第20話 お化け蜘蛛の正体

文字数 2,599文字

水面から這い上がって来た糸虫の大群が、

どこかへ向かって動き出した。

私たちは、その糸虫の群れのあとをついて行った。

糸虫の大群は、別荘の敷地内を出るとまっすぐ、裏山へ向かった。

前回、来た時にはなかった庵が、

裏山の麓に佇んでいた。糸虫の大群は、庵の裏手へと消えた。

「どうやら、あれが、黒幕のようじゃ」

 庵の中をのぞいていたお化け蜘蛛が言った。

 私は、宇志を頭の上にのせると庵の中をのぞいた。

すると、巫女装束姿の若い娘がうつむき加減で、囲炉裏の前に座っていた。

次の瞬間、その娘が、私たちの方を見上げた。

その娘の顔には、目・鼻・口・耳はなく、いわゆる、のっぺらぼうだった。

「ひえっ! 」

 私は驚きのあまり、その場に尻もちをついた。

顔のない人間をみたのは、生まれて初めてだ。

「シャアア~ 」

 気がつくと、のっぺらぼうが、目の前に立っていた。

「敵う相手ではありません。

ここは、ひとまず、逃げることにしましょう! 」

 宇志がさけんだ。

「逃げてどうする? こういう時は、戦うのじゃろ? 」

 お化け蜘蛛が、宇志に言った。

「来ないで! 来ないでよ! 」

 私は、地面に四つん這いになったまま日陽剣を振りまわした。

せっかく、授かった剣だけれど、どうにも、腰が引けてしまう。

これでは、宝の持ち腐れになってしまう。

「逃げてはならぬ。立ち向かえ! 」

 頭上から、お化け蜘蛛がさけんだ。

「シャアア~ ! 」

 のっぺらぼうが、私のからだの上にのしかかって来た。

 苦しい! どんなに、もがいても、

私の首に巻きついた白くて細い手が外れない。

息ができない。もう、ダメかもしれない!

「菊理! 太陽だ! 剣を太陽に向かってかかげるのじゃ! 」

 どこからともなく、エコーがかった声が響いた。

「はい、わかりました! 」

 私は思い切り、のっぺらぼうのからだを蹴とばすと立ち上がった。

そのはずみで、のっぺらぼうは、宙を舞った後、少し離れた場所に着地した。

「いったい、何をする気だ? そんなことをしたって倒せるものか? 」

 お化け蜘蛛の声が聞こえたが、私は気にしなかった。

 私は、のっぺらぼうに向かって突進した。

その時、さっきまで、雲に隠れていた太陽が顔を出した。

太陽が光り輝いたその瞬間、私は、日陽剣を太陽にかざすと光りを反射させた。

 驚いたことに、太陽の光りを浴びた日陽剣が光り輝いた時、

高速の光りの矢が、のっぺらぼうに放たれた。

光りの矢をまともに受けたのっぺらぼうは、

大きな音を立てながらその場に崩れるようにして倒れた。

「菊理。ようやった! 」

 私は、地面に着地するとふり返った。

すると、大きな兎の影が、光りの中にみえた。

「父様? 」

 その大きな兎の影に近づこうとした時、貴王女が、駆け寄って来るのがみえた。

「菊理。無事で良かった」

 貴王女が、私を抱きしめた。

 あれは、幻だったのかしら? 

あの大きな兎の影は、父様だと思ったのに??

そのころ、のっぺらぼうから分離した糸虫の大群が次々と、

甕の中に入って行くのがみえた。

「我が邸へようこそ! 」

 九品親王が歩いて来た。

「我が邸とな? 九品親王。こちらの庵は、あなた様の居所というわけですか? 」

 貴王女が、九品親王に訊ねた。

「いかにも」

 九品親王が咳払いして答えた。

「これまで起きた事件は、

すべて、あの甕に入った奇妙な虫の仕業のようです」

 貴王女が冷ややかに告げた。

「そのようじゃのう」

 九品親王がにやけた。

「なぜ、あなた様の居所に、

あのような奇妙な虫がいるのでございますか? 」

 貴王女が、九品親王に言い迫った。

 こんなに、怖い顔をしている貴王女を今までみたことがない。

九品親王は、貴王女の怒りの発火装置みたいな存在かもしれない。

「我も、あなたがかばった厨長と同じじゃ」

 九品親王が反論した。

「厨長の場合は不慮の事故だと言えます。

一方、あなた様の場合は、止めることもできたはずです。

幸い、死人は出ておりませんし、不吉な出来事として片が付くことでしょう。

あなた様が良心をお持ちであれば、きっと、厨長も救われることでしょうよ」

 貴王女が、口止めを条件に厨長の減刑をうながした。

「我は何も知らなかった。知らぬ者には止められぬ。そうではないか? 」

 九品親王がにやけた。

「さようでございますか‥‥ 」

 貴王女がそう言うと踵を返した。

「もう、帰るのか? よければ、寄って行かぬか? 茶ぐらい出せるぞ」

 九品親王が、貴王女を引き留めた。

「旅支度がございますので、これにて、失礼させていただきます」

 貴王女が頭を下げると言った。

「もう、都に戻るのか? ならば、共に参ろうぞ」

 九品親王が、貴王女の背中に向かって言った。

「放っておかれて良いのですか? 」

 私は、ずんずんと歩いて行く貴王女に追いつくと訊ねた。

「もう、知るものか。もう、関わりたくない。

たとえ、あの方が都に戻ろうとも、絶対、会いはせぬ」

 貴王女が肩を怒らせながら答えた。

「あの。こんな時になんなのですが、

さきほど、父様をみた気がしたんです。

こっちに、戻って来ているかもしれません」

 私が言った。

「何を申しておる? 日高兎は都におる。

都に戻るぞ。行き違いにはなりたくないじゃろ? 」

 貴王女が、私の手をひくと言った。

「邪悪なものは成敗したことですし、

これで、思い残すことなく、堂々と、父様にも会えます」

 私は胸を張ると言った。

何気なく、ふり返ると、もう、九品親王の姿はなかった。

庵の中に戻ったのだろうか? 

私は、貴王女たちに気を取られていて、

宇志やお化け蜘蛛の存在を忘れていたことにハタと気づいた。

「宇志さん。どこですか? 」

 私は、宇志の姿を捜したが、宇志もすでに、ここにはいなかった。

 なんだ、水くさいなあ。何も言わず、帰っちゃったんだ。

「わらわなら、ここにおるぞ」

 ぬーっと、お化け蜘蛛が、目の前に姿を現した。

「きゃああ! 」

 私は思わず、さけんだ。

「何に驚いておるというのじゃ? 」

 貴王女が訊ねた。

「木の枝に、お化け蜘蛛がいるのがみえませんか? 」

 私は、木の枝を指さした。

「お化け蜘蛛とな? 何もおらぬではないか? 」

 貴王女がキョトンとした顔で言った。

たしかに、木の枝に、お化け蜘蛛がいたはずだ。

いつのまに、いなくなったのだろう?

「菊理。早く行かぬと日が暮れてしまうぞ」

 貴王女が、私をせかした。私は、後ろ髪惹かれる思いでその場から去った。
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