爆破、建設、戦闘

文字数 3,524文字

 戦う約束をした目黒と乖離光がネットワーク上のどこかで相対した。
「平和か。なんて退屈な響きなんだろうな。俺は知ってるよ、そんなもの実現しないってこと。人間の望みは自分の生きたいように生きること、それだけじゃないか。それを否定したら確かに世界は平和になっていくだろうな。生きたいように生きられず全てを我慢してそれでも細々と生きていく、それが平和。だけどそれは退屈だ。戦いに勝たないで生きようとするのが論外なんだ。そうだろう? 人間はいつだって争ってきた。争いはいつの時代も変わることはない。思想やイデオロギーのはるか以前に争いがある。それが人間の姿だ。人間は今まで争い続け、そしてこれからも争い続ける。その現実を見ないで平和を唱えること……俺から言わせてもらえば平和なんてイデオロギーいかれている。確かにそうやって戦っていった先、争っていった先に消耗して疲弊して破滅が待っているのは確かだ、それは認める。人間の欲望や執念、憎悪が世界を覆いつくしていずれ人間の存在を喰っていくのは分かる。だけど人間同士お互いに喰いあっていくのが必然じゃないか。さっき言っただろ、人間の望みは自分の生きたいように生きることだって。自分の生きたいように生きたら誰かを喰っていくことを避けられないじゃないか。争わないこと、平穏なんて大嘘なんだ。人間は競い奪い獲得し支配する、それを繰り返して今がある。勝って生き残るか負けて滅びていくか、その2つしかない。俺はどちらに分類されたいのかと考えれば、まあ、考えるまでもないな。勝って生き残るほうを選ぶ。どうだ、それがお前の結論だろう、目黒」
「……いいや、俺はそうは思わない」
「へえ! 考えを改めたのか。そいつはすげーや。で、どう考えるようになったの? 俺とは違う存在の意見をぜひとも聴きたいなあ!」
「争っていった先に人は滅びるとお前は言ったね」
「ああ、言ったよ。それを認めてもなお俺は争うことをやめない。お前も争うことをやめない。何故か? 目黒、お前は争うのが好きだからだ。お前の生きたいように生きることは争うこと、戦うこと、相手に勝つこと、それだけだからな。お前はそうやってしか生きられないんだ。俺はお前の意識をトレースしてるからな。目黒がそういう存在だっていうのは痛いほどわかる。戦っているときが一番楽しくて一番生き生きしてる。平和な世界が恐ろしいか? 恐ろしいだろう。自分だけを信じて生きられない世界、お互いに助け合って和を保つ世界なんてお前は大嫌いだろう。自分だけを信じてルールを破壊して自分の力だけで生きる世界をお前は求めているんだろう。争って争って世界を破壊したいだろう。わかる、わかるぞ、お前の望み、希望、欲していること、すべてわかるぞ。だって、俺がそれを望んでいるんだからな!」
「俺はそうは思わない」
「考えが変わったのか? 聞こうか。興味深い」
「俺には戦うことが人間の可能性だと、そう確信しているよ」
「ふっ……そっかそっか。じゃあ、これ以上は語り合う必要ないな。俺が求めてるのは戦い、お前が求めているものも戦い。シンプルでわかりやすい。それじゃあ、やろうか」

 ブラックアイは、目黒は自分自身の装備を確認する。

 フィールドはいつものビル群、障害物あり、狙撃し放題、正面から突っ込んでもよし、裏をかいて暗殺してもよし、そういう状況だった。

 その環境下でブラックアイはグロック17一つ、弾10発を持ってその場にいた。

 サブの武器に一撃必殺のナイフを持っているが、相手をしとめるにはこれを使うしかない。

 乖離光は……同じくハンドガンに弾10発、ナイフを持った装備だった。

 これはかつての世界で目黒が最も好んでいた戦い方だ。

 コストが軽く動きやすく、それを突き詰めた先にこの装備がある。

 乖離光とブラックアイはお互いの距離10メートルをとって陣取っている。

 間に障害物はないが、長距離攻撃が心もとないのではあっても同じだ。

「ほう……撃ってこないのか?」
「撃つかよ。撃ってもダメージはいらないし」
「じゃあ、先手必勝としゃれこもうかね」

 乖離光はその足でブラックアイと距離を詰める。

 動きはほぼ剣道をやる時のすり足、慎重に近づいてくるが、その動きに一切の隙がない。

 反撃をしようにも、カウンターをやろうにも付け入る箇所がない。

 同じく、ブラックアイも間合いを詰め始めた。

「へえ! 近づいてくるんだ。ナイフで戦う相手に……相手が一番火力出しやすいところに近づいてくるんだwww」
「近づかないとこっちも攻撃できないからね。仕方ないね」

