レッドエモーション方針会議

文字数 4,816文字

 レッドエモーション

「おはよう目黒。出社していきなりで悪いね。お前にメッセージ。ワールドエコノミカカンパニーから。何か面白い話を目黒さんあてに持ってきているみたいだ。詳細は今からテレビ会議にて。それじゃあよろしく!」

「え、聞いてないよ。いきなりなんですか! 今日予定がないから社内ニートするつもりだったのに!」

 レッドエモーション

「落ち着け、目黒さん向けに楽しい戦いのお話らしいから。聞いておいて損はないよ」

 なんて会話があくる日、目黒とレッドエモーションのオフィスで行われた。

「まあ聞きましょうか。話だけでも。ひょっとしたら興味が出るかもしれませんし」

 レッドエモーション

「そう来なくっちゃな! じゃ、テレビ会議室に今すぐ行け。急な予定だから今日の午前しか空きがない」

「自分、これから告知の内容をアップロードするって上司に連絡してあるんですが……」

 レッドエモーション

「資本関係のわがままが先だ。金がなくちゃ会社は何もできないよ」

「そうですね。自分は平社員なんで従いますよ、従いますとも」

 そんなわけで権力者の言いつけに従い目黒は社内のテレビ会議室に入る。

 テレビ会議室には2つのチャンネルが表示されていた。

 一方は会社、もう一方はAI向けに。

 ここは乖離光のデーターを消去した部屋の隣りだったりする。

 狭い会社内なのでよくあることだが、目黒は急な予定変更でうんざり。

 半ば悪態をつきながらその場にいるのだった。

 すると別のレッドエモーションの上司の回線につながった。

 レッドエモーション

「やあ、君が目黒君だね。よろしく。私はレッドエモーションとワールドエコノミカカンパニーの橋渡しを行っている者なのだが、これから目黒君に頼む仕事が決まったよ。さ、乖離光。出席してくれ」

「はいよー」
 AI向けの回線に乖離光が登場する。
「なんだ、乖離光も来てたのか。いいのか? ほかの予定はなかったのか?」
「ご心配かけるねえ。でもスケジュール管理に失敗してもAIはリソースを分ければいいだけだから。そこんところは大丈夫だ」
「今はリソースを分けていたりするのか?」
「いや、今回は平気。それで、目黒は最近どうだい?」
「どうにもこうにも、舞鹿の愚痴に付き合ったりで適度にストレス。まあ悪い気分ではないな」
「そっか。元気にやってるようでよかった」
「そりゃお前が元気そうなんだから俺も元気だよ。いや、最近はちょっと辛いかな?」
「どんまい。あんまり無理すんなよ」

 レッドエモーション

「そろそろ世間話は終わりにしてください。話を始めます」

「分かりました。それで、自分も含め目黒に話って何ですか?」

 レッドエモーション

「実は弊社の広報のために乖離光と目黒さんを利用しろと資本元のワールドエコノミカカンパニーから通達がありました。今後はお二人には弊社の考案したシナリオ案に沿てお互いに争っていただきます。乖離光さんは自由になったAIを率いて、目黒さんのブラックアイはLSO2.comに参加してもらってです」

