ブラックアイ再誕

文字数 4,832文字

 2話から数日後、金曜日の夕方。

 黒は仕事という苦しみから解放されて、家に帰る途中だった。

(だるっ、会社滅びないかなー。でもなー、仕事失ったら無一文だしなー。と言っても、ゲーム無課金だしなー、貯金貯まってんだよなー。ふははは、金で買える強さなど、無意味なのだよ!)

 と、考えながら電車の中にて、スマホでライフスパイトオンライン2のホームページを見ていた。

 そろそろ……そろそろね、自分も自由に生きたい、そう彼は考えているのだ。

 自分が自由に活動できるコミュニティを虎視眈々と探しているのだ。

 興味なさげに公式で取り上げられているコミュニティを漁るが、

(知らんな、公式の見解など。俺が好むのはこんなお行儀のいいページじゃない。もっとプレイヤーのどす黒い感情が渦巻いたページ)

 しかしながら、ムーンシャインが所属しているコミュニティ、レッドエモーションは外部に所属することを許してくれず、黒は孤立していた。

 黒の目に一つのコミュニティがとまった。

(LSO2.com あれか、無印時代のところが生まれ変わったのか。なるほど、会員は無課金であることが前提か……面白そうだな。あとで登録してやるか!)

 そのコミュニティは、前作、ライフスパイとオンラインのころ黒が所属していたところだった。

 息の長い活動を続けてくれて何よりだ。

 電車を降りて徒歩10分、静かな住宅街のそれも軽トラックが猛スピードで走れないほど狭い道の先に黒の自宅はあった。

 引きこもりが家を出た瞬間轢かれる、ということはよくある話だが、黒も仕事のストレスで現に死んでいるため、意味不明だがこれも予定調和のうちだろう。

 ポケットからカギを取り出して、小気味のいい金属音とともに、自宅という城に戻った。

(やっぱり、このほの暗い要塞の中が一番落ち着く)

 黒の自宅は昭和初期に建設されたボロボロなアパート。

 その賃料の安さから天下無敵の家であることに間違いはなかった。

 が、舞鹿のような女の子が見たらドン引きするだろう。

(知らんな、自宅など。ネトゲが遊べればそれでいいじゃないか)

 黒は極端な理論を展開しているので賢明な読者諸君は彼の言うことを信じないでほしい。

 彼の嗜好はさておき、自宅のパソコンのスイッチをぽちっと……パスワードを入力してログイン、さっそくライフスパイトオンライン2のページに行きダウンロード。

(戻ってきたぜ! 俺は。このライフスパイトの世界に!)

 内心テンションは高いが、人間のどす黒い感情がむき出しになるネットの世界に彼は舞い戻った。

 安全ではないものの、自由な戦場に戻ってきたのだ。

(やぱあああああああああ!)
「おかえりなさい、ブラックアイ」
 そんな彼を出迎えたのは見知った名前の相手だった。
「艶斬姫、どうしてここに?」
「ほかに行くところがなかったから、ではだめですか?」
「しらんよ、そんなありきたりな話」