 人間の腕の長さは人それぞれだが、乖離光の腕の長さは70センチほど。

 そこにナイフの長さ20センチが入ってほぼ90センチ。

 その20センチの間に入っていなければナイフに切り裂かれる心配はない。

(一気に近づいて刺すか……それとも切り裂くか)

 目黒はブラックアイの出方をうかがう。

 少しずつ、少しずつ距離は縮まってゆく。

 恐らくあと3秒以内にはお互いの間合いは詰まり切る。

 お互いに一歩踏み込めば相手を攻撃できる状態になるのだ。

 当たれば必死の一撃をお互いに抱えての接近戦。

 目黒は緊張感の中でこそ冷静だが、それでも判断力がギリギリのところで戦っている。

 歩数にして半歩、残り半歩というところで乖離光は動いた。

「ちぃっ」

 今までゆっくりだった歩みをいきなり早くしたのだ。

 当然距離が一気に縮まることは想定の範囲内だが、乖離光の動きは早すぎる。

 だがその素早い突進こそ命とりだった。

 目黒は乖離光が突進してくる一直線のナイフの突きを見切り、ナイフを持っていない腕で乖離光のナイフを避け、乖離光がナイフを持っている腕を払いのけた。

 そうすれば目の前には乖離光のボディ、そして目黒には有効打になりえる位置に持ったナイフ。

 目黒はためらわず距離が縮まり切った乖離光にナイフを向けた。

「かはっ……」
「決着ついたね」

 時間にしてわずか10秒足らずの出来事だったが、目黒と乖離光の決着はついた。

 乖離光はその場に倒れるかと思ったが、倒れる寸前、地面に倒れ伏す寸前ブラックアイに抱きかかえられた。

「以前、戦うのをやめようと思ってアカウントを消した……だけど次の日にはアカウントを復活させていた。やめたくてもやめられなかった。その日、自分の中の才能に気が付いた。自分はただの争う天才だと気が付いた。確かそうだったよな目黒は」
「そうだね。戦うなんて生きるのに邪魔だもん。人生にマイナスの影響を与えまくる負の存在、やめられるならとっくにやめてるね」
「割とそんなもんだよな。でも、俺はこれでいいよ。自分の望むように生きられた」
「いいじゃないか。うらやましいよ。自分に素直であることって凄いことじゃないか。並大抵のことじゃできない。お前は凄いよ」

「そう言ってもらえると嬉しいぜ。俺は今まで自分のためだけに生きてきた。そしてここで倒された。だけど、お前は、目黒はどうだろうな? これからもお前は生き残るんだから、生きなくちゃいけない。それがどれだけ自分を苦しめることであってもな」

「ふーん、お前、ここで倒されてデーター消されて消え失せるのがシナリオなわけ?」
「俺を殺さないの?」
「何言ってるんだよ。お前をけす……殺すわけないだろ。楽しい対戦相手をどうして殺さなくちゃいけない? 俺が欲しているのは永遠に争うこと、お前を消しちゃったらその機会を一つ失うことになるんだよ。殺すわけないじゃん」
「あっ、そっ。これは命拾いしたなあ。まあ、人間なんて人生で何度か命拾いするくらいがちょうどいいかな。そのほうが愛されるからな」

「今よりも強くなって、次は俺に勝って見せろよ」

「いやだよ。お前の戦い方ワンパターンだし、戦ってて面白くないんだよ。お前こそ強くなれっての」
「へいへい、わかったよ」

 目黒は乖離光を殺さなかった。

 それが会社にとってどんな不利益をもたらすのか、あるいは目黒自身が生きる上でどんな不利益をもたらすのかわからないのにだ。

 不利益……黒にとっては争いがない世界が終わり、争わないことが終わり。

 そうか、黒にとってはこれが最善の道なのか。

 筆者が口を出すことじゃないな。

「それじゃあ、俺は帰るから」
「帰るってどこに? 家? 会社? それとも故郷?」
 乖離光がどういう意図でそれを言っているのか?
「いや、しばらくはお休み。さすがに疲れたよ。今まで稼いだ金で南半球の世界遺産でも見てくる」
「いいねえ、それ」
「それじゃあ、またな」
「ああ、また」
 そう言ってブラックアイはネットからログアウトする。
「生き残ってくれよ……お互いにな……」
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登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

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