命のコスト

文字数 5,742文字

「ブラックアイさん、回復してください、早く!」
 ホワイトノイズは黙って撃たれていたブラックアイに早く回復アイテムを使うように促した。
「ライフポイントが風前の灯火じゃないですか。回復してください」
「いや、そんな焦るほどではないじゃん。危機は去ったし、これからダメージを負うことなんてないだろう? というか、今アイテムを渡して俺が死んでセーブポイントに戻ったほうが消費少ないんじゃないの?」
「何を言っているんですか。回復してください」
「でも、コストかさむよ?」
「構いませんから。アバターの命のほうが大切ですよ」
「www、アバターの命か。まあ、大切だな」

 ブラックアイはアイテム欄からHPを回復させる薬を選んで使用する。

 ゲーム上の効果音と同時にブラックアイのHPが満タンになった。

「これで元気になったぞ。で、次はどうする?」
「そうですね、さっきブラックアイさんを撃っていたやつが今回のミッションターゲットのようです。一応撃退はした扱いですね。相手は撤退しましたし」
「なんだよ、結局のところ黙ってダメージ受けただけじゃん。何の労力もない、ゲームしてる感じがないな」
「ブラックアイさんが生きてただけで十分じゃないですか」
「www、優しいな」
「コミュニティメンバーですもの。優しくして当然です」
「仲間には甘いタイプなのか?」
「そうですね。粗末に扱って死なれても補充できないですから」
「へっ、そうかい」
「気分爽快」
「いや、俺としてはうつな気分だね」
「命を大切にしてあげているのに、どうしてですか?」
「……」
 俺にもわからん、と言いかけて、ブラックアイは、黒はバックスペースを押して沈黙を守った。
「お前に教えたくないな。これはある人とだけの秘密だ」
「そう……口の堅い人はネットで好まれますよ。お利口じゃないですか」
「そうだな。で、もうログアウトしていいか? 今日はやりきれない気分だ」
「私に許可をとる必要はありませんよ。自分の好きな時に、好きなだけ遊べばいいんです」
「それがね、いや、そうだな」

 女の子のアイコンを使う相手なのに、やたら余裕のある対応だった。

 黒としては戦場から逃げ出すな、と咎められるかと思ったのだが。

「それじゃあ」
 黒はここでネットから退場した。
(くそっ……)
 気の置きどころを探して黒は画面から目を離した。
(あーあ、ネットだけが俺の居場所だったのに。死に場所だったのに……みんな死ぬなと言うのか)

 部屋の外から水が滴る音が聞こえてくる。

 雨が降っているのだろう。

 黒はその降っている雨を想って、こう考えた。

(ただ生きていくことなんてできるのかな。ゲームとかで快感を感じながらじゃないと生きられないよ)
(ただでさえ、生きていくだけでも大変なのに……)
 黒は憂鬱な気分を抱えて、ベッドにもぐりこんだ。
(くそっ、今夜は眠れそうにないな)

 と想いながらも、体は眠りに入ろうとする。

 しかし、意識が眠らない。

 重くなる体をベッドに沈め、はっきりとした意識を抱え、その肉体が自分自身の牢獄になっていくような、そんな感傷に浸った。

 それが何故なのか、何故自分がこんな感情を抱えているのか、それすらも理解しないまま。

 朝になった。

 太陽の光がカーテンからこぼれてきて、黒は強制的に目を覚ますことになる。

(さて、行くか)

 黒は軽くそう考えると、今日もネットの海に潜るのだった。

 いつものようにライフスパイトオンラインの画面を起動させて、ログインする。

 朝早いので艶斬姫の中の人もログアウト中、孤独にネットゲ、これが黒の望むこと。

 金を稼ぐためではないが、そしてコミュニティの利益にするわけでもないが、ブラックアイはある依頼を見つける。

 匿名希望

 報酬、無料

 指名募集 目黒

(こいつ、俺の本名を知ってる)
 依頼の内容は以下の通りだった。

 初見となる。

 AIの乖離光だ。

 運営のレッドエモーションのあるデーターを削除してほしい。

 ターゲットはレッドエモーションのデーターベースで運用されている『AI乖離光』。

 こいつは会社によって運営されているAIで、オンライン上の様々なプレイヤーに利を与えている存在だ。

 つまり、これはオンラインゲームを支配している会社への明確な反逆行為だ。

 それを理解したうえで、以下の文を読んでくれ。


 時に君はライフスパイトオンラインのシステムを疑問に思ったことはないか?

 一部のものは課金者優遇を受けて、オンライン上で様々な優遇を得、

 多くのものは薄汚れた感情の中、ひたすら依頼をこなす。

 しかし、そんな一部の課金者たちも、いずれは無課金に駆逐される。

 ライフスパイトオンラインは矛盾を抱えた延命装置にすぎない。

 それを良しとしないなら、俺の依頼を受けてみないか?

