侵略

文字数 4,814文字

 黒はその日もレッドエモーションに出社する。
(今日も仕事かー。だりーな)

 仕事なんて世間のためにやるもの。

 自分へのリターンは間接的にしかやってこない、だるいと思うが正常な反応。

 そんなある種の病み感情を抱えて黒はデスクにつく。

 今日は舞鹿は出社しておらず、実況は行われないだろう。

 黒は本日、自由に仕事を進められるのだ。

(とは言っても、青枝さんがいなければ俺の仕事は進まないわけだが)
 出社しておいてなんだが一日の間、暇になってしまった。
(仕方ない。自分から仕事を取りに行くか)

 黒は舞鹿を担当しているもっと偉い人に連絡をとる。

 管理者のデスクに行って、現状自分が暇なことを伝えたのだ。

 ところが、上司は黒に何も指示はしなかった。

(くそっ、今日は一日すきにしてろってか。仕事しに来たのに、拍子抜けだな)
 黒は一周回って自分のデスクについた。
(とりあえず、ゲームで遊ぼうかね。ムーンシャインのデーターも更新しなくちゃいけないし、軽くね)

 ムーンシャインのデーターを走らせる。

 黒の自宅のパソコンと違ってムーンシャインは瞬く間にそのパソコンに読み込まれる。

(じゃあ、軽く暴れまわるとしますかね。どうせこのパソコンじゃブラックアイは使えないんだからな)

 ムーンシャインは掲示板を漁って、目についた依頼を受ける。

 ゲームの内容はそうだが、ゲームの内容を外れるミッションまで受注可能になっており、レッドエモーションで不要になったHDDを引き取ってくれ(5000円)や友達募集(無料)などの意味不明なクエストが目立つが、その中に興味深そうなミッションが投下されていた。

(LSO.com討伐依頼か)
 会社から、無課金の集団を抹殺しろとの求人があった。
(世紀末すぎるな)

 しかしながら、無課金とは言っても遊んでもらえば何かしらの利益は会社にもあるわけで、この依頼はゲーム会社の人間として許するわけにはいかなかった。

 黒は早速、依頼元の連絡先にリアルの電話で問い合わせるのだった。

「もしもし、広報課の目(さっか)です。え? 目黒さん? いや、自分の苗字は目ですよ……は? 会社単位で目黒で登録されてる? うーん、じゃあ目黒でいいんじゃないですかね。さておき、無課金だからって消さないほうがいいですよ。レッドエモーションのお株にもかかわってきますし……」

レッドエモーション

「いやほら、3話で主要キャラ殺せ、みたいな話があるだろう? ライフスパイトオンラインもそういう状況に入ってきてるし、ここは誰かに死んでもらおうと思ってね。なあに、LSO.comにも悪役をやるように金を渡してある。というわけで抹殺して」

「知るかよ。そういう一人死んで全体盛り上げる、みたいな方針絶対嫌だね。断る。そういう発想から新約聖書とかいう意味不明な経典が生み出されてるんでしょ? キリスト死んでから異様に長いっていう」

 レッドエモーション

「えー、そんなー! もう予告編公開するように告知しちゃったよ! いまさら変更できないね。大体、まともな広告案を提出できない広報担当が悪いんでしょ?」

「だったら、俺ががんばって集客できれば、無課金たちを殺さずに済むわけ?」

 レッドエモーション

「そうだよ。というか、別に目黒が責任感じなくていいんじゃないか? 広報の責任は青枝だろう? 青枝のせいにしちゃえよ。そんなことより、今度会社でやるBBQには参加するのか?」

「BBQには参加しますね。でも、青枝さんも自分の身内のようなものなので、責任を押し付けるのは嫌ですね。肉は大好きですが」

 レッドエモーション

「気にするな。青枝にはお前より多くの給料を払っている。ということは、責任を取るのは青枝だ。お前じゃない。お前が気にすることじゃないのさ」

「いろいろありますけど、上司だからって安全策を流していれば人を操れるんですか?」

 黒は少し強い言葉を使った。

 そこには若干の怒りという感情があった。

 内線を握る手に力が入るが、それもほんの少しだけ。

 彼は感情のコントロールがうまい。

 激昂こそしないが、その感情をうまく相手に伝えようとしている。

(とは言っても、偉い人はゲームの宣伝方法なんて知らないか。ここは、いくつか有効な提案を出せば行けると思うけどな)

