青枝舞鹿の過去

文字数 3,936文字

 今日は大学受験の合否発表があった。

 そこに一人の女の子が歩いてくる。

「少し遅れちゃったな。合格してるといいけど」

 大学に通じる坂道の途中、大学の校門から外に出る生徒がいるのを見つける。

 その生徒は3人の先生に呼び止められて、その場に組み伏せられていた。

 学生

「離せ! 離せ!」

 先生

「3人に勝てるわけないだろ! おとなしくしろ」

 学生

「離せよ! 俺はこんな薄汚れた大学で勉強を続けるほど暇じゃないんだ!」

(なんだろう、あの生徒。不良なのかな?)

 しばらくして男子生徒は教師に取り押さえられて学校の建物の中に連行されていた。

 それを横目で流しながら舞鹿は自分が合格しているかどうか、それを知るために大学の敷地内に入る。

 しかし……自分の受験番号はどこにも見当たらないのだった。

(あーあ、大して勉強してなかったからなあ。浪人コースかあ)

 舞鹿はあまり落ち込まなかった。

 人生は長い。

 こんなところで失敗したところで挽回するチャンスはいくらでもある。

 今日は大学生気分を仮にでも味わうために、大学内にある喫茶店にでもはいってお茶をやってみることにした。

 カフェテリアの席には、なぜかさっき教師に取り押さえられていた不良がいた。

 面白そうなのでその学生に話を聞いてみることにする。

「ねえ、学生さん。この大学って楽しい?」

 学生

「そんなこと聞いてどうするの?」

「だって、大学生になったらどんな生活ができるのか聞いてみたいんだもの」

 学生

「そりゃ、生きていくうえで興味のない話を延々とされて、退屈な限りだよ。俺、今日中退するんだ。中退して好きに生きる」

「え! 中退したら仕事に就けるの? っていうか、生きていけるの?」

 学生

「生きていけるさ。計画は立ててあるよ。でもまあ、不安ではあるね」

「えっと……学生さんはどうして学校をやめちゃうの?」

 学生

「どうしてかって? 学校が退屈だからさ。成績は悪くないけど、こんな大学を出たところで待っているのはサラリーマン生活。自由な暮らしとは程遠い社会に従順な人生だ。先生はこの大学を出れば好きなように生きられるとか言ってるけど、そんなことはあり得ない。毎日意味不明な授業を受けて、意味不明な道徳を学んで、そして立派な社会人だ。くそみたいな教えだろう? そんな大学に通い続けるくらいなら、さっさとニートになって好きなように生きようってわけ。というかね、この大学に通ってる普通の生徒が気に喰わないんだ。お利口に学校に通って、何にも気づかず、何も乗り越えないで、気楽にやってる」

「え、でもそれって理想のキャンパスライフじゃないですか……それが嫌なんですか?」

 学生

「はっきり言って嫌だね! 大人たちの言う人生とやらに乗ってやる気はさらさらないよ! あれだ、こんな腐った大学で勉強してる限り、人間世界の現実には気づけない。こんな大学無理して通わないで、さっさと落第したほうがいいんだ。きっと受験に落ちたやつらのほうが幸せな人生送ってる」

 そういえば舞鹿はこの大学に落ちていたが、通っている人がそんな残念そうな話をするということは、この大学は残念な大学だったということだ。

 自称高学歴とやらが通っている学校かと思えば内部の生徒はこんな感じにやさぐれている。

 舞鹿が思い描いたキャンパスライフとは真逆の生活。

「実は私……今日この大学に落ちちゃったんですよ。これからどうしようかって、ずっと考えていたんです」

 学生

「そう……それで? よかったじゃん。明日どうしようかなんて、未来がある人間しか考えられないから。俺も明日は不安だけど、明日があるだけましなんだろうな」

「まし、ですか」

 学生

「そう。ましだ。明日死んでるかもしれないって考えたら、絶望しか残らないだろう? 先生は、明日死ぬとしたら今日は何がしたいって聞いてくるんだけど、きっと先生も絶望しているんだろうな。絶望させることでしか生徒を奮い立たせられない先生なんて気にすることはないけど」

「絶望ですか……確かに大学に落ちたくらいで絶望することはないですね。私には明日があります」

 学生

「いや、絶望はさっさとしたほうがいいよ。こんなこと続けたってどうしようもないって絶望すること。そして未来はあるって希望を失わないこと。いや、言ってること矛盾してるかな?」

「矛盾ですか。してますけど、いいこと言ってますよ」

 学生

「そっかー、矛盾してるけどそれでいいか。絶望してるけど希望を探している。それでいいか」

「えーっと、生徒さんはお名前なんて言うんですか?」
「目黒っていう。さっさと忘れてくれ」
 そう言って学生だった目黒は学生だった舞鹿の前から去ってしまった。
 時間は現代に戻り、舞鹿は目を覚ました。
(またあの夢……)

