第21話 遺言

文字数 2,652文字

翌日の早朝。私たちは、越国の別荘をあとにして都へ旅立った。

越国の境にいたった折、後方に、九品親王が乗る牛車がみえた。

「止まらずとも良いのですか? 」

 私は気になって訊ねた。

「あの方のことはかまわずとも良い。

勝手に、都へお帰りになるのではないか? 」

 貴王女がそっけなく答えた。

ここまで、貴王女に嫌われた九品親王であったが、

めげている様子はなさそうだ。

その証拠に、貴王女たちが乗る牛車の後ろをついて来るのがみえた。

私たちが、都に戻ってすぐ、突然、火武大王がお倒れになった。

一命は取り留めたものの、油断できない状態であるという。

ある晴れた日の昼下がり。護王猪麿が、

綸旨(りんじ)を伝達するための使者として貴王女の居所に姿を現した。

後日。貴王女だけでなく、卯波王子・九品親王・比翼親王。

鳰海姫・いとど姫の元にも綸旨が伝達されたことを知った。

なお、綸旨と共に、御下賜物も届いた。

 御下賜物の表書きに、奇妙な文字が記されていた。

護王の説明によれば、この文字はそれぞれが、

「六通」と呼ばれる神通力を示す文字だという。

もちろん、実際に、それを賜ったからといって、神通力が備わるわけではない。

どうやら、その神通力にちなんだ贈り物のようだ。

【神足】自由自在に思う場所へ思う姿で行き来できる能力 

貴王女へ 大王の御名代として諸国へ赴く際に使用できる駅鈴

【天眼】鋭い洞察力 

九品親王へ 皇室に伝わる由緒あるものさし

【天耳】声や音を聞きわける能力 

比翼親王へ 功臣が遣唐使時代に愛用した辞書

【他心】他人の心を知る能力 

いとど姫へ 火武大王ご愛用の文箱

【宿命】宿世を知る能力 

鳰海姫へ 後宮に伝わる銅鏡

【漏尽】煩悩を断つ能力  

卯波王子へ 高僧の遺品の袈裟
   
【綸旨】

卯波王子へ

【卯波よ、朕は、病を機に君に譲位することにいたす。

今後は、民のための政を念頭に置いて国造りに邁進せよ。

また、即位後、帰依を表明せよ。帰依は、朕の切なる願いである】

九品親王へ

【九品よ、君には巨籍降下を命じる。

すみやかに、宮城の外へ住まいを移し今後は、

官吏として民部省の主計寮の職に従事せよ。

君には、その足で諸国を歩き、その目で民の暮らしをみた得難い経験がある。

今後は、諸国で蓄えた知識や経験をこの国の安寧や発展に役立て新大王を支えよ】

比翼親王へ

【比翼よ、君には、巨籍降下を命じる。

九品同様、すみやかに、宮城の外へ住まいを移し今後は、

官史として治部省の職に従事せよ。

今後は、外交面において尽力し新大王を支えよ】

いとど姫へ

【いとどよ、あなたには、巨籍降嫁を命じる。

すみやかに、朕の側近である神馬孝政次男、孝義に降嫁せよ。

後宮を出ることにはなるが、兄弟や姉妹と会う明確な目的を相もって特別に参内を許す。

その際は、必ず、前もって、内侍司へ連絡を入れよ】

鳰海姫へ

【鳰海よ、あなたを准母を任命する。准母として新大王を支えよ。

新大王の即位後、すみやかに、故王太子妃の居所へ移れるよう整えさせた。

この国の親王およびあなたの配偶者の青海については引き続き、

親王の籍に留め置くこととする。

この国の皇子およびあなたの子息の六合は、

3歳になった時点で、朕が信任するこの国の高僧である月天心に養育を委ねよ】

貴王女へ

【貴よ、あなたには、九鬼退治の功績がある。

よって、大王の御名代として諸国へ赴く際に、

出張を命ぜられた官史が与えられる権利に準ずる権利を

あなたにも与えることとする。必要とあらば、朝廷に願い出てその権利を行使せよ】

「いつくか質問があります。お答えいただけますか? 」

 綸旨を受けた後、貴王女がかしこまった様子で護王に訊ねた。

「お答えできる範囲で可能です」

 護王が咳払いして答えた。

「まず、気になった点は、

大王様が、王子に帰依を表明するよう綸旨された件です。

上皇が帰依した前例はありますが、

現役の大王が帰依した話は聞いたことがございません。

そんなことは、本当に可能なのでしょうか? 」

「帰依を表明することは、現役ではなかなか、困難なことで、

今まで、即位された際に帰依を表明なさろうとした大王は、

少なからずおいででしたが、

どなたも、臣下から猛反対されて断念なされました。

ご存じの通り、大王様は、即位なされてからというもの、

古い仏教勢力の政への過干渉にずいぶんと悩まされました。

おそらく、新大王に、法王の位をいち早く、

表明させて先手を打たせて、

仏教勢力を押さえ込むとのお考えがおありなのではないでしょうか? 」

「さようですか、おかげで、

大王様のお考えが理解できた気がします。

王子には、お子がおりません。

おそらく、王子の跡を継ぐのは、ご兄弟のどなたかになると思われます。

有力な後継者に名が挙がる九品親王や比翼親王に

巨籍降下をお命じになったのはなぜですか? 

これでは、跡を継ぐ者がおらなくなるではありませんか? 」

「巨籍降下は、無用な争いをさけるための臨時的なことであり、

必要とあらば、元の位に戻すことも可能です」

「その手がありましたか。最後に、教えてくだされ。

大王様は、なぜ、我を含む3人の内親王のそれぞれに

異なる綸旨をお出しになられたのでございますか? 

鳰海姫には、これまた聞きなれない准母に任ぜられ、

我には、御名代として諸国を廻ることを許された。

巫女であるいとど姫を巨籍降嫁させたことも意外でした」

「あくまでも、我の考えを述べますと、

おそらく、お3方の個性を尊重なされたのだと存じます。

鳰海姫は、幼きころから高潔で度胸がおありでしたから、准母にふさわしい。

あなた様は、九鬼退治の功労者として期待されるところがおありです。

いとど姫は、内親王でありながら巫病になった不幸な経緯があり、

何とかなさりたかったのでしょうよ」

「あなたの考えと申したが、

我には、大王様のお考えに沿うものと思えてならぬ。

さすがは、大王様の側近じゃな」

 貴王女が、護王を褒めると、ようやく、護王の表情が和らいだ。

「実は、質問を受けたのは、あなた様だけではないんです。

いとど姫以外のお方からも質問を受けました。

なれど、我の考えをお聞きになり、

大王様のお考えに沿うものだと申してくださったのは、

あなた様と九品親王のお2人だけでございます」

「九品親王もですか? 」

 貴王女が訊き返した。貴王女は、九品親王も、

自分と同じリアクションをしたと知り複雑なきもちを抱いたみたいだ。

「あの。九品親王とあなた様が同じお考えの持ち主と知り、

ぜひとも、あなた様にも聞いていただきたい件がございます」

 護王が身を乗り出して言った。
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