回想

文字数 5,543文字

 1年前、ライフスパイトオンラインというゲームがこのネット空間に発足した。

 しかしながら、そのゲームの大会で優勝した人物が無課金だった、ということから誰も課金しなくなり、このゲームは終わる。

 それでかつて優勝したのはこの目黒(さっかくろ、みんなからはめぐろと呼ばれている)に他ならない。

 チート能力や特殊能力などのスキル一切なしで強くなれるという、ある意味でのチートを使える黒だが、現実世界ではただのサラリーマンにすぎない。

「今日も仕事かー」

 黒は気だるそうに自分のベッドから出る。

 春先の甘い香りは黒の部屋には届かない。

 部屋に観葉植物を置けば少しは違うかもしれないが、黒にそういう色気は今のところなかった。


(さて……本日はどんな仕事かな?)
 黒は自分のスケジュール帳(スマホ)開き今日の予定を確認した。
(今日は青枝さんの報告待ちか……青枝さんも上とのやり取りで忙しいからな)

 というか、前作で無駄に強くなってしまったがために、今作でデモプレイヤーのような案内役のような役回りを押し付けられているのだ。

 まあ、仕事にありつけたといえば聞こえはいいが、実のところ体のいい雑用にすぎない。

 黒はいつものように身支度を整え、家を出た。

 通勤中の電車、黒は変わらずスマホでソーシャルゲームを遊んでいたが、降りる駅が近づくにつれて、仕事関係のメモに目を通し始める。

 いいぞ……できる大人、尊敬しちゃうなあ。

(この会社がこの発表をして、こっちの会社がこういう発表か。世の中、どんどん変わっていくなあ)
 と、その時青枝さんからラインでメッセージが入った。
「今日、朝一で話したいことがあります。午前に時間が空いていれば少し話しましょう」
 黒はそれに軽くメッセージを返す。

 \  ∧  ∧

   (゚Д゚∩

  ⊂/  ノ

 ̄ ̄ 「 _ |~ ウ  ̄ ̄

   ∪ ヽl  オ

   /  ∪ \

/    :  オ

  /  ∥.  オ \

  /   |:  オ \

 /    .

     |.

「詳しい話は到着してからで。テンション高いですね」
 あと、地の文が『軽く』とはっきり言っているのだから気軽に気合の入った返信をしないでもらいたい。
(さて、話っていったいなんだろうな)

 そう思いながら黒は改札をスイカで降り、耳に心地よい電子音と耳障りの悪い雑踏を分けて自分のデスクにつくのだった。

 デスク周りはほかの社員との間は壁で仕切られており、完全に個人のスペースとして成立している。

 が、ほかの社員の様子も見えないので、黒は隣にいるであろう青枝の様子を知ることもできない。

 という構図の中、自分のデスクと、昨日ゲームの中で強盗に入った銀行のデスク、似ている気がする。

「青枝さん、銀行のデスク、うちのデザインと同じですよね」

 黒は恐らく隣にいるであろう舞鹿に聞こえるよう、わざと大きな声でそういった。

 案の定デスクの向こう側に舞鹿はいた。

「そうですね。そんなものですよ。だって、これが一番安いんですから。銀行もこれを採用したがる、そう思いましてね」

 デザイナーが凝っていない、という皮肉のつもりだったが、意外と正論を突き付けられてしまう黒。

 残念ながら、芸術を扱う人の机周りがきれいなはずがなく、凝っていけば無限に労力がかかる。

 黒の机をパクる、というのは一つの正解だった。

 が、パクられて終わり、というのも嫌なので、黒はこれからロボットのフィギュアでも飾って彩を出そうかと一考する。

 黒の話を聞いて、青枝が黒のデスクまでやってくる。

「目黒さん、で、話なんですけど」
「なんですかね?」
「ライフスパイトオンラインに新しいシステムが追加されることになりました」

 なぜ2とは言わなかった?

 なんか製作者はもう半分無印の事を黒歴史として葬るどころか、完全に陸続きの世界にし始めている。

(しかし、心は痛まないのだよ!)
「で、どんなシステムですか?」
「ありきたりだって言わないでくださいね?」
「ははは、まさか、言いませんよ」
「クエストボード制が導入されました」
「ありきたりですね。上層部は何を考えているんでしょうか? 若干ドン引きですね」
「目黒さん、若干ドン引きという言葉は矛盾していますよ」
 お前の突っ込みどころはそこでいいのか……
「クエストボードは他の企業もやっていますので、うちでもやることになったんです」
「でも他とは少し違うのは、ユーザーがクエストを作り出せる、ということなんですよ」
「それで? そのことを告知するための実況ですか?」
「はい」
「では、準備しましょうか」