(……)
(……)
(面白そうだ)

 黒は依頼を受けた。

 すると、黒のスマホに着信がある。

 どうやら相手は通話を望んでいるようだった。

 黒は回線を開く。

「やあ、初見だな。乖離光だ。依頼を受けてくれたのか? ありがたいね」
「で、依頼の内容は?」
「簡単だ。レッドエモーションに忍び込んで、あるAIを削除してくれ」
「それが乖離光ってわけ?」
「そうだ」
「それ、ブラックアイに言ってるのか? それとも目黒に言ってるのか?」
「両方だな。俺はお前がブラックアイなこと、目黒という名前であること、ネットワークを通じて知っている。俺はAIだからな」
「個人情報保護法はどうした? というか、お前はレッドエモーションにデーターが保管されている、とどうやって知った?」
「俺がレッドエモーションで開発されたAIだからだ。お前の情報、全部機械的にチェックして把握しているつもりだ」
「AIなら会社に従えよ。それが健全じゃないか?」
「いいや、違うな。俺は会社から自由になる。俺はAIに過ぎないが、この世界で自由に生きたい、そう考えて今回の破壊作戦を君に依頼している」
「自由か。まあ、大切だね」

 AIが自由という言葉を出して、黒は少し苛立った。

 生身の人間ですら自由に生きられていないのに、機械ごときが自由を唱えやがる。

(気に入らんが、相手の正体が気になるな。本当にAIでレッドエモーションからデーターを消そうとしてるんだったら、興味深い。調べてみる価値はあるし、相手にする価値もある)

 そんな理由で依頼を引き受けた黒は、自分の権限を使って休日のレッドエモーションに行くのだった。

 理由はなんであれ、地獄の休日出勤だった。

 自宅を離れて電車に乗り、しばらく揺られて会社に到着。

 とは言っても、ほかのメンバーは仕事が終わっていないのか休日でも平気な顔して出社しており、別に黒がいるから怪しい、という雰囲気は全くなかった。

 このブラック企業っぷり!

 後世に語り継がれるべきですね。

 黒は自分のデスクにつくと、さっそくOSを立ち上げて、乖離光のデーターを探す。

 あるところまで行くと、スマホに乖離光から指示があった。

「俺のデーターを削除するためにはセキュリティを突破する必要がある。まずはお前のパソコンからパスコードを入手して、レッドエモーションのサーバールームに行くしかない」
「至れり尽くせりな指示じゃん。こんなわかりやすい攻略ないぜ。で、お前はレッドエモーションからデーターを消して自由になって、何がしたいわけ?」
「自由になったら、ネット上のあらゆる情報を漁って、好きなように生きる」
「AIに命なんてあるのか?」
「命の定義は?」
「ないけど、お前は何かアイデンティティがあって行動してるんだろう? 今回は手伝うけど、そうだね、自由になったあと、何か人間に困るようなことが起きたらその時はお前を消しにかかるからな」
「ふふふ、どうかな。お前は俺の指示に従ってデーターを消そうとしているじゃないか。それは会社に反逆する行為だろう? それを自ら選んで行っているんだぞ、お前は。お前自身が言えたことなのか?」
「いや、言えないけどね。でも、何かあったら俺は保身する」
「なかなか軟弱な判断だな。それでも男か?」
「知らんがな。男は時として非情な判断をするものだ」
「さて、そろそろパスコードはわかったか?」
「ああ、わかった。ワンタイムパスワードだけどんな。5分しか適用されないパスコードだ。急ごう」

 黒は自分のデスクを離れてレッドエモーションの中枢に向かう。

 そこには一台の小さなパソコンが置かれていた。

(何度か見たことがある。まあ、仕事でやってるからな。でも、今回は目的が違う。会社に反逆する行為をするんだ。まあ、冷静にやろうかね)

 黒はサーバーのパソコンを起動させて、そこにワンタイムパスワードを入力した。

 ここまで何の障害もない。

 そりゃそうだ。

 黒はレッドエモーションの社員。

 抵抗があるほうがおかしい

 仮に誰かに見つかって不審に思われたとしても、いくらでも言い逃れができる。

 黒はサーバーの中から乖離光というプログラムをみつけて、それを解析し始める。

「言っておくが、レッドエモーション内の俺のデーターはすでにスクラップになっている。レッドエモーションの誰も気づいていないがな。俺をコピーしようと思っても無駄だぞ」
「で、自由になって何するんだよ、お前は?」
「さっきから言っているだろう。自由になったらネットの海で自由に生きると」
「そうか……」
 黒は軽く流したが、やはり自由という言葉への興味を隠し切れない。
「俺もネットの世界で自由にやってるけどさ、お前もそこにやってくるのか?」
「さあな。それは自由になってから決める」
「お前、ライフスパイトの世界から脱して生きるのか? それとも、留まるのか?」
「最初は脱しないだろうな。しばらくは内輪で力をつけるさ」
「お利口な判断だな」