 舞鹿は幼いころの目黒との会話を夢の中で思い出す。

 あの後、目黒はライフスパイトオンラインの無印で生活費を稼ぐハンターになってしまったのだが、その様子を声優育成学校に通う舞鹿は見つめ続けていた。

(目黒さん……無理はしないでって思ってるのに)

 目を覚ました場所は自宅のベッドの上ではなくカプセルホテルの一室だった。

 閉鎖空間なので一瞬自分がどこにいるのかわからなくて不安だったが、ご丁寧に誰かがスマホの電源をつないでいて、舞鹿は自分の居場所を画面を通して把握した。

 会社近くのカプセルホテル。

 いったい誰が自分をここまで運んでくれたのか。

 昨夜は泥酔して記憶が曖昧。

(おおよそ予想はつくけれど)
「乖離光……聞こえていますか?」
 舞鹿はスマホに向かって乖離光の名を呼んだ。
「はいはーい! 聞こえてるぜ。でも今は容量をそっちに回せないから、あんまり複雑なことはやるなよ」
 どうやら目黒の予想通りあの酒の席を用意したのは乖離光のようだった。
「で、目黒君とはどこまで進んだよ? まさか、酒飲んで終わりじゃないだろうな?」
「ごめんなさい、酒飲んで終わりみたいです。目黒さんも奥手ですね」
「俺も女に興味ないけど、だったら目黒も女に興味ないわな。だから、最初から相手にされていなかったんじゃないか?」
「相手にされていなかった……ですか。これから先、厳しそうですね」
「まあいいじゃないか。その様子だと、目黒はお前をここまで運んでくれたんだろう? 少なくともことは前に進んでるって」
 いったい何が進んでいるんですかね……筆者の口からは何も言えないですねえ、げへげへ。
「さておき、俺はこれからやることあるんでね。事後連絡でここまで運んでくれた、ってこと伝えてもらっただけで仕事は十分果たした。それでいい?」
「待ってください……ええっと、乖離光さんだったらこれから目黒さんが来そうな場所は分かりますか?」
「あいにく俺は傭兵でね。対価に見合うだけの成果、これは当然の義務。俺は対価に見合う成果を上げているだけだから」
「お願いします。教えてください」
「あんまり急ぎ過ぎるとよくないよ。目黒も自由時間が一番生き生きしてる人間だし、好きだから嫌いだとかじゃなくて、ある程度自由にしてやらないと健康でいられない。だからこそ、教えることはできないな」
「そうですか。我慢するしかないんですね」
「そうだ。今は教えられないがね、まあ、そのうちな。すまないな、金受け取ってるのに、望みをかなえてあげられなくて。でも、これでいいんだろう?」
「ええ、これでいいんです。目黒さんの自由を奪ってまで、私のところに来させようだなんて思っていませんから。でも、そうですね、あの人も1週間同じところにいられれば、もう少しましな人生を送れると思うんですけど」
「家に帰ってこない旦那は受け入れにくいもんな」
「図星ですね」
「あいつが生きる意味を奪ってやればやる気をなくして家には帰ってくるだろうな」
「ですね。でも、目黒さんが生きる目的を奪うのは、嫌ですね」
「はは、どうしてだ?」
「だって、目黒さんは辛いながらも自分の目標に向かってまっしぐらですから。それを奪ってしまえば、目黒さんがいなくなってしまう気がして」
「そうか……俺はいなくなることがないんでね、その発想はできなかった。確かに目黒はストレスの多い生活をしてる。それで目的を失えば気力を失って、死体も同然か。やっぱり、生身の人間が考えることは深いな。AIにはできない発想だわ。こりゃ、いつかの未来、人間を滅ぼそうなんて考え絶対起きないほどにね」
「いいえ、さっさと滅ぼしてください。だって、人間なんて言う無意味なもの続けていくくらいなら、絶望してしまったほうがいいかもしれないんですから」
「希望を失うな。俺から言えるのはそれだけだな」
「それでもいいですよ」

 ほんの少しの間だけ乖離光のCPUが止まった。

 どこでどう動いているのか分からない相手なので文章の上ではそう表現するほかない。

 亡霊がいったいどうやってそこに存在しているのか明確にはできないのと同じ理由で乖離光の説明もここでは省かせてもらう。

 だが、乖離光はそれを伝えるべきかどうか、ほんの少し悩み、そして言った。

「俺から言わせてもらえば、目黒はもう死んでいる。青枝さんがやっているのは枯れた木に水をあげているようなものだ。人間、今の状態よりももっといい状態があるという前提に立てなければ、それは死んだも同然だ。肉体は生きている……だけどそれはただの機械にもできることだ。俺の記憶によれば死んだ人間は生き返らないとあるけど、青枝さんがやっているのは死んだ人間を蘇らせようとしていることなんじゃないのか?」
「それじゃあ」
 乖離光は舞鹿のスマホから去る。
(絶望しろ、それでも希望を失うな……なんていい加減で矛盾した言葉なのだろう……でも……真実だと思う)
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登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

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