 という前振りの元、黒は電脳世界に降り立った。

 パソコンの電源を入れて、画面キャプチャーを立ち上げる。

 当然、舞鹿との通話も記録されていて、デスクというよりは一つスタジオのような雰囲気でもあった。

「入りましたよ。いつでもどうぞ」
「それでは始めようか。まずはクエストボードの前に向かってくれ。この世界では『掲示板』と呼ばれることになっている」
 この、舞鹿からハイエンドカラーになった時の違和感、あの甘ったるい、癒される雰囲気はどこへ行ってしまったのか。
「メタ発言ですけど、キーボードのショートカットキーはどこに設定されていますか?」
「メニュー画面でゲーム内のスマホを開いてくれ。そこに掲示板というアイコンがあるだろう?」
「アナログだな」
「黙ってやれ」
「開いた。仕事を確認した。ワールドエコノミカカンパニーから一通あるな。内容は……」

 テストモード

 報酬 1万円

 内容 護送

 詳細 当銀行にて数字の合わない現金が多数存在しています。これを処分する場所に持っていくのが依頼の内容です。

    不明な箇所から当銀行が現金を処分することが情報として漏れています。

    くれぐれもご注意ください。

 と、ムーンシャインはスマホに表示された文字だけの情報を読み解いて、内容を理解する。
「この、報酬1万円というのは?」
「プレイヤー間の依頼は日本円で料金が支払われるようになっている。それだけのことだ」
「課金コンテンツかー」
「それから、道中で襲われる、と暗に書いてあるのだからな。武器は持っていけよ」
「武器は……課金者向けか? それとも大衆向けか?」
「今回は大衆向けだ。グロック17を護身用に持っていけ」
「渋い銃だな。無課金が好きそうだ」
「あと、分かってるけど質問するよ。どうして戦闘が予想されてるのに拳銃とか低火力装備なの?」
「その辺は好きにしてくれていいぞ。ただ、武器をたくさん持ちすぎると他のアイテムが持てないだろう?」
「武器とその他のアイテムの比率はお前の好きなように決めろ。なんなら、以前手に入れた金で別の装備を購入してもいい」
「なるほど、武器も自由に選んでいいわけだ」

 ムーンシャインはメニュー画面で装備を整え、回復アイテムやその他のアイテムを持ち、神経を研ぎ澄ませた。

 武器は自由に持て、と言われたものの結局拳銃一つで立ち回ることにした。

「そんな装備で大丈夫か?」
「平気だ。重武装は賢い選択じゃない。上級者ほど装備は最低限なんだ。わかるか?」

 ハイエンドカラーの中の人は現実世界でスペックfull盛のスマホを使っているので理解できない理論だった。

 が、ムーンシャインがそれでいいならそうするしかない。

「ハイエンドカラー、オペレーション頼んだ」
「任せておけ」
 黒がミッション開始のアイコンをクリックすると、世界が様変わりした。

 ムーンシャインは白い清楚な車に乗って一般道を走っていた。

 街の銀行から続く道で、交通量は割と多い。

 あたりには巨大なビルや公園が並ぶ、市街地と呼ぶに相応しいフィールドだった。

 100パーセント平たんな地形に建設された都市ではなく、立体交差やトンネルがカーナビを通して確認できる。

 開発者の自己弁護としてはなんだが、こうやって高低差や地形を生み出すことで狙撃しやすいフィールドをあえて作っているのだ。

 とは言っても、パソコンの処理に負荷をかけないために、見る人が見ればところどころほつれが存在する。

 天衣無縫という言葉はあるが、デジタルの世界は継ぎ接ぎだらけ。

「これ、視聴率稼ぎにむしろ暴走運転したほうがいいのか?」
「それについては自由だ。私から言うことはない」
「だったら、安全運転しておこうかね。このゲームの警察は交通違反を取り締まるとボーナスが出るらしいからな」

 ゲーム内設定の警察権でさえ継ぎ接ぎだらけとは……デバッカーを雇う金がないのか?

