チケットを奪え

文字数 3,496文字

 ブラックアイは徒歩で目的地に到着した。

 あたりは巨大なビルが立ち並び、いかにもオフィス街といった形容がふさわしい土地だった。

 リアルの時間は夜だが、ゲームの時間は昼間。

 太陽は真上から照り付け、その温かい日差しをビルの隙間に注いでいる。

 街路樹は深緑の葉で光合成、車は走っているが、交通量は多くない。

 お昼ご飯の時間なのでビルのあちこちには弁当を売っているNPCやコンビニに入ってお昼ご飯を買うサラリーマンの姿があった。

 実に理想的なオフィス街だった。

 その一角に、レッドエモーションのゲーム内企業はあるのだった。

「艶斬姫、目標地点に到達した。確かにでかいビルがあるな。まあ、そのほか以外もビルばっかりで目立った建物じゃないけどな」
「レッドエモーション、ゲーム内本社ですね。100階建て。そこの50階にデーターはあります。私をそのデーターにつないでもらえば課金チケットは吸い出せますので、それだけでいいです」
「それにしても、この無課金スキンでビジネスのビルに忍び込むのか。ちょっとな、怪しまれるな」
「じゃあ、どこかでスーツを入手しましょうか。どうします?」
「ちょっと待ってろ、今サイズの合うアバターを探してる」
 ブラックアイはあたりを見回して、行き交う人々の体格を調べた。
(あいつは……少し細いな。スーツは体に合ってないとダサいからな。あいつは……規格外だな。あいつは……あいつにしよう)
「座標を送るから、その座標の人物のアカウントの画面に服を脱いで踊ればゲーム内ポイントが手に入るとデマ情報を流してくれ」
「了解」

 艶斬姫が情報をいじって、あるアバターに誤情報を送る。

 するとそのアバターは服を脱ぎだし……

僕の踊りを見てくれよ

 -= ∧_∧ 

-=と(´・ω・`) シュタッ 

 -=/ と_ノ 

-=_//⌒ソ

しゅたゅしゅたっ!

 ∧_∧ =- 

(´・ω・`)`つ=- ザザッ 

 `つ \ =-

 \,⌒\\,,,_=-

 突然スーツを脱いで踊りだした。
「あれ、ライフスパイトの公式ダンスだろ? 気持ち悪い動きだよなあ」
「え? そんなに気持ち悪いですか?」
「ああ、うちの会社の舞鹿ってやつが考えた。いかにもオタク臭い、意味不明な踊りだ」
「何言ってるんですか! かっこいいじゃないですか!」
「お前のセンスは知らんけど、あれはあからさまにオタ芸だろ。あれを10人ぐらい集めて駅で踊ってみろよ。動画が拡散されて炎上するぞ」
「そんな、あんなに楽しそうなのに」
「だってさ、ミュージックビデオとかで適当に踊ってるアーティスト臭いじゃん。体揺らして楽器演奏してるけど、適当に踊ってる感じはぬぐえないっていう」
「そういう見方もありますね」

 ブラックアイ、お前……言葉遣いには気をつけろよ。

 いくら正体を隠してる相手だからってこの発言は厳しいだろ。

 という会話はさておき、ブラックアイはダンサーが脱いだ服を盗んで、その服でビルの中に入っていった。

 見た目サラリーマンにしか見えず、どこにでもいそう、悪く言えば個性がない。

 個性がないといっても、やたら目立つ格好の潜入者がいるわけないのだが。

 ブラックアイはビルの中の端末を見つけ、そこに自分のスマホを接続する。

 そこからフロア50の監視カメラにハッキングして、内部を偵察する。

「50階には警備用のNPCと一人それらをまとめるPCがいるわね。PCが厄介な相手かしら?」
「PCの個人情報は?」
「年収500万。42歳。環境保護に興味がるみたいよ。ライフスパイトオンラインには定期的に課金をしているわね」
「環境保護かー。原発とかの話題に興味がありそうだな」
「あと、比較的善人そうだな。だまし討ちしてチケット奪うの、罪悪感あるな」
「どうして善人だと思うのですか?」
「だって、今時環境保護なんかに興味があるんだろう? 俺は世の中をひたすら食って生きているから興味ないけど、好きなやつらは好きなんだな」
「どういうことですか?」
「自然相手に一方的な搾取を行うか、それとも共存するか、の違いかな?」
「よくわかりませんねえ」
「話がそれましたね。管理者の意識をそらして、その間に私がデーターベースにアクセスするのかしら?」
「いや、目線をそらせるほど馬鹿な相手でもないと思うよ。大体、相手はモニターを凝視してるんだろ? 目線のそらしようがないって」
「じゃあ、さっきのスーツを奪た相手と同様、うその情報を流しますね。課金チケットを明け渡したら、軽く1000ポイントほど差し上げましょうか」

