第14話 大王のこどもたち

文字数 2,542文字

私たちは再び、輿の国に来ている。久しぶりの故郷では、

何やら不吉な出来事が起きていそうだ。

火武大王のご寵愛を受けているお子は、

貴王女ただ1人だけと思っていたけれど違ったみたい。

大王は、今は亡き皇后との間に産まれた王女。

つまりは、卯波王子や比翼親王の同母妹にあたる

鳰海姫(にほみひめ)をそれは、

目に入れても痛くないぐらい猫かわいがりしておられるという。

大王が、さみしい思いをさせないようにと、

できるだけ、一緒にいる時間を増やして欲しがるものは何でもお与えになった結果、

鳰海姫は、わがままで気難しいお姫様になってしまわれた。

それでも、異腹兄の青海親王(おうみしんおう)と

結婚なされてからは、良き妻となられたようにみられた。

結婚してから半年後には、めでたく、ご懐妊なされた。

「なぜ、鳰海姫は、身重のおからだで

遠国の越国へお行きになったのでございますか 

よく、大王様がお許しになられましたね」

 私は、ご懐妊中で安静が必要になるお方がなぜ、

遠国へ向かわれるのか疑問に思い貴王女に訊ねた。

「お産は不浄とされておるから、

後宮でのお産は許されておらぬのじゃ。

ふつうは、里邸にてお産をするものじゃが、

後宮育ちの姫には里がない。それで、越国の別荘でお産と相成ったわけじゃ」

 貴王女が穏やかに答えた。

「それにしても、越国は遠すぎますよ」

 私が言った。

「我の母も、我を越国でお産みくださった。

母を早くに亡くした鳰海姫は、

我の母を慕っておるから同じ地でお産したがったのじゃろ」

 貴王女が言った。

「そうだったのですね。理由は、

それだけではないのでございませんか? 」

 私が訊ねた。

いくら、サカ王女を慕っているとはいえ、

生母である元皇后の生家を差し置いて遠国にある別荘でお産するとは、

さぞかし、多くの反対を受けたに違いない。

鳰海姫の一存ではとても決めることはできないはず。

ただし、大王の意向とあれば、話はだいぶ違ってくる。

「いろいろとあるのよ‥‥ 」

 案の定、貴王女は言葉を濁した。

「いろいろとは、なんなのですか? 」

 私は思わず、つばを飲み込んだ。

「王子には、今は亡き王太子妃や側室との間にお子がおられない。

産まれた皇子は、親王と王女との間のお子とあって、

ゆくゆくは、皇位継承者のおひとりとなられる。

政敵が何を仕掛けてくるのかしれないから、

用心して、都を離れてお産することにしたのだと思う」

 貴王女が神妙な面持ちで言った。

「なるほど。そういうわけですか」

 私はようやく、納得した。

「何はともあれ、我らにとっては、久しぶりの故郷じゃ。

少しの間ならば、父母に顔を見せに実家へ帰っても良いぞ」

 貴王女が気前良く言った。

「いえ、そんな、私のことはお気になさらず。

ただいま、父母は、越国を離れております。

どうせ、実家に帰っても誰もおりませんから‥‥ 帰る必要はありません」

 私は即座に辞退した。

 実を言うと、貴王女が、

鳰海姫に付き添い越国へ赴く話が出てすぐに、私は、実家に手紙を書いた。

ところが、母が、私と入れ違いに、

父と連れ立って都へ向かうと返事をしてきた。

なんとも、まあ、タイミングが合わない親子だこと。

ガッカリしたのは言うまでもない。

「して、なぜ、父母は、越国を離れたのじゃ? 」

 貴王女が訊ねた。

「何でも大事な用事があって、都へ向かうそうな」

 私が答えた。

 手紙には、都へ行く目的までは書いていなかった。

いまさら、都見物するとは思えない。

夫婦揃って都に出て来るのだ。よほどのことがあるに違いないが、

私が留守でもかまわないということは、

私には出番はないということになる。なんだか、さみしい気もした。

「すれ違いというわけか。さみしくないか? 」

 貴王女は、私の心をあっさり見抜かれた。

「全然」

 私はつい、強がってしまった。

 貴王女は、優しくて思いやりがあるお方だ。

なぜ、王子には、貴王女の魅力が伝わらないのだろう? 

竜華がこの世に存在する限り、貴王女は、我が子を抱けぬどころか、

カゴの鳥同然の暮らしを強いられることになる。

時々、貴王女を哀れと思うけれど、

そう思うこと自体、いけないことのような気もする。

傍にいる私が同情しているようでは、貴王女は救われないからだ。

昨年の秋。越国の農村地域では、

イナゴが、大量発生して農作物に多大な被害がおよんだという。

そのため、年貢が払えず離散する者や

無銭飲食や窃盗により投獄される者が相次いだ。

農民は、飢えをしのぐために仕方なくして

イナゴを食べているという噂が、

越国周辺に広まっていた。貴王女は、どこかで窮状をお知りになり、

今回は、支援米を持参なさった。

 ふだんから、宮外でお暮しというわけでもないのに、

王女が、義理高くも、かつてご縁のあった遠国の民に、

お心を配ることはめずらしいことらしい。

貴王女は、都での贅沢な暮らしにどっぷりと浸かる他の皇族とは一味違う。

生母のサカ王女から、慈悲や好奇心を受け継がれている。

越国の別荘に到着すると、鳰海姫のおつきの人たちが、

忙しなく速足で廊下を走り回っていた。

「何事じゃ? 」

 貴王女が、近くを通りかかった

うら若い采女を捉まえると事の次第を訊ねた。

「鳰海姫が、お倒れになったのでございますよ」

 そのうら若い采女が答えた。

「貴王女。着いて早々、大変なことになったのう」

 その時、高貴な身なりをした若者が、貴王女に声をかけた。

「九品親王(くほんしんおう)がなぜ、こんなところにおいでですか? 」

 ふり向いた貴王女が、まばたきしながら言った。

 九品親王は、卯波王子の異腹弟なのだけれど、

都における雅な暮らしや政には関心がないらしく、

元服直後、突然、都のお屋敷を離れたきり諸国を放浪している。

噂では、皇位継承争いから逃れるために都を離れているといわれている。

諸国の役所からは、九品親王の皇族らしからぬ奔放な振舞いが多々報告されており、

大王の側近たちの悩みの種となっているという。

「同行させた侍医では心もとないから、里中医の助手を連れて参った」

 九品親王が、あとから来た坊主頭の見知らぬ男の方をふり向くと言った。

「親王が直に、里中医を捜しに行かれるとは、

あってはならぬことですよ。おつきの者にお命じになればよろしいのに‥‥ 」

 貴王女が訝し気な表情で言った。
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