ブラックアイ再誕
文字数 4,832文字
2話から数日後、金曜日の夕方。
黒は仕事という苦しみから解放されて、家に帰る途中だった。
と、考えながら電車の中にて、スマホでライフスパイトオンライン2のホームページを見ていた。
そろそろ……そろそろね、自分も自由に生きたい、そう彼は考えているのだ。
自分が自由に活動できるコミュニティを虎視眈々と探しているのだ。
興味なさげに公式で取り上げられているコミュニティを漁るが、
しかしながら、ムーンシャインが所属しているコミュニティ、レッドエモーションは外部に所属することを許してくれず、黒は孤立していた。
黒の目に一つのコミュニティがとまった。
そのコミュニティは、前作、ライフスパイとオンラインのころ黒が所属していたところだった。
息の長い活動を続けてくれて何よりだ。
電車を降りて徒歩10分、静かな住宅街のそれも軽トラックが猛スピードで走れないほど狭い道の先に黒の自宅はあった。
引きこもりが家を出た瞬間轢かれる、ということはよくある話だが、黒も仕事のストレスで現に死んでいるため、意味不明だがこれも予定調和のうちだろう。
ポケットからカギを取り出して、小気味のいい金属音とともに、自宅という城に戻った。
黒の自宅は昭和初期に建設されたボロボロなアパート。
その賃料の安さから天下無敵の家であることに間違いはなかった。
が、舞鹿のような女の子が見たらドン引きするだろう。
黒は極端な理論を展開しているので賢明な読者諸君は彼の言うことを信じないでほしい。
彼の嗜好はさておき、自宅のパソコンのスイッチをぽちっと……パスワードを入力してログイン、さっそくライフスパイトオンライン2のページに行きダウンロード。
内心テンションは高いが、人間のどす黒い感情がむき出しになるネットの世界に彼は舞い戻った。
安全ではないものの、自由な戦場に戻ってきたのだ。
艶斬姫、正式名称『自立型戦闘補助艶斬姫』は黒が無印の世界で作り出した補助AIのアイコンだった。
別にどこにも公開していないので黒のパソコンに眠っていたのはそうだが、それが2の世界にもいるのだ。
ムーンシャインだったころの経験である。
弾丸はゲームの難易度を大きく左右する。
弾が少ないゲームは厳しく、弾が豊富にあるゲームは簡単だ。
ライフスパイトオンライン2は戦いまくるゲームではないので、10発といえども弾丸は貴重。
コミュニティ内プログラミング
コミュニティ内シナリオライティング
コミュニティ内コンポージング
コミュニティ内グラフィック
指令 課金チケットを奪え
依頼元 LSO2.com
中央管理ビルに保管された課金チケットのデーターを全て盗んでください。
報酬 1万円
備考 装備は自力で手に入れること
ブラックアイは現地に向けて、ゲーム内で歩き出した。
初期地点から1キロメートル離れたその場所へはバスや電車、タクシーの交通網が整備されている。
確かにブラックアイは艶斬姫を道具として扱っていた。
そこに感情も人間としてのやり取りも一切ない。
そういう相手に、他に行くところがない、と言われたところで、うなずくしかない。
たかがAIだが、もっと活動していくうえで選択肢を与えたほうがよかったのかもしれない。
ブラックアイの中の人、黒は無理やり納得することにした。
確かにネット空間は知っている人知らない人を問わず、その腕で語り合うのが常だ。
画面の中のその向こう側にどんな相手がいるのか、さっぱりわからない。
そんな環境に慣れてしまったのだ。
だから、艶斬姫の話しも疑問に思わなかった。
見守っている、そりゃ、Twitterでいろいろとつぶやいていれば、見守ってもらえるのは当然だ。
艶斬姫の思いは硬いようだった。
確かに休日の過ごし方にネトゲなんて世間からしてみたら非リアのやることだ。
そう、世間からは。
実のところ、ネトゲ空間での友情は現実世界の友情と肩を並べるほど重要なもので、黒としても無視できるものではなかった。
だって、目の前で艶斬姫が人手が足りないと困っていたら、こうやって手を差し伸べるほどだからね。
と考えてみるが、ミッションオブジェクトは少しずつ近づいてくる。
ブラックアイが歩みを止めればそれは近づくことをやめるが、だから何だという話だ。
ゲームクリアから遠ざかる、それは敗北に他ならない。