第13話 画策
文字数 2,685文字
宴もたけなわ。御巫の中でも、ひと際、華のある御巫が現れて筝を奏ではじめた。
「あの御巫が、いとど姫なのよ」ときよが私に耳打ちした。
その音色に、その場に集った人たちが聞き入っている時だった。
ガタンという音を立てて、竜華が倒れたのだ。
それも、青い顔で胸を押さえながら苦しそうにしている。
「竜華。しっかりいたせ。早く、医師を呼べ! 」
王子が、竜華を抱き起すとさけんだ。その場は騒然となった。
「もしかして、この杯の中に! 」
竜華の隣に座っていた者がさけんだ。
医師がすぐに駆けつけて、竜華は、別室に担ぎ込まれた。
騒ぎをおさめようと、兵士たちが、集まった人たちを帰した矢先、
蓬莱鷹羽が、サカ王女たちの横を通り過ぎると、
竜華が座っていた席の辺りをうろつき出した。
「何か探しているようじゃのう」
サカ王女が小声で言った。
「あれではありませんか? 」
私は、竜華の席から、少し離れた場所に転がっていた杯を指さした。
「証拠隠滅などさせるものか」
後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
「神馬卿。いったい、何をなさるおつもりか? 」
サカ王女が言った。
神馬卿がおもむろに、杯を拾い上げると周囲を見回しているのがみえた。
次の瞬間、竜華にお酌した采女をみつけると、
その片手をつかんで頭上へ挙げさせた。
「おっと、危ない! 犯人を取り逃がすところでした」
神馬卿が、信じられないことをさけんだ。
「違います。我は何も知りません」
神馬卿に捕らわれた采女が否定した。
「杯をこちらへお渡し願おうか」
蓬莱鷹羽が、神馬卿に手を差し出した。
「いいや。君に渡したら、証拠隠滅されるかもしれぬ。
これは、妹を毒殺しようとした証拠なのだから誰にも渡さぬ」
神馬卿が、蓬莱鷹羽の手を払いのけると言った。
「毒殺だとはまだ、決まっておらぬ。演技したとも考えられる」
蓬莱鷹羽が冷ややかに告げた。
「何を言っているのかわかっているのか?
もし、毒殺であったら、君は、妹の名誉を傷つけたことになるのだぞ?
訴えられたくなければ、即座に撤回せよ! 」
神馬卿が声を荒げた。
「とにもかくにも、この件は、刑部省の管轄だ。我らの出る幕ではない」
蓬莱鷹羽が冷静に告げた。
「兵士が待っております。神馬卿、ここは、冷静におなりくだされ」
サカ王女が告げた。
「宮様に免じて、今宵はここまでとしてやろう」
神馬卿がそう言うと、兵士に、采女を引き渡した。
「我は何もしていません! 無実です! 」
かわいそうなことに、毒殺の疑いをかけられた采女は、
兵士たちに連行されて行った。
「これで、竜華様への疑いは消えますね。
毒が、王太子妃の時と同じだとわかれば、
竜華様も、命をねらわれたという決定的な証拠になります」
きよが忌々し気に言った。
「いったい、誰が、こんなことをしたのじゃ?
自作自演だったとしても危険過ぎる」
サカ王女が神妙な面持ちで言った。
「そこまでして疑いを晴らそうとするとは、
あちらも、追い込まれている証拠ですよ」
きよが眉をひそめた。
「竜華の件は、明日には、
後宮だけでなく、都中に知れ渡っていることでしょうよ」
貴王女が浮かない顔で言った。
「そうなったら、大王様も、
竜華に同情して後宮に戻すことをお許しになりますか? 」
私が、サカ王女に訊ねた。
「それはない。断じてないと思う」
サカ王女が、首を横に振ると言った。
「王太子妃の座を欲していないと言っていましたけど、
他に、後宮へ返り咲こうとする目的はあるんでしょうか? 」
私が、サカ王女に訊ねた。
「口先だけじゃ。内心は、王子の心を独占したくてたまらぬはずじゃ。
もし、あの者が、後宮に戻ったりでもしたら、また、何か騒ぎが起きる。
そうしたら、平穏な日々が送れなくなる。
ここはひとつ、大王様に、竜華の件をお頼みせねばならぬ」
サカ王女はいつになく、気が張っている様子だった。
それから数日後。竜華は、一命を取りとめて息を吹き返した。
悪運だけは強いらしい。どんなに強力な毒であろうが、
あのひとにはへでもないということなのか?