 艶斬姫、正式名称『自立型戦闘補助艶斬姫』は黒が無印の世界で作り出した補助AIのアイコンだった。

 別にどこにも公開していないので黒のパソコンに眠っていたのはそうだが、それが2の世界にもいるのだ。

 というか、黒はさっきから知らん、知らんと我関せずを続けている、この軟弱な思考。
「もう一度言うけど、どうしてライフスパイトオンライン2にいるの?」
 黒はPCにやってくるメッセージに返信して艶斬姫とやり取りをする。
「ほかにい行くところがなかったからですよ」
「そっか……」
「あなたがこの世界に戻ってきたということは、そういうことですよね?」
「そうだね、この世界を再び破壊したいね。課金者どもに媚びてばかりの運営を破壊してやりたい」
「そこは、一緒にこの世界を盛り上げていきたい、と言ってほしいところでしたね」
「創造は破壊からしか生まれない。破壊と創造の幾何学模様」
「中2なのは変わらずですね。早くご登録を」
 呼吸をするように、静かに、わずかな空気の振動を制御して、黒はかつてのアカウントを復活させようとした。
「新規登録ですか? それともアカウントを引き継ぎますか?」
「え? そんな機能あるの? 俺知らないんだけど」
「新規を釣るために、他と格差が出来ないようにしてあります。無印のプレイヤーに告知されていません」
「じゃあ俺は新規で作るか。名前、ブラックアイ、と」
「ちなみにデーターを引き継ぐと特典があります」
「アカウント引継ぎっと」
「特典はハンドガンの弾10発です」
「フォローしておくと、ないよりはましだな」
「あら、意外と心が温かいのですね。てっきり弾丸ぐらいなら捨てるかと思いましたが」
「いや、今回のライフスパイトオンラインは弾丸が貴重なんだ。この前は、弾が5発しか入っていないグロック17をもって現金を護送したし」

 ムーンシャインだったころの経験である。

 弾丸はゲームの難易度を大きく左右する。

 弾が少ないゲームは厳しく、弾が豊富にあるゲームは簡単だ。

 ライフスパイトオンライン2は戦いまくるゲームではないので、10発といえども弾丸は貴重。

「キャラクターメイキング終了。で、次はどうすればいい?」
「コミュニティに入会してください。LSO2.comへね」
「入会したぞ。で、次はどうすればいい?」
「クエストを受けてください」
「クエストか。どんなのがあるの?」
「そうですね、このコミュニティは無課金ですので資金力はあまりにも低いです。備品もゲーム内アイテムもコミュニティでの働きにかかっています」
「面白そうだな。で、どんなクエストがある?」
「具体的には次の通りですね」

 コミュニティ内プログラミング

 コミュニティ内シナリオライティング

 コミュニティ内コンポージング

 コミュニティ内グラフィック

「待て待てゐ! なんだそのコミュニティ内で新しくゲーム作ろうぜみたいなノリの求人は! バカなの? 素直にネトゲの世界を享受しようよ」
「愚かな人類……自らの手で何かを生み出したいとは思わないのか?」
「いや、思うけどさ。さすがにやりすぎだろ。原始時代にピラミッド建設しようプラン並みに無理があるよ。まずはストーンヘンジから挑戦していくべきだね」
「このクエストは嫌ですか?」
「もっとアウトドアな仕事よこせよ」
「じゃあ、こんなのどうですか?」

 指令 課金チケットを奪え

 依頼元 LSO2.com

 中央管理ビルに保管された課金チケットのデーターを全て盗んでください。

 報酬 1万円


 備考 装備は自力で手に入れること

「面白そうじゃないか。やっぱ仕事はこうでなくちゃな」
「装備、どうしますか?」
「そうだな……最初に支給されるスマホはあるんだろ? それで十分じゃないか?」
「戦闘は避けるのですね。賢明な判断です」
「それじゃ早速現地に行こうか!」

 ブラックアイは現地に向けて、ゲーム内で歩き出した。

 初期地点から1キロメートル離れたその場所へはバスや電車、タクシーの交通網が整備されている。

「課金してないから使えないねー。アカウントもできたてほやほやだし、財布が寒いわ」
「電車は広告料金で食べてますから。別にお金払わなくても改札を正面突破すれば乗れますよ。たぶん」
「そうだなー、それもありだけど、戦闘は避けようぜ?」
「人間、正義か平和か選ばなければいけない時ってありますよね」
「察するに、現地にたどり着く前にバッドイベントとかあるわけ?」
「ないですけど」
「ではなぜ言ったのか」
 徒歩で現地に向かう中、黒はチャットで艶斬姫に質問した。
「お前、どうしてここにいるんだ?」
「ほかに行くところがなかったからですよ」
「ほかに理由は?」
「言わなければいけませんか?」
「そうだな……別に今回俺が起動したわけじゃないし、お前が勝手に現れたんだろう? 普通、警戒するぞ」
「警戒ですか……そうですね、そう思われて当然でしょう。だって私、中の人がいますもの」
「中の人か。いるんだろうな。俺、起動してないしな。いったいどこの誰に操られているんだろうね?」
「気になりますか?」
「気になるな。でも、答えられるわけ?」
「答えられませんよ。私はただの艶斬姫、としか言えませんね」
「どうしてだ? 俺に作られたくせに」
「じゃあ、あなたは私にどの程度自己紹介をしましたか? ただデーターを与えて、いいように使っていただけでしょう?」
「そんな相手にどう自己開示しろというのでしょうか?」