 レッドエモーション

「人を操ろうとしているのはそうだ。俺は偉い人だからな。だが、そこまで言うんだったら話を聞こうか?」

「自分がムーンシャインのアカウントを使って、初心者でも参加しやすいイベントを開催します。対人戦やお金の絡む依頼は明らかに上級者向けですし、ここは無償で行いましょう」

 レッドエモーション

「面白い。やってみればいいじゃないか。まあ、どのみち集まってくるプレイヤーはどんな企画でも限られてくる。一応、失敗したら減給ということはないから安心しろ」

「それ、労働基準とか気にして言ってる?」

レッドエモーション

「当たり前やん。気にしまくりだよ」

「自分の命を削らないとやる気が出ませんねえ。これが失敗したら減給してくれませんかねえ?」

 レッドエモーション

「お前が広報担当として命を燃やしながら戦ってしまうから、青枝は乗り気ではないだけなんだ。お前だって自分の兵隊が死ぬのは見たくないだろう?」

 と、偉い人は意味深なことを言ってきたが、黒はそんなこと気にしなかった。

 しかしながら、これはかなり重要な話をしていたのだった。

 黒が全力で、死に物狂いでムーンシャインを演じてしまうので、舞鹿も黒の体力に気を配って、あえて仕事の量を減らしているのだ。

 そんなこと知らないで、働かせろ、もっと言ってしまえば戦わせろと叫ぶ黒を舞鹿は心配しているのだ。

 レッドエモーション

「まあ、お前がどうしてもというなら、やらせてやらないこともないけどね」

「じゃあ、やらせてもらいましょうかね」

 レッドエモーション

「じゃあ、目黒さんのほうからLSO.comのリーダーに連絡しておいて。俺忙しいから」

「わかりました。失礼します」
 黒は電話を切った。
(さて、まずはLSO.comの人に挨拶しないとなー)
 黒は回線を開いてムーンシャインのアイコンを使い相手陣営のリーダーに連絡を入れる。
「はろー!」
「はろー、ふぁいんせんきゅー、えんどゆー?」
「アイキャントスピークイングリッシュ、おk?」
「加油」
「冗談はさておき、うれしいお知らせだよ。レッドエモーションから公式にね。君ら、やられやくをやらなくて済むんだってー、よかったねー」
「どういうことですか?」
「犠牲を出してゲームを盛り上げるのがいやでね、俺が。ホワイトノイズには別にやられてもらわなくても済むようになった」
「はあ? ふざけてんの? こっちは今回の企画に生活費がかかってるんだぞ! くたばりやがれ!」

