回想
文字数 5,543文字
1年前、ライフスパイトオンラインというゲームがこのネット空間に発足した。
しかしながら、そのゲームの大会で優勝した人物が無課金だった、ということから誰も課金しなくなり、このゲームは終わる。
それでかつて優勝したのはこの目黒(さっかくろ、みんなからはめぐろと呼ばれている)に他ならない。
チート能力や特殊能力などのスキル一切なしで強くなれるという、ある意味でのチートを使える黒だが、現実世界ではただのサラリーマンにすぎない。
黒は気だるそうに自分のベッドから出る。
春先の甘い香りは黒の部屋には届かない。
部屋に観葉植物を置けば少しは違うかもしれないが、黒にそういう色気は今のところなかった。
というか、前作で無駄に強くなってしまったがために、今作でデモプレイヤーのような案内役のような役回りを押し付けられているのだ。
まあ、仕事にありつけたといえば聞こえはいいが、実のところ体のいい雑用にすぎない。
通勤中の電車、黒は変わらずスマホでソーシャルゲームを遊んでいたが、降りる駅が近づくにつれて、仕事関係のメモに目を通し始める。
いいぞ……できる大人、尊敬しちゃうなあ。
そう思いながら黒は改札をスイカで降り、耳に心地よい電子音と耳障りの悪い雑踏を分けて自分のデスクにつくのだった。
デスク周りはほかの社員との間は壁で仕切られており、完全に個人のスペースとして成立している。
が、ほかの社員の様子も見えないので、黒は隣にいるであろう青枝の様子を知ることもできない。
という構図の中、自分のデスクと、昨日ゲームの中で強盗に入った銀行のデスク、似ている気がする。
黒は恐らく隣にいるであろう舞鹿に聞こえるよう、わざと大きな声でそういった。
案の定デスクの向こう側に舞鹿はいた。
デザイナーが凝っていない、という皮肉のつもりだったが、意外と正論を突き付けられてしまう黒。
残念ながら、芸術を扱う人の机周りがきれいなはずがなく、凝っていけば無限に労力がかかる。
黒の机をパクる、というのは一つの正解だった。
が、パクられて終わり、というのも嫌なので、黒はこれからロボットのフィギュアでも飾って彩を出そうかと一考する。
黒の話を聞いて、青枝が黒のデスクまでやってくる。
なぜ2とは言わなかった?
なんか製作者はもう半分無印の事を黒歴史として葬るどころか、完全に陸続きの世界にし始めている。
という前振りの元、黒は電脳世界に降り立った。
パソコンの電源を入れて、画面キャプチャーを立ち上げる。
当然、舞鹿との通話も記録されていて、デスクというよりは一つスタジオのような雰囲気でもあった。
テストモード
報酬 1万円
内容 護送
詳細 当銀行にて数字の合わない現金が多数存在しています。これを処分する場所に持っていくのが依頼の内容です。
不明な箇所から当銀行が現金を処分することが情報として漏れています。
くれぐれもご注意ください。
ムーンシャインはメニュー画面で装備を整え、回復アイテムやその他のアイテムを持ち、神経を研ぎ澄ませた。
武器は自由に持て、と言われたものの結局拳銃一つで立ち回ることにした。
ハイエンドカラーの中の人は現実世界でスペックfull盛のスマホを使っているので理解できない理論だった。
が、ムーンシャインがそれでいいならそうするしかない。
ムーンシャインは白い清楚な車に乗って一般道を走っていた。
街の銀行から続く道で、交通量は割と多い。
あたりには巨大なビルや公園が並ぶ、市街地と呼ぶに相応しいフィールドだった。
100パーセント平たんな地形に建設された都市ではなく、立体交差やトンネルがカーナビを通して確認できる。
開発者の自己弁護としてはなんだが、こうやって高低差や地形を生み出すことで狙撃しやすいフィールドをあえて作っているのだ。
とは言っても、パソコンの処理に負荷をかけないために、見る人が見ればところどころほつれが存在する。
天衣無縫という言葉はあるが、デジタルの世界は継ぎ接ぎだらけ。
ゲーム内設定の警察権でさえ継ぎ接ぎだらけとは……デバッカーを雇う金がないのか?
しかしながら、ムーンシャインが下した決断は利口だった。
やる気になれば、今護送してる現金を使って警察を買収することも不可能ではないからだ。
つまり、警察は金で動く、ということが分かっているのである。
ということでムーンシャインはオンライン上にあるオーディオショップにやってきた。
仕事でもらった車で、だ。
手ごろな価格のオーディオを入手して、その場でドライブに最適な音楽を勧めてもらって、それをかけながら車を走らせるのだった。
遠回しに、バカと言われてしまったムーンシャイン。
無知の知なる境地が存在することは周知の事実だが、無知の知があるなら周知の事実という言葉も存在しない。
すると、交通違反は一切していないムーンシャインの車の後ろに、パトカーが一台入ってきた。
パトカー
「そこの白の車、止まりなさい」
ムーンシャインはまたお利口に車を道の脇に止める。
そして車から降りて、警察に向き直るのだった。
警察官
「車の積み荷を見せてもらおうか?」
警察官
「はっはっはっ、なにを言っているんだ。男同士じゃないか」
と言われてムーンシャインは車のトランクを開けて見せるのだった。
そこにはインターネットの某所の会員でしか入手することはできない特殊性癖丸出しのコンピューター部品が無数に積まれているのだった。
警察官
「お前……よくこんなものを車で運べるな。いったいどこの畑で育ったんだ?」
そう言って、ムーンシャインはトランクの底、部品の山の奥底の札束を意識するのだった。
実はこの車、ムーンシャインがあらかじめ二重底を仕掛けて、一度積み荷を確認されても平気なようにしているのだ。
犯罪者がよくやる手法なので正義の味方であるみんなは、このやり口をよく覚えておこう。