第18話 いとど
文字数 2,116文字
六合皇子の居所へ入ると、明星が、六合皇子を胸に抱く鳰海姫と談笑していた。
これは何とも、話しにくい状況だ。
「虫かごの中にいるのは、コオロギではなくいとどだと言う者がおるが、
あなたはいかに思う? 」
貴王女が、明星に近づくと告げた。
「今、そのことについて話していたところです。
虫かごの中にいるのは、コオロギではなくいとどに違いありません」
明星がすました顔で答えた。
「どうりで、鳴かぬはずじゃ。姿かたちが似ているから間違えたのじゃろ」
鳰海姫が、何てことないと言った風に言った。
虫嫌いと聞いたが、気にならないらしい。
「虫かごについて知る者はここにおるか? 」
貴王女は見過ごせないらしく、虫かごについて調べだした。
「鳰海姫。大慈法師をお連れしました」
その時、戸が開いて、うら若い采女が、
見知らぬ僧侶を伴い部屋の中に入って来た。
「たしか、虫かごをこの部屋に運んできたのは、あなたであったな? 」
乳母が、部屋を出ようとするそのうら若い采女を呼び留めると訊ねた。
「さようですが、何かありましたか? 」
うら若い采女が、怪訝な表情で訊き返した。
「コオロギといって献じたが、いとどだとわかったのじゃ。
貴王女が、あなたから事情を聞きたいそうな」
鳰海姫が、つんとすました顔で告げた。
「申し訳ありません。すぐに、お下げします」
うら若い采女が平謝りした。
「すぐにでも、庭へ放してやるが良い」
鳰海姫が告げた。
「虫がいません! 」
うら若い采女が、虫かごの中をのぞくと声を上げた。
「なんじゃと? 」
貴王女と鳰海姫が同時に、声を上げた。
「昨夜、えさをあげた時にはおりましたのに‥‥ 。どこへ消えたのやら」
うら若い采女が、右往左往しながら言った。
「失礼して、この部屋を調べさせていただいてもよろしいですか? 」
突然、大慈が席を立つと、部屋中を歩きまわった。
「何か気になることでもあるのですか? 」
貴王女が見かねて、大慈に訊ねた。
「何やら、邪気を感じます。これは、虫封じだけでは済まないかもしれぬ」
僧侶が神妙な面持ちで告げた。
「邪気とな? 皇子の夜泣きがひどいというのは、
もしかして、その邪気のせいか? 」
鳰海姫が身を乗り出して言った。
「さもありましょう。どうやら、皇子の御身に邪気が憑いているようです。
我が、皇子を寺にお連れして、一晩、祈祷いたしましょう。
さすれば、すぐに、夜泣きはおさまりましょう」
大慈が、とんでもないことを言い出した。
「無礼者! 邪気の原因が、皇子にあるはずがなかろう!
皇子を外へお連れすることは断じてなりませぬ。
祈祷が必要ならば、この場でするが良い」
乳母が強い口調で言った。
「それが、寺でなければできないんですよ。
何とかして、皇子をお連れすることはできませんか?
さもなくば、この屋敷から、死人が出るかもしれません」
僧侶が無理を言ってきた。
「我が、皇子を寺へお連れします」
うら若い采女が何を思ったか、思わぬことを願い出た。
「虫封じだけで良い」
乳母が、大慈に告げた。
「承知いたしました」
大慈は、虫封じを滞りなく行うと六合皇子の居所をあとにした。
うら若い采女も、大慈を見送るため、大慈のあとを追いかけて行った。
「あの若僧は、何やらあやしい気配を身にまとっております。
邪気というのも、皇子をさらうための口実やもしれません」
明星が意味深なことを言った。
「赤子の身で、何ができると申すか?
さらったところで、得することは何もなかろう」
乳母がきっぱりと言った。
「何はともあれ、用心に越したことはございませんでしょう」
明星が上目遣いで告げた。
「大王様には、すでに、お世継ぎがおられるのじゃ。
政敵が、皇子の命をねらうはずがない。見当違いもいいところじゃ」
乳母が反論した。
「皇子が宿しておられるのは疳の虫です。
疳の虫は、邪気とはいっさい、関係ありません。
これをお飲みになれば、いっぺんで、夜泣きは治まりましょう」
明星が、持参した薬を乳母に手渡すと告げた。
「毒や夜泣きを治せるのであれば、虫害も、何とかできるのではないか? 」
貴王女が、明星に訊ねた。
「その話なんですが、ちと、よろしいですか? 」
なぜか、明星は、貴王女を別の部屋へうながした。
鳰海姫たちには聞かれたくない話らしい。
「念のため、鳰海姫の居所に見張りをおつけになった方がよろしいかと存じます」
明星が警告してきた。
「いかにして、九品親王に取り入ったのかしれぬが、
火のないところに煙を立てることだけは許さぬ」
貴王女が、明星に疑いのまなざしを向けると言った。
「我の勘が、正しいことを明らかにして進ぜましょう。
そこで、あなた様に、折り入って、お願いしたいことがございます。
近所の百姓を紹介していただけませんか? 」
明星は、あきらめるどころか自らの推理が
正しいことを証明したいと言って来た。
「そこまで言うのであれば、明らかにしてもらおうではないか?