サカ王女は、竜華が、体力が回復するまで
後宮に滞在すると聞いてピリピリしている感じだ。
なぜ、サカ王女がそこまで、竜華を疎んじているのかふしぎでたまらなかった。
竜華がご寵愛を受けているのは、大王ではなく王子なのに。
大王の妃であるサカ王女にとって、嫉妬の対象にはならないはずだ。
「最初の出会いが悪かったからではないの? 」
貴王女が、私の疑問に答えた。
「貴王女は、何とも思っておられないのですか? 」
私が訊ねた。
「何も思っていないと言えば、嘘になるけれど。
立場が違うのだし、争う気にはなれないわ」
貴王女が答えた。
「王子は、このまま、新たな王太子妃をお迎えなさらぬおつもりでしょうか? 」
「そんなことはどうでも良い。今は、竜華の返り咲きに備えなくちゃ」
なぜか、貴王女が、私の言葉をさえぎった。
王太子妃は、早くに、ご両親を亡くされたことから、
身内は、兄の蓬莱鷹羽しかいない。
一方、竜華は、娘を王子に嫁がせただけでなく、
自分も、王子からご寵愛を受ける立場なのだ。
恵まれていると言えば恵まれている。
もしかして、娘を王太子妃にするつもりなのだろうか?
いや、それは考えられない。なぜって、竜華の娘は、
生母よりも影が薄いし、王子から見向きもされていない。
ご寵愛を受けてご懐妊とまではほど遠い。
誰もが、忌まわしい出来事を忘れかけたころであった。
夜な夜な、元王太子妃の居所から、
風に乗って、筝の音色が聞こえるようになった。
見回りの者が、元王太子妃の居所を確かめたが、
その時には、誰も不審な者はいなかったという。
後宮では、ちょっとした怪談話になった。
一方、ひとりで歩けるまで回復した竜華は人知れず、
後宮をあとにして自宅に帰ったらしい。
毒殺未遂の一件により、大王が、同情なさることはなかったようだ。
サカ王女の進言を聞き入れたということも考えられる。
王子はいっこうに、新たな王太子妃をお迎えする様子はなく、
相変わらず、宮城を抜け出しては、お忍びでお出かけになられているらしい。
妹を失い天涯孤独の身になった蓬莱鷹羽は、
権力に目覚めたらしく寝る間も惜しんで政務に勤しんでいる。
その甲斐あってか、今では、若手の間で、
最も大王の側近に近い者と注目されている。
王太子妃の死因につながる蟲毒と
竜華を殺めようとして使われた毒とでは、成分が異なるものだった。
誰か何の目的で、王太子妃だけでなく、竜華の命までもねらったのか?
2つの事件は、同一犯によるものなのかも
明らかにならずに迷宮入りしてしまった。
「あの御巫が、いとど姫なのよ」ときよが私に耳打ちした。
その音色に、その場に集った人たちが聞き入っている時だった。
ガタンという音を立てて、竜華が倒れたのだ。
それも、青い顔で胸を押さえながら苦しそうにしている。
「竜華。しっかりいたせ。早く、医師を呼べ! 」
王子が、竜華を抱き起すとさけんだ。その場は騒然となった。
「もしかして、この杯の中に! 」
竜華の隣に座っていた者がさけんだ。
医師がすぐに駆けつけて、竜華は、別室に担ぎ込まれた。
騒ぎをおさめようと、兵士たちが、集まった人たちを帰した矢先、
蓬莱鷹羽が、サカ王女たちの横を通り過ぎると、
竜華が座っていた席の辺りをうろつき出した。
「何か探しているようじゃのう」
サカ王女が小声で言った。
「あれではありませんか? 」
私は、竜華の席から、少し離れた場所に転がっていた杯を指さした。
「証拠隠滅などさせるものか」
後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
「神馬卿。いったい、何をなさるおつもりか? 」
サカ王女が言った。
神馬卿がおもむろに、杯を拾い上げると周囲を見回しているのがみえた。
次の瞬間、竜華にお酌した采女をみつけると、
その片手をつかんで頭上へ挙げさせた。
「おっと、危ない! 犯人を取り逃がすところでした」
神馬卿が、信じられないことをさけんだ。
「違います。我は何も知りません」
神馬卿に捕らわれた采女が否定した。
「杯をこちらへお渡し願おうか」
蓬莱鷹羽が、神馬卿に手を差し出した。
「いいや。君に渡したら、証拠隠滅されるかもしれぬ。
これは、妹を毒殺しようとした証拠なのだから誰にも渡さぬ」
神馬卿が、蓬莱鷹羽の手を払いのけると言った。
「毒殺だとはまだ、決まっておらぬ。演技したとも考えられる」
蓬莱鷹羽が冷ややかに告げた。
「何を言っているのかわかっているのか?
もし、毒殺であったら、君は、妹の名誉を傷つけたことになるのだぞ?
