第22話 夢魔
文字数 1,767文字
「なんじゃ? 」
貴王女の顔がこわばった。
「大王様に関する件です。実のところ、
大王様は、悪夢に悩んでおられるようなんです。
そのせいで、不眠になられたせいでお倒れになったようです。
悪夢というのは、蝦夷の大群に取り囲まれた後、
気がつくと、蝦夷の大群が大蛇に変化していて
それに飲み込まれそうになったところで、
いつも、目が覚めるということのようです」
護王が神妙な面持ちで語った。
「悪夢による不眠とは、放ってはおけぬのう。
侍医はいかに、申しておるのじゃ?
悪夢をみないようにすることはできないのか? 」
貴王女が、護王に訊ねた。
「そこでなのですが、そこにいる菊理を大王様がご就寝の間、
お傍につけて夢魔からお守りすることは
できないかと思いまして相談した次第です」
護王が、私の方をみると告げた。
「私が、寝ずの番で大王様を夢魔からお守りするのですか? 」
私は思わず、驚きのあまり声を上げた。
悪夢というのは、人間が見るものであって実体がつかめないし、
どうやって、お守りすれば良いのだろうか?
「菊理。夢魔を退治したことはあるか? 」
貴王女が、私に訊ねた。私は、首を大きく横に振った。
「雲をつかむ話であることは承知の上で、願い出ています。
他に手立てがあるのでしたらお教え願いたい」
護王が咳払いして言った。
「わかりました。やってみるだけやってみましょう。
やらないで後悔するよりも、やって後悔する方がましです」
私が大判振る舞いで悪夢退治を引き受けると、
貴王女が「仕方がないわね」と渋々承知の返事をした。
その夜。私は、大王の枕元に座った。
暗くなると同時に、大王は寝息を立てた。
寝つきは良いようだ。あとは、いかにして、
良質の眠りにいざない、お目覚めスッキリになっていただくかが大事になる。
私は考えられるだけの方法で、大王の快眠をサポートすることに努めた。
丑三つ時、急に、尿意をもよおして、
私は、大王が安らかに眠っていることを確認した上で席を立った。
食事はせずとも平気だけれど、生理的な現象はがまんできない。
何も口にしていないのに体内から出るものがあるというのもふしぎなところだ。
厠から戻る道中、何やら忍び寄る影を発見した。
おそるおそる、辺りを見回すと誰もいなかった。
気のせいかと思って、歩き出した矢先だった。
黒い影が、角を曲がるのがみえた。
私は急いで、その黒い影を追いかけたが途中で見失ってしまった。
「あれは、わらわが前にみたやつとは違うやつじゃ」
どこからともなく、聞き覚えのある声が聞こえた。
見上げると、お化け蜘蛛が悠々と、蜘蛛の糸にぶら下がっていた。
「ちょっと、何、突然、出てきちゃっているんですか?
もしかして、私を追いかけて来たんですか? 」
私が含み笑いをして言った。
「降ってわいたみたいに申すな。
先だって、名乗り忘れたが、わらわは幻蛛の密と申す。
もしかして、幻蛛をみたことないのか? 」
密と名乗ったお化け蜘蛛が、からかうように言った。
「そんなような気がしていました。私は、幻兎の菊理です。
ところで、密さんは、どなたに仕えているのですか? 」
私が訊ねた。
「わらわが仕えているのは、明星と申す若者じゃ。
あなたも知っておるじゃろう? 」
密が答えた。
「ああ、明星ねえ」
私は気のない返事をした。話の流れで聞いただけで、
今の私には、密のことよりも、大王のことの方が気になっていた。
気を取り直して、大王の枕元に戻ると、密があとからついてきた。
気づいていたけれど、気づかないふりをした。
「わらわがみたのは、あなたと同じ幻兎じゃった。
てっきり、あなたの仲間の仕業と思った」
聞いてもいないのに、密から話しかけて来た。
「私の仲間が、大王様を苦しめるはずがないでしょうが?
疑うとはひどすぎませんか? 」
私が抗議すると、密がばつが悪いと思ったのか、天井へ戻って行った。
その時、大王の身に異変が起こった。
さっきまで、安らかな寝顔をみせていたのに、
何かにおびえる表情に変わった。
それも、両手でご自分の首をしめようとしはじめた。
「悪夢がはじまったようじゃのう」
天井から、密の声が聞こえた。
私はとりあえず、日陽剣をかまえた。
夢魔よ! いつでも、来い! 相手になってやるわよ!