 ブラックアイはその様子をスマホを通じてモニターする。

 すると、監視カメラのマイクを通してブラックアイのスマホにこんな音声が流れ始める。

 管理者

「うは! 課金チケット明け渡したら1000ポイントかよ! あからさまな運営の賄賂! やっぱライフスパイトはくそげー! TLにアップしなきゃ!」

「ゲームの悪口を言われてしまったな」
「あの手の輩は一定数湧いて出ますよ。今回は買収が使えなかったわけで、ブラックアイ、正面からお願い」
「わかった」

 黒は了承するとエレベーターに乗った。

 自分がエレベーターに入っていくところは監視カメラをハッキングしているので、画面の中の画面でも視認することができる。

 艶斬姫にモニターされた状態はブラックアイにとっても安心だった。

 何か困ったことがあれば助けを求めればいいし、アドバイスをもらうこともできる。

(とは言ってもな。これは遊びなわけで、少しは刺激のあることをやらないと収まりがつかないんだよな)
(やっぱ、遊びは刺激的じゃないとな。軽く脳が吹っ飛ぶくらい、脳が震えるくらい)

 若干怖い理論を振りかざしているブラックアイだったが、エレベーターは自然にブラックアイを50階へと誘うのだった。

 そこで扉が開いたとたん!

「www、スタジオギクリ、トップが辞めない、老害企業! 大敗北企業!」

 と、わけのわからないことを叫び始める。

 するとそれにつられたように管理者が反論し始めた。

 管理者

「スタジオギクリ、大英雄! 変わらぬクオリティ! 研ぎ澄まされた芸風! 大英雄!」

「知らんよ。紅の豚のどこが名作なの? 孤独な男を描いた駄作!」

 管理者

「せやな……」

「いや、否定しろよ」

 こういう煽りは老人相手には非常に強力だ。

 ネット強者は挑発に弱く、人さまが見ていないであろうネット空間では、こうやって論争を繰り広げる。

 しかも若者のことが異様に理解できず、文化にもうとおい。

 こうやって煽ってやれば意識をそらすことなんて簡単にできる。

(だけど……そんなことで意識をそらせるほど、頭は悪くないだろうな)

 その時だった、黒は自宅のパソコンをインターネットから隔離した。

 よって、ブラックアイのデーターは動かなくなり、その場で固まった。

 画面の向こう側、この世界のどこかで管理者のモニターにエラーが表示される。

 あくまでもエラーが表示されるだけ。

 実のところ意図的に回線を切ればそれは相手にも通知となって伝わる。

 しかしその通知、ゲームの通知とエラーの通知、両方だったらどうだろうか。

 優先して表示されるのは回線が切れた、という表示だ。

 つまり、管理者はそれに気を取られて、艶斬姫が課金チケットを吸い出しているのに気づかない、という算段だ。

 黒はネットワークを復活させて、元いた場所に戻ってきた。

(これで……管理者は巻けるだろうな)
 しかし……

 管理者

「おい、そこの見知らぬアカウントよ、こんな方法でネット強者を倒せると思ったのか? どこぞのフィッシングサイトで小さく表示された支払いの文字、見逃すわけがないじゃろ? そういう詐欺には慣れっこなんだよ、俺らの世代はね」

 ブラックアイの犯行は発覚してしまった。

 すぐさま管理者はレッドエモーションにブラックアイの犯行を通報し、そしてブラックアイのアカウントはBANされてしまった。

 このゲームの世界でBANされるとどうなるのか、ゲームの中で動くことができなくなるのだ。

「あーあ、ばれちゃったか。侮ってた俺が悪いね、本当。あっさり見つかっちまった」

 ライフスパイトには初期の装備としてスマホが支給されるが、同時に戦闘のために支給されている装備もある。

 ブラックアイは自分の装備にその武器、ナイフを選んだ。

 攻撃目標を管理者から、左キーを押して別のターゲットに切り替える。

 管理者

「おいバカ! やめろ!」

 この場に攻撃できるオブジェクトは2つしかない。

 管理者と、そして自分の分身であるブラックアイ。

「またな」
 ブラックアイは攻撃コマンドを実行した。
ワンクリックで応援できます。
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登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

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