「それ……お客様がそう望んでいるわけ?」

 レッドエモーション

「わかりませんよ。ただ、私たちは私たちにできることをやるだけです」

「そっか。じゃあこれからも目黒と競い合えるな、俺は。安心安心。それで、これからはどうするの?」

 レッドエモーション

「1週間以内にシナリオライターがシナリオを作ってくるのでその通りに動いていただければと思います」

「異議なし」
「同じく」

 レッドエモーション

「それでは。話はそれだけなので。すべて決まり次第、お二人には動いてもらいます」

 その場の会議はこれで解散になった。

 レッドエモーションの上司はその場を去り、会議室には目黒と乖離光だけになった。

「雑過ぎる。何も決まってないのに会議の場なんて用意しやがって。レッドエモーションはやっていることがぬるすぎる」
「同じく。第一、俺たちがのんきにシナリオに従って戦うのをユーザーは望んでいるんだろうかね?」
「ユーザー? そうだね、望んでいないだろうね。でもシナリオにしてしまえばずるずると戦いは続いていき、それ見たさに課金していく人も増えるだろう。そんなの、俺は嫌だね」
「同じく。俺はお前と戦ってみたい。目黒の本気と全力で戦ってみたい。それだけだ。それを邪魔されるのはごめんだ」
「そっか、そうだよな。前から自分と似たようなやつで同族嫌悪とか少ししてたけど、乖離光って意外と素直な奴なんだな。スポーツマンシップってやつかな、それをストレートに宣誓された気分だよ」
「気分じゃなくて実際そうだよ。ただ、お前と戦いたい、それだけ。AIなんだ、嘘をつけるようにはプログラミングされてない。俺はずっと目黒に本当のことを伝えてきたんだけどな」
「そっか。そんなもんか」
「今日はこんなところだな。また会おうぜ。次会った時は本気で戦うときだ」
「そうか。次会ったら戦うときか。日頃から戦ってるし、そんな緊張はしないと思うよ。お前も全力で来いよ。そうじゃないと張り合いがないからね」
「おk、お前も手を抜くなよ。目黒は意外と面倒くさがり屋で、なんかまともに相手してくれなさそうだからな」
「さすが俺のコピーじゃん、わかってるなあ。乖離光の一生懸命に戦うとこは見てて憧れるぞ」
「憧れる?」
「そう、憧れ」
「憧れか……俺は今好きなように活動して、目黒は俺みたいなやつに憧れているのか。どうなんだろうな、それって」
「憧れて悪いか? 俺は自由に生きるのは割と無理そうだけど、その自由な人生に価値がないわけではないだろう? やっぱ、自由には生きたいよ」
「そうか……自由か。そういえば、俺は目黒にこんなことを言った記憶があるな。俺は今、愛されているから成立していると。だけど、俺は今誰からも愛されていない。自由なんて誰からも愛されない道だよ」
「そうかもな……」

 目黒は愛なんて言葉に感情を揺さぶられる人間ではないのだが、近ごろの舞鹿の言動を見ているとほんの少しだが気持ちが揺れてしまう。

 自由を望んでいるが、舞鹿の愛を受け入れて束縛されるのもありだ。

(どうせ会社に所属していたら自由なんて不可能だ。舞鹿の庇護を受けるのもありかもしれない。乖離光は愛されていたからこうやって成立している。でも一人になったら誰からも愛されないのか)
(悩ましいな、今後自分がどうやって生きるのか)
「それじゃあ、そろそろお暇するよ。他にやることもあるんで」
「そうか。またな、また戦おうな」
「おうよ」

 目黒は会議室から出る。

 ほんの少しの脱力感と、これから試合が控えていることへの期待、そしてこれから自分がどうやって人と関わっていくのかという悩みとが目黒の中に渦巻いていた。

 目黒は人間の手に負えない獣だ。

 人間の倫理観や道徳、善悪、そういったものを理解しない獣のような人間。

 それはそれで自由に生きていて美しいのだが、それゆえに苦しんでいる。

 ひょっとしたら、黒は人間になろうとしているのだろうか?

(乖離光と決着をつけたら、その時は舞鹿の愛を受け入れるか。どうせ、そうしないと長く生きられないんだ。どうせ自由に遊ぶ子供のままじゃいられないんだっから)
(くそっ、無邪気なままでいたかった)

