舞鹿と喫茶店に入ったその日の夜、黒は案の定ライフスパイトオンラインを起動させて遊んでいた。
拍子抜けで申し訳ないが、黒のOSの中の艶斬姫のアイコンにいつの間にかログインしているかどうかの情報が表示されていて、今はオフラインのようだ。
艶斬姫に中の人がいなければオンラインになり続けることは可能なので、今更疑ってはいないが艶斬姫には本当に中の人がいるようだった。
(じゃあ、うるさいオペレーターもいないし、軽く遊びますかね。自由時間、大事大事!)
自由時間といいつつブラックアイはコミュニティに張り付けられたクエストを受けようとする。
ある程度危険で、報酬が高い仕事を探す。
すると、ワールドエコノミカカンパニーから直接LSO2.comに依頼が来ていた。
(資本元からじゃないか。面白いこともあるもんだな)
「やあ、あなたが最近うちのコミュニティに入った人かな?」
美少女が話しかけてきた。
アバターの上に彼女の所属コミュニティが表示されていて、LSO2.com と明確に表示されている。
どうやら、相手はこのコミュニティの一員。
「反応から察するに、あなたはソロプレイ限定の人なのかな? 話しかけていきなり拒絶してるけど」
美少女の脳内の動きとしては、いきなり強い言葉で接されたので警戒してしまったようだ
「いや、俺らの世代のネタなんで。あまり意味はないよ」
美少女はブラックアイのアカウントの情報を読み解く。
「ふむ、最近死んだばかりの雑魚か。餌にするにはちょうどいいわね」
「本音漏れてるけど、餌って何よ? こちとりゃ無印時代からの古参、言い換えればネット老害! 老人は大切にせい」
「老害か。だったらおじいちゃんらしくこの世界で生きるための知恵をください。と、頭を下げる」
「まあ、毎日1時間必ずやって、1か月もあればたいていは上達する。初回のイベは攻略できる前提ではなくて、とりあえずチャレンジしているのがおすすめ」
ブラックアイは丁寧に対応されてしまったので挨拶代わりに上達への近道を教えてあげた。
「私、このコミュニティでホワイトノイズという名前でやっています。あなたは?」
目黒脳内選択
孤独にネトゲをストイックにやる←
みんなでわいわいネトゲをやる
(孤独にやるのもいいが、相手はコミュニティ内の人か。まあ、いいだろう)
孤独にネトゲをストイックにやる
みんなでわいわいネトゲをやる←
気軽にホワイトノイズとフレンド登録。
これが後の世界に大きな影響を与える判断だとブラックアイはまだ気づいていない。
しかしながら、ネトゲ内でのコミュニケーションは実社会とほとんど同じ。
フレンド登録なんて名刺交換レベルの日常だ。
脳内に選択肢を表示させていちいち選んでいる黒がおかしいのである。
「あのですねえ……今月はうちのコミュニティも予算がカツカツですよ。クエストを受けて稼がないといけないですね」
「私のリアル財布事情も寒すぎて、クエスト受けないと食べていけないんですよ」
「このゲームを考えた人はいったい何を思ってリアルに金が絡むゲームを作ったんでしょうね」
(いや、ほんとにやばいっすねとしか言いようがないじゃん。状況シリアスすぎ)
「いや、ネットの愚痴はこうやってやばいっすね、って言って流すに限るから。他人の人生に関わりたくないじゃん?」
「冷たいですね。まあ、私としては食い扶持を稼げればそれでいいんですけどね」
「余裕のない人生だな。パソコンが料金的にくそ回線で処理落ちとかやめてよ?」
「あり得ますね、十分に。まあ、こんなくそゲームですから。パソコンのスペックは問題にならないと思いますよ、たぶん」
「私は戦闘上級者なのでドンパチやるのがいいですね。あなたは見たところ最小限の装備しかないじゃないですか。倒されてもチームがやられるだけですし、最低限コミュニティの共有武器を受け取ってください」
M16 アメリカで主流なアサルトライフル
HK416 ドイツで主流なアサルトライフル
「銃の種類が豊富なんだな。悪いが俺は暗殺が好きなので、アサルトライフルは好まないな。もっとコンパクトな銃はないのか?」
「装備もまともに揃えられないやつが金に頼るんですか? それよりも、私の中古を差し上げましょう。無課金らしいでしょう?」
(割と親切な人だな。攻略wikiによるとM9は拳銃でも安定した性能があるやつ。1か月かけてソロイベントを攻略しないと手に入らない物品、気前が良すぎないか?)
