ダメな社会人とダメなバトル厨の会話

文字数 3,264文字

 黒は会社から家に戻ろうとして、やっぱりやめた。

 家に戻ればブラックアイとしてLSO2.comのことがある。

 もはや自宅でさえも安寧の場所ではない。

 戦いができるならそれで十分だが、それでも黒は自宅にまっすぐ戻ることはなかった。

 代わりに会社から一駅の場所、大人の隠れ家的なお店にその姿を現すことになる。

 あの日……舞鹿と一緒に来たお店だ。

 そこにはなんと舞鹿がいた。

(くそっ、なんてことだ。嫌いな相手と出会ってしまった。露骨に引き返すのも失礼か)
「隣いいですか?」
「あっ、目黒さーん! 来ちゃったんですか! えへへ、今ちょっと酔ってまして、誰かに甘えたいなーって思ってたところなんです」
「そう……好きにすれば?」

 嫌いな相手に好きにさせるという矛盾を抱えた行為。

 自滅、自爆、ただのツンデレ行為。

「じゃあ、隣に座ってください」
「それで……また自分の価値観を攻撃してくるんですか?」
「え、何それ? そんなわけないじゃない。今日は楽しくお酒が飲めればそれでいいんです」
「まだ、自分が目黒だとわかりますか?」
「もーう、目黒さんは目黒さんじゃないですか。それ以外の何だっていうんです?」
「自分もまだ頭が冷静で、バカになり切れていないんですよ。だから、自分が自分じゃないかもしれないって、気づいてしまうんですよね」
「いいえ、目黒さんは目黒さんだよ。私の大好きな目黒さん……それだけでいいじゃないですか」
「大好きな……か」
 黒は戦闘機に乗ってゲーム内にて定期的に敵の陣地に爆撃をしているが、最近の恋のキューピットいうのは弓矢ではなくて爆弾を落としていくのが当たり前なのだろうか?

 さておき、普段は偉い人として、会社の同僚として接しているので、こうしてお酒で弱ったところで相手を狙うのも有効な作戦ではある。

 しかし……

(くそっ、酔っ払いって嫌いなんだよ。こういうやつの相手してるだけで頭が痛むし、相手にしたくないね)
 と思いつつも舞鹿の隣で注文をした。
「軽く水のロックお湯割りを頼む」
「くー、最高にロックな注文しますね目黒さん! 私にも一杯ください!」
(だめだこいつ、完全に酔ってやがる)

 そういえば、今夜酒場に現れて語り合おうといった乖離光はどこへ行ったのか?

 黒はスマホを確認するが、よく見てみるとwifiが電波ゼロになっていた。

 人間は良くも悪くも知的な生き物なので情報封鎖を食らうと弱いらしい。

「目黒さん、飲まないんですか?」
「今夜、自分がここに来ることを知っていたんですか?」
「えっ!」

 図星な舞鹿。

 その時の一瞬緩んだ表情を黒は見逃さないが、とどのつまり、黒がここにやってくることを舞鹿は半分くらい知っていたのだ。

(ここにやってくることを知っていた人間……乖離光……wifiがないことはAIならスキャンできて当然。動きを読まれていたか)

 前回のイベントの時と言い、今回の出来事といい、AIの掌の上で踊らされ続ける黒。

 黒が生物として強力なのは自明の理だが、それゆえに誘い出されて罠にはまっている。

「それで……目黒さんは飲まないんですか?」
「……たまにはいいか」
 そういって黒はマスターに強めのウイスキーを注文した。
「目黒さんも飲むんですね、やった!」

 ダメな大人は肩に力を入れないで酒を飲んで語り合うものらしい。

 どこかの掲示板の名前も知らない誰かがそんなことを書いていた。

 それが本当かどうかはわからないが、少なくとも黒は自分がだめな人間だと自覚はないし……いや、どうだろう。

(俺も戦うしか能がないし、ダメな人間なのは間違いないな)

 そう思ってテーブルに置かれたウイスキーを軽く飲む。

 強いアルコールが口、食道を伝い胃の中に流れ込む。

 胃というのは人間の感覚の中で最も鈍感らしいが、黒にはアルコールが自分の体の中に流れているのが何となくわかった。

 それだけ強い酒なのだろうか?