「みえない敵をどうやって倒す気じゃ? 」
気がつくと、密が足元に降りていた。
貴王女の顔がこわばった。
「大王様に関する件です。実のところ、
大王様は、悪夢に悩んでおられるようなんです。
そのせいで、不眠になられたせいでお倒れになったようです。
悪夢というのは、蝦夷の大群に取り囲まれた後、
気がつくと、蝦夷の大群が大蛇に変化していて
それに飲み込まれそうになったところで、
いつも、目が覚めるということのようです」
護王が神妙な面持ちで語った。
「悪夢による不眠とは、放ってはおけぬのう。
侍医はいかに、申しておるのじゃ?
悪夢をみないようにすることはできないのか? 」
貴王女が、護王に訊ねた。
「そこでなのですが、そこにいる菊理を大王様がご就寝の間、
お傍につけて夢魔からお守りすることは
できないかと思いまして相談した次第です」
護王が、私の方をみると告げた。
「私が、寝ずの番で大王様を夢魔からお守りするのですか? 」
私は思わず、驚きのあまり声を上げた。
悪夢というのは、人間が見るものであって実体がつかめないし、
どうやって、お守りすれば良いのだろうか?
「菊理。夢魔を退治したことはあるか? 」
貴王女が、私に訊ねた。私は、首を大きく横に振った。
「雲をつかむ話であることは承知の上で、願い出ています。
他に手立てがあるのでしたらお教え願いたい」
護王が咳払いして言った。
「わかりました。やってみるだけやってみましょう。
やらないで後悔するよりも、やって後悔する方がましです」
私が大判振る舞いで悪夢退治を引き受けると、
貴王女が「仕方がないわね」と渋々承知の返事をした。
その夜。私は、大王の枕元に座った。
暗くなると同時に、大王は寝息を立てた。
寝つきは良いようだ。あとは、いかにして、
良質の眠りにいざない、お目覚めスッキリになっていただくかが大事になる。
私は考えられるだけの方法で、大王の快眠をサポートすることに努めた。
丑三つ時、急に、尿意をもよおして、
私は、大王が安らかに眠っていることを確認した上で席を立った。
食事はせずとも平気だけれど、生理的な現象はがまんできない。
何も口にしていないのに体内から出るものがあるというのもふしぎなところだ。
厠から戻る道中、何やら忍び寄る影を発見した。
おそるおそる、辺りを見回すと誰もいなかった。
気のせいかと思って、歩き出した矢先だった。
黒い影が、角を曲がるのがみえた。
私は急いで、その黒い影を追いかけたが途中で見失ってしまった。
「あれは、わらわが前にみたやつとは違うやつじゃ」
どこからともなく、聞き覚えのある声が聞こえた。
見上げると、お化け蜘蛛が悠々と、蜘蛛の糸にぶら下がっていた。
「ちょっと、何、突然、出てきちゃっているんですか?
もしかして、私を追いかけて来たんですか? 」
私が含み笑いをして言った。
「降ってわいたみたいに申すな。
先だって、名乗り忘れたが、わらわは幻蛛の密と申す。
もしかして、幻蛛をみたことないのか? 」
密と名乗ったお化け蜘蛛が、からかうように言った。
「そんなような気がしていました。私は、幻兎の菊理です。
ところで、密さんは、どなたに仕えているのですか? 」
私が訊ねた。
「わらわが仕えているのは、明星と申す若者じゃ。
あなたも知っておるじゃろう? 」
密が答えた。
「ああ、明星ねえ」
私は気のない返事をした。話の流れで聞いただけで、
今の私には、密のことよりも、大王のことの方が気になっていた。
気を取り直して、大王の枕元に戻ると、密があとからついてきた。
気づいていたけれど、気づかないふりをした。
「わらわがみたのは、あなたと同じ幻兎じゃった。
てっきり、あなたの仲間の仕業と思った」
聞いてもいないのに、密から話しかけて来た。
「私の仲間が、大王様を苦しめるはずがないでしょうが?
疑うとはひどすぎませんか? 」
私が抗議すると、密がばつが悪いと思ったのか、天井へ戻って行った。
その時、大王の身に異変が起こった。
さっきまで、安らかな寝顔をみせていたのに、
何かにおびえる表情に変わった。
それも、両手でご自分の首をしめようとしはじめた。
「悪夢がはじまったようじゃのう」
天井から、密の声が聞こえた。
私はとりあえず、日陽剣をかまえた。
夢魔よ! いつでも、来い! 相手になってやるわよ!
「みえない敵をどうやって倒す気じゃ? 」
気がつくと、密が足元に降りていた。