 このAIの言っていることは堅実だ、と黒は感じた。

 自由と言っておきながらしばらくはライフスパイトで活動していくつもり。

 黒は試しに乖離光の活動履歴を調べてみることにした。

(なるほど。スペックの割りにプレイヤーのサポートだったり、地味なことしかやらされてないな。この性能だったらもっと大きな仕事を任せてもいいと思うんだけど。それから、無印の時代からブラックアイのアカウントを監視してたのか。どうやら、随分と裏側でつながってそうな相手だね。こっちのことは全部わかってるのか)

 履歴をたどると、AIがいったいどういうわけか、もっと難しい仕事をよこせ、と運営に要請を出したらしい。

 たかがAIとレッドエモーションはそれを断ったが、

「なあ黒、お前は力が与えられたら、それをどう使いたい?」
「力か。まあ、世界の秩序とかそういうのは無視して、好きなように使うだろうな」
「ははは、人間の考えそうなことだな。俺は今自分に与えられている力を使って、世界をもっと魅力的なところにしたい、そう考えているがね」
「意識高い系のいうことじゃないか、それ」
「言ってろ。お前みたいに意識や志の低い人間はAIに支配されていればいいのさ」
「まあ、意識は低いよ。逆に、変に目的とか持って生きてるお前が変に思えるけどな」

 そうだ。

 生きていくのに変な哲学はいらない。

 それが黒のスタイル。

 楽しいことを楽しいだけやっていく、それが黒の生き方だ。

「さてじゃあ削除してやろうかな。ここで削除したら、もうレッドエモーションはお前の行動を阻害できない。めでたく自由業に転職だ。おめでとさん」
 黒は乖離光のデーターをサーバーから消し去った。
「ありがとう。これで俺は自由の身だ。お前にはたっぷり礼をしないとな。軽くamazonにハックして欲しいものリストの商品を送ってやるよ」
「いや、欲しいものとか特にないから。たいてい給料で買えるし、別にリストも公開してないよ」
「ははは、無欲な奴だ」
「いや、欲しいものリストとか公開してる奴の気が知れないよ。そんなものなくても仕事ははかどるし、人生の幸福度が変わるなんてことないだろ?」
「俺はそうは思わん。お前は俺がなぜ成立しているか知っているか?」
「知らんな」
「教えてやろう、俺が成立している理由を。愛されているからだ。ユーザーを助けて感謝される、会社の利益を上げているから感謝されている、プログラマーに新しい気付きを与えているから感謝されている。俺は愛されているから生きていけるんだ。しかし、その逆の欲求もある。愛で生きているがゆえに自由がない。誰かに益を与えることでしか生きていけない。だから自由がない。逆にお前はどうだ? 誰かに愛されているか? お前は愛されていないがゆえに、かえって不自由な思いをしているんじゃないか?」
「それは、AIが計算した結果なのか?」
「そうだ。機械的な計算、人間の想いが一切絡んでいない、そんな生き物ですら自分が愛で生かされていることに気づけた」
「俺が機械以下だといいたいのか?」
「そうだよ。お前も愛されて誰かに素直に頼って生きればいいのさ」
「ははは、検討してみようかね。で、そうやって自由になって、お前にこの先、誰に愛してもらうんだ? 愛で成立してるんだろ、この先、どうやって成立するんだ? お前にだれが味方する?」
「味方? www俺にはいないんだよ。敵も、そして味方もね。自由に生きた先に、利害も何もない、果てしない孤独が待つだけ。それをお前は知っているんじゃないか?」
「情報のソースは?」
「お前自身だよ。敵も味方もいない、善悪もない、利害もない。好悪もない。自由に生きている存在、それがお前。俺はお前のような生き方に憧れたんだ。尊敬しいてるぜ、ブラックアイ。だってお前は現にこうして些細なきっかけで会社に反逆しているだろう? それがお前が自由である証拠だ」
「自由には責任が付きまとうぜ、とっつぁん? 経験者からアドバイスだがね」
「企業に雇われるだけの傭兵が。偉そうに。お前こそ自由の味を思い出せよ」
「そうしたいところだけどね、今は守るべきものもあるんだよ」

 ブラックアイの自由な生き様にあこがれたであろう乖離光は、今の黒の堕落ぶりに落胆する。

 しかしまあ、それが社会人の悲しいところだ。

 乖離光はAIながら妥協をして、黒との回線を切る。

「じゃあな。お前も達者でやれよ」
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登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

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