第12話 疑惑

文字数 2,169文字

「神馬竜華の身辺調査は引き受けた。報酬は、典薬寮にある唐の薬だ。

情報と引き換えに、ここに書いた薬草を持って参れ」

 蓬莱七月が、乙津に紙をにぎらせると奥へ下がった。

 話を終えて、お屋敷を出ようとした時、

なぜか、優曇が追いかけて来た。私たちに追いつくと、

私の手に何かにぎらせて、何も言わずお屋敷の中へ舞い戻った。

何かと思い、掌を広げると薄紙に包まれた桜の形をした和菓子だった。

「あの童子は、幻兎が、食事をしないことを知らないのでしょうか? 」

 私が、乙津に和菓子をみせると言った。

「あなたではなく、常世にと渡したのだろうよ」

 乙津が言った。

「なるほど、そっちですか」

 私はそう聞いて、納得した。

 後宮に戻った後、常世に、優曇がくれた和菓子を差し出すと、

今までにないぐらい喜んだ。

それから、常世は、機関銃のように優曇のことを話した。

それが、夜中まで続いた。最後には、私たちは、座ったまま寝落ちしていた。

 王太子妃が急死して以来、王太子妃の居所は閉鎖された。

居所の扉に、陰陽道の護符が貼られたことにより、

王太子妃の死に関する噂が、後宮に飛び交った。

すぐに、箝口令がしかれて、誰も口にする者がいなくなった途端、

竜華側に動きがあるとの一報が入った。

「それにしても、なぜ、あなたが? 」

 私は、蓬莱七月の使者として姿を見せた優曇に驚いてみせた。

「後宮に出入りしても怪しまれない人間を選んだら、こうなったのじゃ」

 貴王女が穏やかに言った。

「乙津様はしょっちゅう、出入りしているではありませぬか? 」

 私が反論した。

「菊理。とっとと、話を聞くとしよう」

 常世が、私をだまらせようと両手で口を押えた。

「父様から伝言です。今宵、竜華さんが王太子殿に参ります」

 優曇が告げた。

「宮城への出入りを禁じられているはずじゃが‥‥

いったい、どういうわけじゃ? 」

 貴王女が、優曇に訊ねた。

「喪が明けても尚、ご傷心の王子をお慰めするために

開かれる宴に参加すると聞いております。

竜華さんのお顔をみれば、

王子も、立ち直られるのではないかとの取り計らいらしいです」

 優曇がすました顔で答えた。

「大王様がお許しになるとは思えぬ。

この隙に、後宮に入り込もうとしているとも考えられるからのう」

 サカ王女が神妙な面持ちで言った。

「ちょっと、困ります」

 部屋の外から、貴王女付きの命婦の声がした次の瞬間、戸がスーッと開いて、

どかどかと誰かが、中へ入って来た。

その者が近くを通り過ぎた時、お香の香りがした。

頭上が影ったことから、思わず、見上げると、竜華が仁王立ちしていた。

「これ。無礼ではないか」

 サカ王女が、突然、乱入した竜華をとがめた。

「傍を通りかかりましたら、何やら、我の噂が聞こえたものですから」

 竜華がとがった声で言った。

「それは、勘違いじゃ」

 サカ王女が決まり悪そうに言った。

「さようですか。この童子は、誰の子ですか? 」

 竜華が、優曇を指さして訊ねた。

「蓬莱七月様のご子息です。ちなみに、ご子女は、宮様付の女童です」

 きよが答えた。

「蓬莱? 王太子妃の縁者か? 」

 竜華が前のめりの姿勢で、きよに訊ねた。

「さようです」

 きよが引き気味で答えた。

「王太子妃の訃報を知り、あなたは、心が痛まぬか? 」

 サカ王女が、竜華に訊ねた。

「我が密かに、王太子妃の座を欲しているというのは、

根も葉もない噂でございます。

我は1度たりとも、そのようなお恐れたことを望んだことはありませぬ。

宮様ともあろうお方が、宮人らの暇つぶしを真に受けるとは残念です」

 竜華がため息交じりに言った。

「我は、心が痛まぬかと問うた。そこまでは、口にしておらぬ」

 サカ王女が憮然とした症状で告げた。

「恐れ入りますが、王太子妃は、急病であったと聞きました。

人間、いつ、お迎えが来るのかわかりませぬ。

死は、その者の身分関係なく、訪れるものです。

たとえ、高貴なお方であったとしても、定めには逆らえませぬ。

ですから、心が痛むという表現はいたしたくございませぬ」

 竜華が、言いたいことだけ言うと部屋を出て行った。

「なんなんですか? あの態度は! 」

 私は、きよと同時に言った。

「あなたら、なんだか、双子みたいじゃのう。息ぴったり」

 貴王女がくすくす笑った。

「言われてみれば、菊理って、きよ様に似ていますね」

 常世が言った。

「どこで、誰が何を聞いているのかわからぬのが、後宮です。

これで、噂がどんなに、怖いものなのかわかったでしょう? 」

 きよが、常世に言った。

「そうですね。気をつけます」

 常世につられて、私も身を縮めた。

「今宵は我らも招待された。

竜華は、ああ言っているが、周りはどう思っているのか。

何やら、ひと騒動起きる気がいたす」

 サカ王女が神妙な面持ちで言った。

 その夜。夜も更けたころ、

王太子殿で、ささやかな宴が催された。

王太子殿の庭先に設けられた席に着くと、

庭に設けられた舞台の上に、巫女装束姿の御巫たちが姿を現した。

 太鼓囃子にあわせて、御巫たちが神楽舞を披露している最中だった。

王子の傍らに座って、談笑しながら、

采女のお酌を受けていた竜華が、持っていた杯を床の上に落とした。

「いかがしたのじゃ? 」

 王子が、竜華の顔をのぞき込むと訊ねた。

「いえ、何も」

 竜華は、左手を胸に置くと、右手で杯を拾ってお膳の上に置いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み