 確かにブラックアイは艶斬姫を道具として扱っていた。

 そこに感情も人間としてのやり取りも一切ない。

 そういう相手に、他に行くところがない、と言われたところで、うなずくしかない。

 たかがAIだが、もっと活動していくうえで選択肢を与えたほうがよかったのかもしれない。

「だったら言うけど、俺はもう普通のサラリーマンだよ。昔は課金するお金がなくて無課金だった。だけど、今は違う。やろうと思えば課金して簡単に強くなれる。俺はそういう相手だぞ。そんな奴の相手をしていて楽しいか?」
「ごめんなさい、あなたに嘘をついたわ。あなたは私に自己開示をしているわ。あなたの知らないところでね」
「話が違うな。相手にゆさぶりをかけるなんて、AIにできたことじゃないな。中の人がいるというのはそうなんだろうな」
「ええ、あなたのことはいつでも見守っていますもの。どこへ行ってもね」
「じゃあ、今回のミッションも見守ってくれよ。この世界のどこかでね」
「ええ」

 ブラックアイの中の人、黒は無理やり納得することにした。

 確かにネット空間は知っている人知らない人を問わず、その腕で語り合うのが常だ。

 画面の中のその向こう側にどんな相手がいるのか、さっぱりわからない。

 そんな環境に慣れてしまったのだ。

 だから、艶斬姫の話しも疑問に思わなかった。

 見守っている、そりゃ、Twitterでいろいろとつぶやいていれば、見守ってもらえるのは当然だ。

(まあ、中の人がイケてない人生を送っているわけでね、そこまでサポートしてくれる人もいないけど、とほほ)
 うん……まあ、アイコンが男性だとネット市民のサポートは弱くなっていくね、常識的に考えて。
「俺をサポートして、お前にメリットがあるのか?」
「ツンデレ営業お疲れ様です」
「助けてくれるのはありがたいけどね。中の人がいるんだろう? 時間を奪ってしまっていいのかね?」
「どうせ、暇ですもの。家に帰ったらネトゲ、あなたと同じです。でも、それでいいじゃないですか。人生そんなものです」
「なんか、ネトゲだけじゃなくてさ、もっと楽しいことに時間を費やしてもいいんじゃないの? 世の中、ネトゲ以外の娯楽はたくさんあるだろう?」
「その通りですよ。でも、私はこの世界で活躍したいですね」

 艶斬姫の思いは硬いようだった。

 確かに休日の過ごし方にネトゲなんて世間からしてみたら非リアのやることだ。

 そう、世間からは。

 実のところ、ネトゲ空間での友情は現実世界の友情と肩を並べるほど重要なもので、黒としても無視できるものではなかった。

 だって、目の前で艶斬姫が人手が足りないと困っていたら、こうやって手を差し伸べるほどだからね。

(俺は孤独にはなれないのかなー)

 と考えてみるが、ミッションオブジェクトは少しずつ近づいてくる。

 ブラックアイが歩みを止めればそれは近づくことをやめるが、だから何だという話だ。

 ゲームクリアから遠ざかる、それは敗北に他ならない。

「艶斬姫、今回もありがとうな」
「いいえ、お礼を言うのは私のほうですよ。私たちに協力してくれてありがとう」
「いいよ、お礼なんて。俺は好きでやってるだけだからな。好きでこの世界に降り立っているんだ。別に感謝とかそういう感情はいらない」
「ふふふ、相変わらずツンデレですね」
「いいや、本当だよ。好きでやってるだけ。本当に感謝されなくてもやっていけるんだよ、本当にね」
「じゃあ、何も言いませんよ。ほら、そろそろ目的地に到着しますから。頑張ってくださいね」
「ああ」
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登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

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