知り合いの百姓をあなたの元へ遣わす」
貴王女が言った。
「ありがとうございます」
明星が何度も、頭を下げた。
すぐさま、 貴王女は、知り合いの百姓を明星の元へ遣わした。
明星は、百姓に何やら頼んだみたいだ。
これは何とも、話しにくい状況だ。
「虫かごの中にいるのは、コオロギではなくいとどだと言う者がおるが、
あなたはいかに思う? 」
貴王女が、明星に近づくと告げた。
「今、そのことについて話していたところです。
虫かごの中にいるのは、コオロギではなくいとどに違いありません」
明星がすました顔で答えた。
「どうりで、鳴かぬはずじゃ。姿かたちが似ているから間違えたのじゃろ」
鳰海姫が、何てことないと言った風に言った。
虫嫌いと聞いたが、気にならないらしい。
「虫かごについて知る者はここにおるか? 」
貴王女は見過ごせないらしく、虫かごについて調べだした。
「鳰海姫。大慈法師をお連れしました」
その時、戸が開いて、うら若い采女が、
見知らぬ僧侶を伴い部屋の中に入って来た。
「たしか、虫かごをこの部屋に運んできたのは、あなたであったな? 」
乳母が、部屋を出ようとするそのうら若い采女を呼び留めると訊ねた。
「さようですが、何かありましたか? 」
うら若い采女が、怪訝な表情で訊き返した。
「コオロギといって献じたが、いとどだとわかったのじゃ。
貴王女が、あなたから事情を聞きたいそうな」
鳰海姫が、つんとすました顔で告げた。
「申し訳ありません。すぐに、お下げします」
うら若い采女が平謝りした。
「すぐにでも、庭へ放してやるが良い」
鳰海姫が告げた。
「虫がいません! 」
うら若い采女が、虫かごの中をのぞくと声を上げた。
「なんじゃと? 」
貴王女と鳰海姫が同時に、声を上げた。
「昨夜、えさをあげた時にはおりましたのに‥‥ 。どこへ消えたのやら」
うら若い采女が、右往左往しながら言った。
「失礼して、この部屋を調べさせていただいてもよろしいですか? 」
突然、大慈が席を立つと、部屋中を歩きまわった。
「何か気になることでもあるのですか? 」
貴王女が見かねて、大慈に訊ねた。
「何やら、邪気を感じます。これは、虫封じだけでは済まないかもしれぬ」
僧侶が神妙な面持ちで告げた。
「邪気とな? 皇子の夜泣きがひどいというのは、
もしかして、その邪気のせいか? 」
鳰海姫が身を乗り出して言った。
「さもありましょう。どうやら、皇子の御身に邪気が憑いているようです。
我が、皇子を寺にお連れして、一晩、祈祷いたしましょう。
さすれば、すぐに、夜泣きはおさまりましょう」
大慈が、とんでもないことを言い出した。
「無礼者! 邪気の原因が、皇子にあるはずがなかろう!
皇子を外へお連れすることは断じてなりませぬ。
祈祷が必要ならば、この場でするが良い」
乳母が強い口調で言った。
「それが、寺でなければできないんですよ。
何とかして、皇子をお連れすることはできませんか?
さもなくば、この屋敷から、死人が出るかもしれません」
僧侶が無理を言ってきた。
「我が、皇子を寺へお連れします」
うら若い采女が何を思ったか、思わぬことを願い出た。
「虫封じだけで良い」
乳母が、大慈に告げた。
「承知いたしました」
大慈は、虫封じを滞りなく行うと六合皇子の居所をあとにした。
うら若い采女も、大慈を見送るため、大慈のあとを追いかけて行った。
「あの若僧は、何やらあやしい気配を身にまとっております。
邪気というのも、皇子をさらうための口実やもしれません」
明星が意味深なことを言った。
「赤子の身で、何ができると申すか?
さらったところで、得することは何もなかろう」
乳母がきっぱりと言った。
「何はともあれ、用心に越したことはございませんでしょう」
明星が上目遣いで告げた。
「大王様には、すでに、お世継ぎがおられるのじゃ。
政敵が、皇子の命をねらうはずがない。見当違いもいいところじゃ」
乳母が反論した。
「皇子が宿しておられるのは疳の虫です。
疳の虫は、邪気とはいっさい、関係ありません。
これをお飲みになれば、いっぺんで、夜泣きは治まりましょう」
明星が、持参した薬を乳母に手渡すと告げた。
「毒や夜泣きを治せるのであれば、虫害も、何とかできるのではないか? 」
貴王女が、明星に訊ねた。
「その話なんですが、ちと、よろしいですか? 」
なぜか、明星は、貴王女を別の部屋へうながした。
鳰海姫たちには聞かれたくない話らしい。
「念のため、鳰海姫の居所に見張りをおつけになった方がよろしいかと存じます」
明星が警告してきた。
「いかにして、九品親王に取り入ったのかしれぬが、
火のないところに煙を立てることだけは許さぬ」
貴王女が、明星に疑いのまなざしを向けると言った。
「我の勘が、正しいことを明らかにして進ぜましょう。
そこで、あなた様に、折り入って、お願いしたいことがございます。
近所の百姓を紹介していただけませんか? 」
明星は、あきらめるどころか自らの推理が
正しいことを証明したいと言って来た。
「そこまで言うのであれば、明らかにしてもらおうではないか?
知り合いの百姓をあなたの元へ遣わす」
貴王女が言った。
「ありがとうございます」
明星が何度も、頭を下げた。
すぐさま、 貴王女は、知り合いの百姓を明星の元へ遣わした。
明星は、百姓に何やら頼んだみたいだ。