難なく避けているのだ。

「どこかに操るものがいるはずじゃ。

そのものを何とかせぬ限りは倒せぬ」

 お化け蜘蛛がさけんだ。

「あいつが、鳰海姫をねらっている以上、

この場から離れるわけにはいきません」

 私がさけび返した。

 今にも、鳰海姫は、お化けいとどの手にかかろうと迫られていた。

お化けいとどは、私たちの攻撃を交わしながら着実に、

鳰海姫の元に近づきつつあった。

お化けいとどの行く手を阻むことしか、もはや、できないのか? と思っていた矢先、

ドドドという大きな物音が聞こえて来た。

次の瞬間、隣の部屋の戸がぶち破られて、カヤネズミの大群が姿を現した。

カヤネズミの大群は何を思ったか、

鳰海姫の周囲を取り囲むようにして集まった。

まるで、鳰海姫をお守りしているかのようにみえた。

突然、お化けいとどが、形成を崩してその場に倒れた。

すると、お化けいとどのからだから、次々と、いとどが飛び出して来た。

「逃げて行くぞ。いったい、どうなっておる? 」

 お化け蜘蛛がさけんだ。

 なぜか、崩れ落ちたいとどの大群が、一目散に部屋から逃げ出したのだ。

「追いかけるぞ。ここで、逃がしてもまた、やって来るに違いない! 」

 お化け蜘蛛の声に押されるがまま、

私は、逃げ出したいとどの大群のあとを追いかけた。

一緒に、追いかけて来ると思いきや、お化け蜘蛛の姿がどこにもない。

いったい、どういうことよ? 

「まごまごしておったら、見失うぞ! 」

 頭上から、甲高い声が聞こえた。天井を見上げると、

お化け蜘蛛が、蜘蛛の糸をつたいながら走っていた。

いとどの大群は何を思ったか、庭へ飛び出した。

私たちが、庭に駆けつけた時には、

庭の池から、大きな水しぶきが上がっていた。

池の中をのぞくと、大きな波紋が広がっていた。

どうやら、いとどの大群は、池の中に飛び込んだらしい。

あっというまに、池一面が、

浮かび上がって来たいとどの死骸に埋め尽くされた。

いとどの大群の死骸から、ニョロニョロと出てきた

無数の糸状の虫がいっそう、異様な雰囲気を醸し出した。

「自ら身投げして自爆するとは、あっけない最後じゃのう。

わらわが、手を下すまでもなかったようじゃ」

 お化け蜘蛛が、木の上から見下ろして言った。

「もしかして、この糸みたいな虫が、

いとどの体内にいて宿主であるいとどを操っていたということ? 」

 私は、目の前に広がる異様な光景に息をのんだ。

「安心するのは、まだ、早いのではありませんか? 」

 気がつくと、1匹のカヤネズミが私の足元にいた。

「もしかして、あなたは、檀宗さんですか? 」

 私が、そのカヤネズミに訊ねた。

「違いますよ。オラは、宇志といいます」

 カヤネズミが不服そうに答えた。

「ごめんなさい。よく、似ていたので。そうですよね。

檀宗さんは元に戻って、今ごろ、あの世で幸せにお暮しですもの。

こんな所にいるはずがないですよねえ」

 私は笑ってごまかした。

「ネズミがここで、何をしておる? 」

 お化け蜘蛛が、宇志をみるなり血相を変えた。

「いまさら何ですか? 

さっき、オラたちがあいつを追い払ったおかげで、

鳰海姫をお救いできたのでありませんか? お忘れですか? 」

 宇志が、お化け蜘蛛に詰め寄った。

「もしかして、明星が、貴王女に頼んで調達したのは、

宇志さんたちだったのですか? 」

 私が、宇志に訊ねた。

「人間からみれば、オラも、ただのネズミですからねえ。

こんな偶然ってあるのですね。

また、お役に立てるとは思いもしませんでした」

 宇志が穏やかに言った。

「ところで、安心できないというのは、

黒幕が別にいるということですか? 」

 私が、宇志に訊ねた。

「その剣で、あいつを倒してください! 」

 宇志が、私が手にしていた日陽剣をみつめると言った。

「あの糸虫のあとを追えば、黒幕の元に行きつくのではないか? 」

 お化け蜘蛛が言った。
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