訴えられたくなければ、即座に撤回せよ! 」
神馬卿が声を荒げた。
「とにもかくにも、この件は、刑部省の管轄だ。我らの出る幕ではない」
蓬莱鷹羽が冷静に告げた。
「兵士が待っております。神馬卿、ここは、冷静におなりくだされ」
サカ王女が告げた。
「宮様に免じて、今宵はここまでとしてやろう」
神馬卿がそう言うと、兵士に、采女を引き渡した。
「我は何もしていません! 無実です! 」
かわいそうなことに、毒殺の疑いをかけられた采女は、
兵士たちに連行されて行った。
「これで、竜華様への疑いは消えますね。
毒が、王太子妃の時と同じだとわかれば、
竜華様も、命をねらわれたという決定的な証拠になります」
きよが忌々し気に言った。
「いったい、誰が、こんなことをしたのじゃ?
自作自演だったとしても危険過ぎる」
サカ王女が神妙な面持ちで言った。
「そこまでして疑いを晴らそうとするとは、
あちらも、追い込まれている証拠ですよ」
きよが眉をひそめた。
「竜華の件は、明日には、
後宮だけでなく、都中に知れ渡っていることでしょうよ」
貴王女が浮かない顔で言った。
「そうなったら、大王様も、
竜華に同情して後宮に戻すことをお許しになりますか? 」
私が、サカ王女に訊ねた。
「それはない。断じてないと思う」
サカ王女が、首を横に振ると言った。
「王太子妃の座を欲していないと言っていましたけど、
他に、後宮へ返り咲こうとする目的はあるんでしょうか? 」
私が、サカ王女に訊ねた。
「口先だけじゃ。内心は、王子の心を独占したくてたまらぬはずじゃ。
もし、あの者が、後宮に戻ったりでもしたら、また、何か騒ぎが起きる。
そうしたら、平穏な日々が送れなくなる。
ここはひとつ、大王様に、竜華の件をお頼みせねばならぬ」
サカ王女はいつになく、気が張っている様子だった。
それから数日後。竜華は、一命を取りとめて息を吹き返した。
悪運だけは強いらしい。どんなに強力な毒であろうが、
あのひとにはへでもないということなのか?
サカ王女は、竜華が、体力が回復するまで
後宮に滞在すると聞いてピリピリしている感じだ。
なぜ、サカ王女がそこまで、竜華を疎んじているのかふしぎでたまらなかった。
竜華がご寵愛を受けているのは、大王ではなく王子なのに。
大王の妃であるサカ王女にとって、嫉妬の対象にはならないはずだ。
「最初の出会いが悪かったからではないの? 」
貴王女が、私の疑問に答えた。
「貴王女は、何とも思っておられないのですか? 」
私が訊ねた。
「何も思っていないと言えば、嘘になるけれど。
立場が違うのだし、争う気にはなれないわ」
貴王女が答えた。
「王子は、このまま、新たな王太子妃をお迎えなさらぬおつもりでしょうか? 」
「そんなことはどうでも良い。今は、竜華の返り咲きに備えなくちゃ」
なぜか、貴王女が、私の言葉をさえぎった。
王太子妃は、早くに、ご両親を亡くされたことから、
身内は、兄の蓬莱鷹羽しかいない。
一方、竜華は、娘を王子に嫁がせただけでなく、
自分も、王子からご寵愛を受ける立場なのだ。
恵まれていると言えば恵まれている。
もしかして、娘を王太子妃にするつもりなのだろうか?
いや、それは考えられない。なぜって、竜華の娘は、
生母よりも影が薄いし、王子から見向きもされていない。
ご寵愛を受けてご懐妊とまではほど遠い。
誰もが、忌まわしい出来事を忘れかけたころであった。
夜な夜な、元王太子妃の居所から、
風に乗って、筝の音色が聞こえるようになった。
見回りの者が、元王太子妃の居所を確かめたが、
その時には、誰も不審な者はいなかったという。
後宮では、ちょっとした怪談話になった。
一方、ひとりで歩けるまで回復した竜華は人知れず、
後宮をあとにして自宅に帰ったらしい。
毒殺未遂の一件により、大王が、同情なさることはなかったようだ。
サカ王女の進言を聞き入れたということも考えられる。
王子はいっこうに、新たな王太子妃をお迎えする様子はなく、
相変わらず、宮城を抜け出しては、お忍びでお出かけになられているらしい。
妹を失い天涯孤独の身になった蓬莱鷹羽は、
権力に目覚めたらしく寝る間も惜しんで政務に勤しんでいる。
その甲斐あってか、今では、若手の間で、
最も大王の側近に近い者と注目されている。
王太子妃の死因につながる蟲毒と
竜華を殺めようとして使われた毒とでは、成分が異なるものだった。
誰か何の目的で、王太子妃だけでなく、竜華の命までもねらったのか?
2つの事件は、同一犯によるものなのかも
明らかにならずに迷宮入りしてしまった。