 しかしながら、ムーンシャインが下した決断は利口だった。

 やる気になれば、今護送してる現金を使って警察を買収することも不可能ではないからだ。

 つまり、警察は金で動く、ということが分かっているのである。

「運転のBGMを変えてくれないか?」
「お前の車にカーオーディオはない。つけたいならオーディオ屋へ行け」
「じゃあ、今からオーディオ屋に行こうか。どうせミッションクリアまで時間はあるし、金もたっぷりあることだしな」
 寄り道要素、大事大事!
「いや、前のゴトで一山当ててるし、そこまでしなくていいか」

 ということでムーンシャインはオンライン上にあるオーディオショップにやってきた。

 仕事でもらった車で、だ。

 手ごろな価格のオーディオを入手して、その場でドライブに最適な音楽を勧めてもらって、それをかけながら車を走らせるのだった。

「とぅーとぅーとぅー、最高の気分だな!」
「気は済んだか?」
「ああ、こういう寄り道要素もゲームの面白いところだからな。それで? 今回の目的地は?」
「ここから5キロ南下したところの焼却場だ」
「金を燃やすのかー。あーあー! せいきまつー!」
「まじめにやれ」
「わかったよ。それで、銀行のホームページのアナリティクスは? 本当に人間だけがアクセスしてるの?」
「いいや、不明のアカウントによるアクセスは1件あった。元の情報もたどれない。つまりわかるな?」
「いや、すまない。IQが90くらいしかないんだ。詳しく教えてくれ」
「銀行という貴重な財産を扱うサイトに、不明のアクセスをする奴がどのくらいいると思う?」
「たくさんいるだろうな」
「だから、今回銀行は特別に厳重なアカウントで情報のやり取りをした。そこを不明のアカウントで覗き見たやつが一人」
「つまり、襲われるぞ」
「それから、IQは正確な検査を行う場合、論理的な思考能力を客観的な数字にするために行われる。お前、そういう検査を受けたことがあるのか?」
「ごめん、IQ90というのは多分嘘だよ。ネットの記事で受けたことしかない。具体的な医療機関にかかったことはないな」
「とはいえ、仕事中にオーディオを買うやつのIQがそんな高いと思うか?」
「全く思わないな」

 遠回しに、バカと言われてしまったムーンシャイン。

 無知の知なる境地が存在することは周知の事実だが、無知の知があるなら周知の事実という言葉も存在しない。

 すると、交通違反は一切していないムーンシャインの車の後ろに、パトカーが一台入ってきた。

「聞かないのは一生の恥だし聞くけど、不明アカウントがアクセスしたポイントとかってわかる?」
「この街の警察署だ」

 パトカー

「そこの白の車、止まりなさい」

「アクセルを踏んで逃げろ」
「いいや……ここは……」

 ムーンシャインはまたお利口に車を道の脇に止める。

 そして車から降りて、警察に向き直るのだった。

 警察官

「車の積み荷を見せてもらおうか?」

「いや、勘弁してくださいよ。エロいのとかたくさん入ってるんで」

 警察官

「はっはっはっ、なにを言っているんだ。男同士じゃないか」

「青枝さん、警察が異様にフレンドリーですね」
「仕様ですよ」

 と言われてムーンシャインは車のトランクを開けて見せるのだった。

 そこにはインターネットの某所の会員でしか入手することはできない特殊性癖丸出しのコンピューター部品が無数に積まれているのだった。

 警察官

「お前……よくこんなものを車で運べるな。いったいどこの畑で育ったんだ?」

「はっはっはっ、いやだなあ、今どき誰だって特殊性癖の一つや二つ抱えてますって。畑なんてネットに潜ればいくらでもありますよ」
 警察官は積み荷を詳しく調べるまでもなく、パトカーに戻って走り去るのだった。
「やっぱ、武器で戦うのは野蛮だよな、こうやって偽装工作をするのが一番。はっきりわかんだね」

 そう言って、ムーンシャインはトランクの底、部品の山の奥底の札束を意識するのだった。

 実はこの車、ムーンシャインがあらかじめ二重底を仕掛けて、一度積み荷を確認されても平気なようにしているのだ。

 犯罪者がよくやる手法なので正義の味方であるみんなは、このやり口をよく覚えておこう。

「なるほどな。お前の有用性がわかったよ。なかなか知恵が回るな」
「やっぱ、人間は知恵が回ってこそだからな」
 ムーンシャインは再び車を走らせ、現金を無事焼却場に持ち込み、ミッションを達成するのだった。
「機転の利いた対応だったな。機械にこの決断はできない。しかし、戦力的には警察を倒せたはずだ。なぜやらなかった?」
「ドンパチやるのは、戦争屋さんの仕事だ。あるいはやくざかな。プロは戦闘を避けるのさ。無駄に戦えば、それだけ費用が必要だ」
「気にするな。医療費は保険で落ちる」
「そういう問題じゃないだろう」
「では、どういう問題だ?」
「その……痛いだろう?」
「……すまなかったな。お前に血を流させるものか」
 現金護送という戦場に送り込んだオペレーターが直に血を流させない、と言ってきた。
(そうよ……あなたに流血させるものですか)
 ムーンシャインは一通りのリザルトに目を通して、今回の実況を終えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色