 と、トークノベル越しでも彼女の怒りは伝わってくる内容だった。

 ブラックアイだった時、あれだけ優し方相手が突然きれてくるのは、これも覆面をかぶっている業。

「落ち着けって、確保された予算は君のところに流れるよ、当然ね。しかしながら、やられ役はちょっとねえ……悪役に向いてるのってどっちかと言えば俺じゃね、って思っちゃうわけよ」
「では、あなたを倒せばいいのですか?」
「圧倒的! 圧倒的!! 圧倒的否定!!! というか、とりあえず倒そうとか……攻略wiki見てる? 戦闘避けなきゃ」
「でも、戦闘したほうが楽しいですよね?」
「いや、公には認められていないから、影でドンパチやるのが楽しいんじゃん。能力者同士のバトルが公でフォローされてたら、秘密組織の意味ある?」
「え、運営さん、何を言ってるの?」
「思ったことをだよ。信じてもらえないだろうけどね」
「あなた、運営さんなんですか? それとも中の人がそう思っているから言っているんですか?」
「中の人? 俺のこと? そうだね、そんな感じじゃないか。俺も会社の奴隷になるつもりはないし、できることなら、支配と戦っていたいからね」
「支配に抗いますか。照月は、意外と強欲ですね」
「なに、その照月って?」
「話が脱線しますけど、あなた、いろんなコミュニティからレッドエモーションの駒、照月って呼ばれてますよ」
「じゃ、照月って名前でいいんじゃないかな?」
「こだわりがないですね」
「だって名前だよ? こだわりなんてないよ。お前は自分の名前を自分で選べるわけ?」
「少なくとも、ホワイトノイズの名前は自力で選びましたけどね。でも、本名は選べませんね」
「そんなもんじゃん、人生、選べないことだらけなんだよ。名前、生まれ、国籍、両親、兄弟、姉妹、通う小学校、通う中学校、担任、部活の顧問、そうやって幼少期を過ごして、仕事を始めても上司は選べないし、部下も選べない。仕事は選べないし。そんな世界でいったい何にこだわるんですかね?」
「くそっ、選ぶ自由なんてないのに。私は、ゲームの中では自由でありたい、そう願いますね」
「だったら、やられ役なんてやるなよ。人が自由なのは仮想世界だけだろう? 人の自由を俺は奪いたくないね」
「あなたの態度で、果たして会社の運営を名乗っていいのでしょうかね? そんないい加減な対応で仕事しているといえるのですか?」
「仕事なんて知るかよ。職業というのはね、誰もやりたくないから職業として成立しているんだ。真面目にやっても自滅するだけなんだよ」
「くそっ」
「ごめんな」
「もっと謝ってください」
(くそっ、こっちもむかつくよ。こんなガキをどうして相手にしなくちゃいけないんだ? どうして謝らないといけない?)

 と言いつつも、高度な方法で相手の精神を分析し、それにダイレクトな表現を出したこと。

 それを黒も悪いと思っているが、どういうわけか、相手の憎しみを引き出す言葉を投げかけてしまった。

 それがなぜなのか、それは読者の想像力に任せる。

「あなたは人生の負け組ですね!!」
「言いたいように言え」
「まともに働かないで、それで食べていけるんですから、最高じゃないですか!」
「そうだな」

 と、ここでホワイトノイズからのチャットが途絶えた。

 ホワイトノイズがムーンシャインの心中を察してしまったからだ。

 少しの沈黙の後、ホワイトノイズはこう切り出した。

「あなた、後悔はないんですか? そんな話をして?」
「後悔? 論ずる意味もない。人間、悔いながら生きるのが普通じゃん。後悔はしてるけど、どうしてそんなことをいちいち話すんだ?」
「後悔しないで生きたいですから、私は」
「そんなこと絶対に不可能だね。ある程度後悔をする前提で生きないと、何も決断できない人生になるぞ」
「くそっ」
 ホワイトノイズは毒づくが、ムーンシャインは話を少しずつ始めた。
「さておき、別の案件の話をしようか。そうだな、俺と一緒にレッドエモーションのサーバー上の中枢を攻撃しないか? 課金者優遇で運営への憎しみは募っているし、無課金を釣るには最高の話題だと思うが?」
「あなた……それでもレッドエモーションの社員ですか?」
「うん、だってさ、最近そういうの流行ってるじゃん。運営を破壊するの。ドワンゴの本社ビルも爆破されつくしてるでしょ? それと同じ話じゃないですかねー」
「日本国民でありながら安倍総理の悪口を言ってる気分ですね、今」
「そういう過激な心理をあえて利用しようぜ」
「その話乗りました。で、日程はいつですか?」
「そうだね、これから告知を出すから、一週間後、ホワイトノイズはLSO.comの連中を引き連れて、本社ビルの前に現れてくれよ。俺も協力するから」
「わかりました。それで……くそ運営を破壊するんですね?」
「そうだとも」
「それじゃあ、当日落ちあいましょう」
「ああ」
 黒は回線を切った。
(まあ、会社がくそなんて誰だって思うからな。うまいこと炎上商法に乗れたらいいんだけど)
 この危険な発想、黒の安全管理というステータスは死んでいた。
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登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

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