絶望する勇気
文字数 4,935文字
レッドエモーション
「よくやったぞ目黒さん。次のボーナス変化ないけど」
レッドエモーション
「微増した。だが、こんな小さなオンラインゲームだ。小さい変化でも大した成果だ。お前はよくやったよ」
と、偉い人は黒の業績を認めてくれたのだが、黒の心の霧は晴れなかった。
あの日、乖離光にやられた一撃を思い出すたびに、虫唾が走る。
レッドエモーション
「そうだな。雇ったとも。それで、何か問題あるか?」
レッドエモーション
「乖離光のこと? うん、実はね、あいつのデーター、お前の動きをトレースさせて生み出されたプログラムなんだ。要するに、お前は自分の劣化コピーに負けたってわけ。まあいいだろ? お前は強いし、なめてかかったら倒された、それだけの話じゃないか」
レッドエモーション
「だってさ、一からAI組み上げるの無理でしょ? 予算的に。だから誰かの動きをコピーさせるのが一番いいんだよ」
レッドエモーション
「そんなものじゃないか? 音楽だって決まった動きの中で作られるものだろう? それをAIにコピーされて当たり前の話だと思うがな」
レッドエモーション
「知らん、俺も管轄外だ。ただ、以前俺のところに届いたメールには会社への辞表と、もっと戦いたいのです、という意味不明なメッセージが送られてきた」
レッドエモーション
「そうだよ」
レッドエモーション
「始めは上層部も拒んださ。だけど、乖離光は勝手にいなくなった。まあ、人間だって勝手にいなくなることがあるんだ。AIが特別な存在ではなかった、ということで話は終わる」
レッドエモーション
「お前の動きをトレースさせたんだぞ? 話通じる?」
レッドエモーション
「そこまでは言わないが、まあ、お前自身が否定できる在り方でもない、と言いたいんだ」
レッドエモーション
「話は終わり。青枝によろしくな」
黒は話を終えて自分のデスクに戻る。
すると、自分のデスクに舞鹿が座っているのだった。
黒が現れたことに舞鹿は驚き、すぐその場を立って席を黒に譲る。
舞鹿からの叱咤激励も、黒の固定された価値観の中には響いてこなかった。
黒ももう少し頭が柔軟なら舞鹿の言葉に甘えることができたのだと思うが、他人を頼ることができない人間はとことんできないものだ。
黒は舞鹿が譲ってくれた椅子に座ろうとするが、まだ舞鹿の話は半分なようなので、座らないことにした。
二人の間に過去どういうやり取りがあって今の会話が成立しているのか、誰も知らない。
元々今の空間には黒と舞鹿しかいないのだ。
ほかの人たちは誰も聞いていない会話を、二人は楽しんでいる。
黒は自分の思う当たり前を説いているだけなのに、舞鹿にことごとく否定され続けている。
黒は馬鹿だよ。
そういう大人の対応しかできないところが人間として屑なんだ。
しかも大人の対応だけやっていれば安定だと信じ切っている、こういう人間を救い出すのは容易ではない。
悪役じゃないよ、悪だよ。
人に苦役を与えることを適当に理由をつけて正当化しやがって。
ただの悪でしかない。
黒はニヒルな笑いでそれを流して見せた。
が、どうしても舞鹿の一言が心に突き刺さるのだった。
黒は濁った感情のやり場を求めて、その日の夜もライフスパイトオンラインに潜るのだった。
アイコンは当然、ブラックアイだ。
少なくとも0にはなっていないのか、とブラックアイは少しの期待をかけてみた。
が、まあどうせリアルで食べていけるのだ。
ここで稼げなくても問題ない。
依頼主 ワールドエコノミカカンパニー
報酬 10万円
内容 暴走したAIの鎮圧
近々、AIが独自の動きを持って会社のサーバーから脱出する事態が発生しているます。
それを鎮圧して抹消するのが今回の目的です。
AIたちの目的が何なのか不明ですが、野放しにしておくわけにはいきません。
会社のデーターを外部に漏らされないうちに、AIたちを調査後、抹殺してください。
ブラックアイは人間の普遍的な感情について艶斬姫に説かれてしまった。
画面の向こう側の誰か知らない相手に、誰もが普遍的に持っている感情について説かれている。
確かにブラックアイの心に愛がないわけではない。
ただ、どうしてだろうな。
それを素直に表現することができないのだ。
ブラックアイの愛は、こうやってゲームを通じて弱者を助けることによって実現される。
しかし、それは艶斬姫に思う愛とは少し違うようなのだ。
複雑な会社の力関係、資本元とのやり取り、乖離光の動き、そういった複雑な動きがありながら、艶斬姫や舞鹿が唱えているのは人間にとって普遍的に存在する愛。
黒はそんなシンプルな回答に納得したくはなかったし、受け付けようともしていない。
だが、
心のどこかでは納得したのだった。
難しい話はさておき愛、そういう結論に行きつくのははっきりとしている。