命のコスト
文字数 5,742文字
ブラックアイはアイテム欄からHPを回復させる薬を選んで使用する。
ゲーム上の効果音と同時にブラックアイのHPが満タンになった。
女の子のアイコンを使う相手なのに、やたら余裕のある対応だった。
黒としては戦場から逃げ出すな、と咎められるかと思ったのだが。
部屋の外から水が滴る音が聞こえてくる。
雨が降っているのだろう。
黒はその降っている雨を想って、こう考えた。
と想いながらも、体は眠りに入ろうとする。
しかし、意識が眠らない。
重くなる体をベッドに沈め、はっきりとした意識を抱え、その肉体が自分自身の牢獄になっていくような、そんな感傷に浸った。
それが何故なのか、何故自分がこんな感情を抱えているのか、それすらも理解しないまま。
朝になった。
太陽の光がカーテンからこぼれてきて、黒は強制的に目を覚ますことになる。
黒は軽くそう考えると、今日もネットの海に潜るのだった。
いつものようにライフスパイトオンラインの画面を起動させて、ログインする。
朝早いので艶斬姫の中の人もログアウト中、孤独にネットゲ、これが黒の望むこと。
金を稼ぐためではないが、そしてコミュニティの利益にするわけでもないが、ブラックアイはある依頼を見つける。
匿名希望
報酬、無料
指名募集 目黒
初見となる。
AIの乖離光だ。
運営のレッドエモーションのあるデーターを削除してほしい。
ターゲットはレッドエモーションのデーターベースで運用されている『AI乖離光』。
こいつは会社によって運営されているAIで、オンライン上の様々なプレイヤーに利を与えている存在だ。
つまり、これはオンラインゲームを支配している会社への明確な反逆行為だ。
それを理解したうえで、以下の文を読んでくれ。
時に君はライフスパイトオンラインのシステムを疑問に思ったことはないか?
一部のものは課金者優遇を受けて、オンライン上で様々な優遇を得、
多くのものは薄汚れた感情の中、ひたすら依頼をこなす。
しかし、そんな一部の課金者たちも、いずれは無課金に駆逐される。
ライフスパイトオンラインは矛盾を抱えた延命装置にすぎない。
それを良しとしないなら、俺の依頼を受けてみないか?
黒は依頼を受けた。
すると、黒のスマホに着信がある。
どうやら相手は通話を望んでいるようだった。
黒は回線を開く。
AIが自由という言葉を出して、黒は少し苛立った。
生身の人間ですら自由に生きられていないのに、機械ごときが自由を唱えやがる。
そんな理由で依頼を引き受けた黒は、自分の権限を使って休日のレッドエモーションに行くのだった。
理由はなんであれ、地獄の休日出勤だった。
自宅を離れて電車に乗り、しばらく揺られて会社に到着。
とは言っても、ほかのメンバーは仕事が終わっていないのか休日でも平気な顔して出社しており、別に黒がいるから怪しい、という雰囲気は全くなかった。
このブラック企業っぷり!
後世に語り継がれるべきですね。
黒は自分のデスクにつくと、さっそくOSを立ち上げて、乖離光のデーターを探す。
あるところまで行くと、スマホに乖離光から指示があった。
黒は自分のデスクを離れてレッドエモーションの中枢に向かう。
そこには一台の小さなパソコンが置かれていた。
黒はサーバーのパソコンを起動させて、そこにワンタイムパスワードを入力した。
ここまで何の障害もない。
そりゃそうだ。
黒はレッドエモーションの社員。
抵抗があるほうがおかしい
仮に誰かに見つかって不審に思われたとしても、いくらでも言い逃れができる。
黒はサーバーの中から乖離光というプログラムをみつけて、それを解析し始める。
このAIの言っていることは堅実だ、と黒は感じた。
自由と言っておきながらしばらくはライフスパイトで活動していくつもり。
黒は試しに乖離光の活動履歴を調べてみることにした。
履歴をたどると、AIがいったいどういうわけか、もっと難しい仕事をよこせ、と運営に要請を出したらしい。
たかがAIとレッドエモーションはそれを断ったが、
そうだ。
生きていくのに変な哲学はいらない。
それが黒のスタイル。
楽しいことを楽しいだけやっていく、それが黒の生き方だ。
ブラックアイの自由な生き様にあこがれたであろう乖離光は、今の黒の堕落ぶりに落胆する。
しかしまあ、それが社会人の悲しいところだ。
乖離光はAIながら妥協をして、黒との回線を切る。