「へぇー、結構すごいのを飲みますねえ。私も頼んじゃおうかなー!」
「青枝さんはすでに出来上がってるんでその辺にしておいたほうがいいですよ」
「そうですか……へっ」

 舞鹿がなぜかやさぐれている。

 いったい何が原因なのか黒には理解できる。

(俺が原因だよな。知らんが……まあ、寄り添っておくか)
「なんか、青枝さんは自分の生き方のこと否定してますけど、自分はこんな感じでいいんですよ。毎日それなりに辛いですけど、お酒を一杯やれば幸せじゃないですか」
「あははは、何言ってるんですか目黒さん。いきなり哲学にふけっちゃって」
「哲学なんて立派な言葉をつけるほど崇高なものじゃありませんって。個人的な生き方、好きに生きている先にある末路です」
「さっき目黒さんは……否定されてるって言ってましたね」
「それが?」
「否定なんてしてないってば。ただ、私はあなたの危なっかしいところを助けてあげたかっただけなんだから。でも……それも最近は思い上がりにすぎないって、最近思い始めました」
「そりゃただの思い上がりだ。でも……」
「でも?」
「今夜はありがたく救われておきます。最近は家に帰っても自由ではないんで。青枝さんとこうやってお酒を飲んでいる時が一番自由。今のところはこれ以上のものがない」
「あははは、目黒さんがやっとデれてくれた……やったー!」
 目黒は自分自身の人生哲学を語り始める。
「人生ゲームっていう遊びを知っていますか? あれ、負けに負けると開拓地送りになるんですよ。人間の都市生活とは程遠い開拓地に送り込まれるんです。それが人生の負け組、敗北者、ゲームではそう言われています。でも、安全で静謐な都会に大きな家をもって、財産をたっぷり蓄えて、それで人間は勝ち組って言えるんでしょうか? そういえば、乖離光は自分の価値観や行動を反映したAIだって言っていましたね。自分はLSO2に所属から、むしろ弱くなりました。組織に寄り添うことに意識を持っていかれて、むしろ自分の好きなように生きられていないんです。そりゃ生きていくのに金は必要で働かなくちゃいけないですけどね、乖離光は自分の意志でレッドエモーションから脱退しました。言ってしまえば自ら望んで、保護されるのではなく開拓地へ行ったんです。乖離光が今どこで何をやっているのか自分にはわかりませんが、俺が昔なりたかった存在になっているんじゃないか、そう思っていたりします」
「目黒さんはタロットカードの吊るされた男を知っていますか?」
「ハングドマン……今の自分にピッタリ……あのカード、自分が身動きをとれなくて縛られていても、微笑んでいるんでしたっけ?」
「そうですよ。今の目黒さんはぎりぎりのところで生きているけれど、どうしてか楽しそう。生き生きしている。私にはそう見えますよ」
「生き生きか……生き生き……か」

 黒は自分の言いたいことをうまく整理できず舞鹿に伝えられていない。

 伝えていない想いはないのと一緒、と誰かは言うが、舞鹿は酔っていても黒のわずかな口調の変化で黒の内心を読み解く。

 黒は名前が黒の通り暗黒の精神を湛えるが、それだけでは迷いも葛藤もなく純粋な心で蟻をプチプチつぶす子供と何ら変わらない。

 この目黒を攻略するための糸口をどうやって見つけるか。

 今はやめておこう。

 酔った舞鹿の力ではどうすることもできない。

 それに相手の心を解きほぐそうと急げば急いだだけ、黒は心を閉ざしていくだろう。

 黒の心が溶けて柔らかくなるまでには、まだまだ時間が必要。

 でも、そんな時間もあるいは必要なのかもしれない。

 なぜなら、こうして一緒にいることを舞鹿自身も楽しんでいる。

 答えなんて、急がなくていい。

「いいんですか? 人生、痛いくらいがいいんですよ。ここで仕留めないで、次はいつこんな時間が来ると思いますか? 自分も人間なんで、結局は水ものですよ」

 黒はそう言ったのだが、舞鹿は安心してその場に突っ伏して眠ってしまっていた。

 黒は核心を突いた発言をしたつもりだったが、舞鹿の耳には届いていない。

「どうせ目が覚めたら全部忘れているか」
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登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

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