「なんか、申し訳ないね。こんなあっさりと強力な武器を……無課金なら苦労して当然だけど、いくらなんてもあっさり渡しすぎじゃないか?」
「そうですか? 理解できませんね。確かにあなたは新参ですけど、無印からの先輩でしょう? それにあなたが死んだら私だってチームを失うんです。サポートを惜しまないのは常識でしょう?」
黒には理解できない常識だった。
自分が手に入れた武器は自分だけが使う、それが当たり前の人間。
コミュニティ内で道具をシェアすることが常識ではない人間に今の理論は受け入れられない。
財産をみんなでシェアなんて共産主義者のやることだと、黒はそう思ったが、初めて出会った相手の好意を踏みにじるほどの信念でもない。
「ではこのクエスト『暴走したAIの討伐』に向かいましょうか」
ホワイトノイズがスマホを通じてそのクエストを受注すると、目的地が都市部の海岸線に表示された。
「知らんわ。何か違法な物品でもやり取りされてるわけ?」
「そうですね。AIが暴走している、ということは誰かがAIを意図的に操っているわけで、違法な行為は行われているでしょうね」
「うん、まあ、無課金なら無料の情報を漁るのが常識だからね。俺が常識外れか。wikiを見てない俺が悪いよ。情報を頂けたら幸いだな」
「誰か不明なアカウントが運営のPCにアクセスしている、というニュース。誰かはわかりませんけど、そいつが使っていたダミーはこの港から放たれています」
「やばいっすね、潜入捜査じゃないですか。やっぱ強力な武器持とうかなー?」
「まあ、メイン火力は私がやるので、ブラックアイさんはアイテムを持ってくれればいいですよ」
そうして、二人は港に向かった。
ブラックアイは地図で目的の港をチェックするが、その港は公式のセキュリティが及んでいない区域だ。
警察はここで事件が起きても放置、という極めて危険な場所だ。
逆に、どれだけ暴れまわっても警察は知らん顔、犯罪者にとっては絶好のポイントだ。
さらにはあまり整備された港ではなく、小さな通りに運河がひかれただけのホントに小さな港。
「何か、事前の情報だと、相手がどれだけの数なのか、どれだけの戦闘力があるのか不明ですね」
「まったくその通りですね。だからこそ、索敵は慎重に行いましょう。運河で行動が制限されますし、工夫しないといけないですね」
そうして、二人は目的の港に到着する。
あたり一帯は薄汚れた2階建ての木造住宅が一つあるだけで、それ以外は更地だった。
かろうじて港として機能しているようで、誰かが使っていたであろうボートが一つ、運河に停泊していた。
(あの木造住宅、フリー素材じゃん。MMDで見たことあるよ!)
ホワイトノイズは事前の情報に登録されたポイントに向かった。
一応慎重に行動しているが、動きの粗さがうかがえる。
(戦闘は不慣れか。まあ、ドンパチやるゲームじゃないからな)
ブラックアイは退路を確保するために踵を返してあたりを見回した。
そこには素性の知れないアカウントが、銃を向けてブラックアイの10メートル先、つまり拳銃で狙えるだけの距離に存在していた。
「なんだよ、空気的にホワイトノイズが先にやられる感じだろ、空気読めよ」
ブラックアイは毒を吐いて見せるが、よく考えると相手はどうやってこの場に現れたのだろうか。
まさかさっきホワイトノイズが2階建ての建物の階段を登るときのほんの一瞬で、この更地をブラックアイの10メートル後方まで移動したとは思えないが。
「俺がやってるのは闇討ちなわけよ。空気なんて読みたくないね。でもあっさり背後をとられたな。銃を捨てろ。でもって、狙いやすいようにこっちに近づけ」
ブラックアイは言われた通りM9をその場に、壊さないようにしゃがんでその場に置くと、そのアカウントに近づいて行った。
ブラックアイは言われた通りM9をその場に、壊さないようにしゃがんでその場に置くと、そのアカウントに近づいて行った。
「おもろ、抵抗しようとかいう気ないわけ? まあいいけどね。もっと近づいてこい。狙いやすいように」
ブラックアイの眉間の先には銃口、この距離なら絶対に外さない、そういう距離だ。
「自己紹介とかいる? 一応、お前の経歴にアクセスさてもらって、計画に必要な素質はすべてそろってる、と思ってこうして殺そうとしているんだけど、俺の目的が何か聞きたい?」
「申し訳ないねー。あっさり死んでもらって。まあ、いいかな? どうせアカウントなんだし。新しく作ればいいだろう?」
「新しく作る? お前こそ面白いな。死んでもやり直せるだろう? アカウントを新しく作る意味もないじゃないか」
「あ、そういうこと言っちゃう? まあいいや。死ね」
そのアカウントはゼロ距離でブラックアイのアバターを攻撃し始めた。
当然、ブラックアイは抵抗もなくライフポイントを削られ続ける。
二度、三度と銃撃を続けるうちに、相手のアバターは焦りはじめ、途中で攻撃をやめた。
六発目で無駄だと気付いたのか、アバターは銃を下す。
「驚いたな。最大ライフポイントは非公開情報だけど、まさか計算していたのか?」
「当然。お前の持っている銃の装弾数では、俺のライフは削り切れない。まあ、グロック17とかの無課金装備じゃ相手を殺すのは無理だな。倒すならもっと火力の高い武器じゃないとな。あと、痛いぞ?」
「ブラックアイ! なにぼーっと撃たれてるの! 今助けます!」
「火力的にかなわないな、あいつじゃ。一応今日はここでさようならと行こうか。お前にはまた会いたいな」
「そうか。次会うときは俺、装備を整えてると思うから、今回ほど簡単じゃないぞ」
「お、再戦はウェルカムなのか? こいつはありがたいな!」
調子のいい発言を続けるアカウントにブラックアイはキレ、無課金装備ナイフを使って相手のアバターを攻撃する。
ナイフは威力が高い。
銃と違って、射程はないが当たれば即死は免れない。
ブラックアイは確かにナイフを当てたが、ダメージが入る前に相手のアカウントが通信を切断してその場を離脱した。