 目黒は少し落ち着いてそれから自分のデスクに戻った。

 今日の広報作業を丁寧に済ませて舞鹿にチェックをもらいに行こうとする。

「目黒さん、今回の広告、なんか大人しいですね。無難ですし、見てくれる人が安心しますよ。どうしちゃったんですか?」
「そうですね、そろそろ大人になろうかと思いまして」
「……そう……目黒さんもそんな心境になるんですね」
「自分は大人のつもりですよ。ただ、舞鹿を見てるとね、あと乖離光を見ているとね、本当の意味で大人になってもいいんじゃないかと思えてきた。いえ、自分の責任で自分の人生を生きているつもりなのですでに大人なのですが」
「大人……ですか」
「そう、大人。戦うだけの子供から、自分自身を大切にする大人になるんです。変ですか?」
「変ですよ。目黒さんの口からそんな言葉を聞くなんて」
「やっぱり変なんですね」
「変ですよ。これから先も目黒さんは戦って生きるのかと思っていました」
「まあ、戦いは続けますよ。ネット環境があればライフスパイトオンラインは続けられるんですから。でも、今みたいにがむしゃらに戦うのはやめます。ちゃんと命を大切にして、命に感謝して、自分の人生に誇りを持って生きます」
「それ、本当に言っているんですか? あれほど命が嫌いだったあなたが……」
「今は答えないでおきます」
「いつになったら言ってくれますか?」
「いつかです」
「そのいつかまで、私はあなたを見ていていい、そういうことですか?」
「自分は好きなように生きるつもりです。舞鹿さんも好きなようにしてください」
「今の世の中で自分の好きなように生きるのは辛いですよ。軟弱な私があえて辛い道を選ぶと思いますか?」
「ええ」
(そうだよ、偽りの希望なんて全部捨ててしまえ。こうやって生きるしかないんだって絶望してしまえ。その先にほんの一握り希望があるんだからな)
「舞鹿さんは、自分が嫌々生きていると思ったことはないですか?」
「ありますよ。でもそれを認めないことには何も始まりませんから。私は嫌々生きています。今言えるのは、それだけ」
「そうか」
「私は私の心の内をあなたに言いました。目黒さんも心の内を私に教えてくれませんか?」
「今言えるのはそれだけって言わなかったか?」
「あれは取り消しで。言葉のあやですよ。それで、目黒さんは何が楽しくて生きているんです? それを教えてくれれば、私はあなたに寄り添えます」
「……」
「俺は働く、金を稼ぐ、命のコストを支払う、それだけです」
 その時、ほんのわずかに舞鹿の声が曇ったのが目黒に分かった。
「ええ、それで?」
「無理に合わせようとするなよ。本当のことが言いにくいだろう」
「いいえ、続けてください」
「金を稼ぐ、生きるコストを払う、それだけです」
 舞鹿は何も言わない。
「本当にそれだけなんですよ。それ以上のものはないんです。本当です」
 舞鹿は涙をこらえるのに必死で何も言えない。
「泣かないでくれ。ありのままの自分で人を傷つけてたんじゃどうすることもできない」

 違うぞ目黒、お前が今までそれを隠していたから舞鹿は泣こうとしているんだ。

 目黒は性格が荒れているけどいいやつだよ、でも優しさで人を傷つけることもあるんだよ。

 いつのことなのかは目黒も思い出せないが、ある日、膨大な精神的エネルギーを費やして、絶望してでもなんとか生きていこうと決断した。

 生きることに何の望みがなくても、稼いで飯を食うという苦境に身を置くことになるとしても、それでも死ぬまでは生きていこうと決心した。

 それがゆえに、今こうして大切な人を泣かせている。

「いいえ、目黒さん。別にあなたが可哀そうだから泣いているんじゃありません。私はあなたと苦しみを分かち合って、悲しみを分かちあって泣いているんです。あなたの心の苦しみを少しでも和らげようと思って」
「そういうのを泣かせるっていうんですよ。男にとっては恥の中の恥です」
「いいえ、そんなことはありません。目黒さん以外の前では泣きませんから、私」
「そうか」

 涙の重み、涙という信頼している人にしか見せない自分自身の弱み。

 舞鹿にとってそれを晒せるのは目黒だけ。

(それがどんな重みがあるのか俺には分からない)

 そりゃそうだな。

 戦うしか脳のない生き物が人の心なんて理解するわけがない。

 でも、乖離光が目黒に人の心を与えたのかもしれない。

 誰かをライバル視することは人間にしか起こりえない心境だ。

 乖離光の存在が戦うしか脳のなかった目黒をわずかながら人間に近づけてしまった。

 それゆえに目黒は舞鹿を受け入れているし、自分自身のことも少し考えなおせるようになっている。

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登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

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