ダメな社会人とダメなバトル厨の会話
文字数 3,264文字
黒は会社から家に戻ろうとして、やっぱりやめた。
家に戻ればブラックアイとしてLSO2.comのことがある。
もはや自宅でさえも安寧の場所ではない。
戦いができるならそれで十分だが、それでも黒は自宅にまっすぐ戻ることはなかった。
代わりに会社から一駅の場所、大人の隠れ家的なお店にその姿を現すことになる。
あの日……舞鹿と一緒に来たお店だ。
そこにはなんと舞鹿がいた。
嫌いな相手に好きにさせるという矛盾を抱えた行為。
自滅、自爆、ただのツンデレ行為。
さておき、普段は偉い人として、会社の同僚として接しているので、こうしてお酒で弱ったところで相手を狙うのも有効な作戦ではある。
しかし……
そういえば、今夜酒場に現れて語り合おうといった乖離光はどこへ行ったのか?
黒はスマホを確認するが、よく見てみるとwifiが電波ゼロになっていた。
人間は良くも悪くも知的な生き物なので情報封鎖を食らうと弱いらしい。
図星な舞鹿。
その時の一瞬緩んだ表情を黒は見逃さないが、とどのつまり、黒がここにやってくることを舞鹿は半分くらい知っていたのだ。
前回のイベントの時と言い、今回の出来事といい、AIの掌の上で踊らされ続ける黒。
黒が生物として強力なのは自明の理だが、それゆえに誘い出されて罠にはまっている。
ダメな大人は肩に力を入れないで酒を飲んで語り合うものらしい。
どこかの掲示板の名前も知らない誰かがそんなことを書いていた。
それが本当かどうかはわからないが、少なくとも黒は自分がだめな人間だと自覚はないし……いや、どうだろう。
そう思ってテーブルに置かれたウイスキーを軽く飲む。
強いアルコールが口、食道を伝い胃の中に流れ込む。
胃というのは人間の感覚の中で最も鈍感らしいが、黒にはアルコールが自分の体の中に流れているのが何となくわかった。
それだけ強い酒なのだろうか?
舞鹿がなぜかやさぐれている。
いったい何が原因なのか黒には理解できる。
黒は自分の言いたいことをうまく整理できず舞鹿に伝えられていない。
伝えていない想いはないのと一緒、と誰かは言うが、舞鹿は酔っていても黒のわずかな口調の変化で黒の内心を読み解く。
黒は名前が黒の通り暗黒の精神を湛えるが、それだけでは迷いも葛藤もなく純粋な心で蟻をプチプチつぶす子供と何ら変わらない。
この目黒を攻略するための糸口をどうやって見つけるか。
今はやめておこう。
酔った舞鹿の力ではどうすることもできない。
それに相手の心を解きほぐそうと急げば急いだだけ、黒は心を閉ざしていくだろう。
黒の心が溶けて柔らかくなるまでには、まだまだ時間が必要。
でも、そんな時間もあるいは必要なのかもしれない。
なぜなら、こうして一緒にいることを舞鹿自身も楽しんでいる。
答えなんて、急がなくていい。
黒はそう言ったのだが、舞鹿は安心してその場に突っ伏して眠ってしまっていた。
黒は核心を突いた発言をしたつもりだったが、舞鹿の耳には届いていない。