第1話 おさらい

文字数 2,737文字

あれから、もう、10年か~。

ウーたち【今では、あのウーも、満月兎の跡を継いで幻兎族の頭】と一緒に、

九鬼退治をしていたころがなつかしいよ~。

 ‥‥とか言っても、当時のわたしはまだ、よちよち歩きの子兎ちゃんだったんだけどね。

私は、菊理っていいます。

 幻兎族の頭だった満月兎の妹、日陽兎は、私の母です。

他の幻兎たちからは、【2世】とか【期待の星】と言われています。

幻兎は、人間の主を定めて、主とは、死が分かつまで仕える掟になっている。

だから、私は、内親王の貴王女にお仕えしているというわけ。

 10年前。【姫巫女】として伊勢の【姫巫女寮】で暮らしていた貴王女は、

異母兄の卯波王子に嫁ぐため伊勢から呼び戻されたのだけど、

人生で初めて、親に反抗して生誕地の越国にある別荘へ移ったんだ。

越国は、私の生まれ故郷なことから実家があるけれど、

幻兎は、主と常に行動を共にしなければならない掟があるから、

越国にいる間、1度も、実家に足を踏み入れることはなかったんだ。

 ホームシックにかからなかったのは、

生まれ故郷にいるという安心感があったからかもしれない。

私としても、お仕事デビューが地元で良かったと思う。

貴王女も、姫巫女だったころと違って穏やかな日々を過ごしていたようにみえた。

 貴王女の実父である火武大王は、古くからある仏教勢力が何かある度に、

政に口をはさむことを嫌って即位後まもなく、遷都したのだけれど、

新都の造営途中に、腹心の神馬卿を失くしたことを境に、

諸国では天災や疫病が相次いで起こり、中宮や皇后。

そして、側室たちまでもが病死したため何かあると思ったらしい。

 時を同じく、
【政に誤りがあると、天神が、地上に鬼神を遣わして災いを起こさせる】との

言い伝えが世間を騒がせるようになって、

これでは、民心が離れて大王の威厳までもが損なわれるとして、

大王は、【九鬼】と名付けたこの世に

存在する9つの災いを起こすとされる鬼神を退治するよう、

陰陽師の乙津獅恩【現在は陰陽頭】・サカ王女の侍女、きよ・高僧の月天心。

それから、彼らに仕える幻獣たちに命じたんだ。

 【九鬼】がこの世から消えた後、しばらくは、平穏な日々が続いていたのだけれど、

すぐまた、洪水や疫病が起きるようになって、

卯波王子の病が再発したの。陰陽寮が占ったところ、

どうやら、怨霊の仕業らしいことがわかったんだ。

大王の腹心、護王猪麿が、神経質になっている大王に遷都を持ちかけた。

遷都には、たくさん、お金がかかるし、

人手もたくさん必要なことを前回、学んだはずなのに、

【喉元過ぎれば熱さを忘れる】ってことかしら? 

数年もしないうちに遷都しちゃった! よほど、怨霊が怖いみたいね。

前回は、準備&調査不足だったことが悪かったのだと反省して、

今回の遷都は、時間をかけて準備しようとなったらしい。

2年かけて、側近や陰陽寮に、適した地を探させた末、

陰陽道に基づく四神相応の地だとする場所に決めたらしい。

一方、大王は相変わらず、蝦夷征討に執念を燃やしていた。

何度も、朝廷軍を賊地へ送り込んでは惨敗していた。

圧倒的な強さをみせていた蝦夷軍には秘密があった。

いつしか、彼らを率いるようになっていた尼の姿をした武将が、

カリスマ的なリーダーシップを発揮して強じんな肉体と

強大な戦闘力を蝦夷軍にもたらして勝利へ導いていたのだった。

蝦夷軍の総大将は、その姿から【尼将軍】と呼ばれるようになった。

数たる戦で、蝦夷軍相手に死闘をくり広げた本誓将軍の証言によると、

その【尼将軍】は、闇天誄に似ていたという。

【九鬼】の頭を倒した直後、闇天誄は姿を消していた。

蝦夷の里である日雫国は、朝廷の支配が及ばぬ辺境の地であることから、

闇天誄が、逃げ落ちていたとしてもふしぎではないということだった。

ある時、形勢逆転して、朝廷軍が優勢になった。

蝦夷征討で活躍した名武将の父について、

幼少の頃から、東北各地を転々としたことから、

東北地方を良く知る紫灯聖阿(さいとうせいあ)が、

俘囚兵を中心とした騎兵部隊を編制したことが功を奏したのだ。

 北方の蝦夷の長たちが次々と投降してきて、

残る敵は、【尼将軍】率いる蝦夷軍のみとなった。

紫灯将軍率いる騎兵部隊の活躍により、

ついに、【尼将軍】はじめ、500余の蝦夷の捕獲に成功して都へ護送される運びとなった。

 尼将軍】はじめ、500余の蝦夷たちが都へ到着したころ、

私は、貴王女に随行して後宮へあがった。

新都は、旧都の北東側に位置している。鬼門の位置には、

大王が頼りにしている鬼神封じが得意な高僧の月天心の寺があって、

鬼神が、都に近づかないようにらみを利かせていると噂になっている。

新都は、唐の都を模しており、

街路は、碁盤の目状に垂直に交わる【条坊制】を採用している。

都を左右に分割するようにのびる大路が南北に配置されていて、

政の中心である宮城は、大路の北端に位置して、

宮城【大内裏】を囲むようにして12の門が置かれている。

都の左側は【左京】右側は【右京】と呼ばれている。

 また、左京や右京には、2官8省で働く官人【役人】や

大王の外戚の貴族たちの邸宅が並び、

公設市場である【東西市場】や外国の賓客をもてなす施設が置かれている。

後宮もまた、宮城【大内裏】と同じく唐風の造りになっていて、

それぞれの部屋に名前がつけられている。

貴王女の部屋は、貴王女が越国で産まれたということもあり、

越国でよくみられる花の【椿】と名づけられた。

貴王女が好んで身に着ける衣の色が、

【椿】と同じ色が多いことも理由になったという。

都に来てからというもの、後宮に閉じこもる日々のくり返しで、

市場の活気や庶民の暮らしを知ることはできない。

越国にいたころは、近所を散策したり、

寺社を詣でたり、近所に暮らす庶民との交流があったりして自由に行動できたことから、

毎日、何かしらあって退屈しなかった。

だけど、めったに、今は、外出することができないから退屈で仕方がない。

貴王女も、外に出たくてウズウズしているらしく、

用事で外出した命婦や女儒たちを捉まえては外の様子を聞きたがった。

後宮暮らしが長いサカ王女たちは、外出せずとも苦にならないらしく、

貴王女や私のきもちがわからないみたいだ。

 【尼将軍】が、朝廷軍に捕らわれた蝦夷たちと一緒に

都に護送されたとの話を聞いた貴王女は、【尼将軍】の様子を知りたがった。

サカ王女やきよたちから【生き神】と言われて育ち、

【九鬼】の頭だった鬼麻呂を倒した張本人なのだから、

鬼麻呂と行動を共にしていた闇天誄と思わしき人の様子が、

気になるのも仕方がないかもしれない。

 サカ王女は反対したけど、元【生き神】の責任からなのか、

貴王女はひそかに、私を外に出して様子を探らせることにした。

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