遠いようで近い世界
文字数 5,780文字
ムーンシャインはハイエンドカラーのオペレートの元で銀行を荒らしていた。
銀行といってもオンラインゲームの銀行にて、だ。
取引されるお金は架空のものだから安心だし、言ってしまえば罪にはならない。
が、架空でも警備員に捕まればゲームオーバー。
ムーンシャインはそんな中、スマホにUSBをつないでサーバーからお金を吸い上げているのだった。
ムーンシャインが今いるのはまぎれもなく銀行のサーバールーム。
と言っても、たくさんのモニターが配置されたいわゆるサーバーではない。
誰もそこにサーバーがあるとは思えないような、小型のパソコンが置かれているだけの、いたって簡素なシステム。
逆にモニターやマウスが置かれていないので、素人ではアクセスすら不可能な端末。
(だって視覚的に操作できないもん!)
それも一畳くらいの部屋に置かれているだけで、本当に知っている人でなければ知らないサーバーだ。
しかしながらそこに組まれた防衛プログラムは強力。
ゆえに、ムーンシャインはこうして直接有線でお金を吸い上げるしかないのだ。
スマホに表示される情報も視覚的に操作できる類のものではなく、シンプルにプログラムのみ。
数値と英語の羅列。
ムーンシャインは銀行の表玄関を目指して歩を進めた。
サーバールームを出て関係者以外立ち入り禁止の札がかかった扉を開ける。
それも特に気を遣うでもなく、自然にだ。
こうやって自然に出入りすれば、誰もムーンシャインを疑わない。
挙動不審でいかにも不審者である、ということをアピールすればむしろ危険。
彼は銀行の門をくぐって、警備員に「ありがとうございました」と挨拶されながらその場を脱出したのだった。
と、ムーンシャインは誰に話しているのかよくわからない話を始める。
ハイエンドカラーは誰に話しているのか知っているようで、あえて突っ込まない。
そう、この空間はオンラインゲーム ライフスパイトオンライン2の世界の出来事なのだ。
銀行のお金を奪っても逮捕されないのは、それがゲームだから。
そしてムーンシャインを操作していた目黒(さっか くろ)はモニターから目を離して、隣の席の人に声をかける。
何を隠そう、先ほどのやり取りはすべて実況動画として保存されているのだ。
ライフスパイトオンライン2の解説動画として会社レッドエモーションから配給される。
非リアの悲しい性質。
リア充の香りがするところに自ら立ち入ろうとしない。
繰り返し言うが悲しい性質である。
黒は舞鹿からめぐろさんと呼ばれていた。
そういえば、舞鹿に本名を伝えていなかった。
いったい何の手違いなのかは分からないが。
と、愉快犯を気取るが、実のところ、本名を教えたところで現実世界に影響があるわけではない。
目黒(さっか くろ)は目黒(メグロ)と呼ばれることに抵抗があるわけでもない。
黒は自ら目黒(メグロ)と呼ばれ続ける道を選択しているのだ。
と、言う流れで黒は飲み屋に連れていかれた。
世の中、人間のコミュニケーションの基本である酒を避けて通れる人はいない。
言ってしまえば舞鹿は酒に頼るぐらいやつれていたのだ。
酒を飲んで忘れたいこと、というのがあって黒を誘っている。
黒としては舞鹿の弱い部分をさらけ出させるようで気が引けたが、舞鹿には自分以外に腹を割って話せる人間もいないのだろう。
わき道にそれた話はさておき、黒が連れていかれたのは会社から各駅停車で一駅の隠れ家的お店だった。
具体的な話をするとショットバーなのだが。
仕事帰り、明日は休みの日なので飲み明かした人がちらほらいるが、これから飲みに行こうとする人は黒と舞鹿のみ。
早速で申し訳ないが舞鹿はそんなことを言ってきた。
ショットバーに入って黒が目にしたのはまず、一枚の木で作られた長いテーブルだった。
いいや、正確には合板かもしれないが、黒に真偽を確かめる目星はないし、そんな無粋なことをするほどの邪悪さもない。
棚には山城だの白州だのいかにもな感じの酒が並んでいるが、それがどのくらい凄いのか黒にはわからない。
勇気を出して舞鹿とこういうお店に来たものの、黒はこういうお店は初めてなのだ。
大事なことなので2回言ったのだろう。
黒としては生活に必要な金を得られる仕事に疑問は感じていない。
まあ、薄々この仕事を続けても自分の人生はそれほど好転しない、と気づいてはいる。
しかしながら、なんだ、こうやって舞鹿と飲みに来れるのであれば、あるいはありなのかもしれない、と思い始めている。
雑魚が! なんて軟弱な思考回路だ!
黒は考えた。
ここで舞鹿の愚痴に付き合わされて自分が受けるであろうメリットを。
ぶっちゃけ、ない。
しかしながら、舞鹿の感じている精神的苦痛を和らげてやることが出来るなら、それは魅力的な話だった。
と、散々な言われようだったが、黒はその言葉をすべて受け入れるのだった。
舞鹿の話に不合理なことはたびたび登場するが、まあ、多少は許してやろう、と黒は思う。
という適当な相槌を言うだけで舞鹿が面白いようにしゃべってくれるので、黒は面白半分に舞鹿の話を聞いた。
面白いか、というと仕事の愚痴なので面白さの片鱗もない。
が、それで舞鹿の心が癒されるのなら……
黒は多少の冷淡さを持ち合わせて舞鹿に接していた。
そういう少しの冷淡さがかえって舞鹿の心を解きほぐしているのだが、そのことに気づいていない。
舞鹿にとって黒は仕事熱心で頼れる同僚なのだが、黒はそれ以上の感情を持っていないのだ。
鈍感、というのはまさしくそういうことだろう。
何を隠そう、ライフスパイトオンライン2の2の字はそういう意味なのだ。
黒はかつて、無印の世界で無課金の限りを尽くし、ライフスパイトオンラインの世界を破壊した。
無課金で世界大会に優勝し、世界から課金ユーザーを駆逐し尽くし、一つの世界に終焉をもたらした。
まあ、すぐに2が発足するのだが。
そういう悪の存在が運営に目をつけられて今はこうして企業の手先。
堕ちたな。
嘘、黒は破壊する気満々である。
黒は変に世界観に入り浸るのが嫌いで、ありのままの現実を受け入れるのが好きだったからだ。
しかしながら黒はその場から離れようとしなかった。
独り酒を飲み始めている。
マスター
どうした若いの?
今更ぼやきか?
そうだよ。
確かに、世の中いろいろなごたごたはあるけどさ、さっきの女性みたいに強く生きている。
でも、人間中身はそんな強くないんだよなあ。
精神的な弱さを誰だって抱えていて、さっきみたいに仕事の愚痴をたくさん吐いていくんだ。
世の中、そうやって回ってる。
マスター
君の仕事は何だい?
マスター
だったら君はその仕事に向いているな。
さっきも女性の悪口に反論せず耳を傾けていた。
君、カウンセラーに向いているんじゃないか?
マスター
ははは、認められる分、君はまともだよ。
そうだな、君には母性があるな。
相手の悪い部分も含めて受け入れられる、そういう母性が。
君は男性だがね。
マスター
だけど……人間なんてそんなものさ。
確かに親は立派に育てだとか、偉い人になれと言うだろうが、適当なことを言って人を育てる。
しかしながらね、人間なんて所詮はそんなものだ。
君みたいに弱さを認めてくれる人を見つけられなくては、生きていけない。
マスターの言っていることを黒はやんわりとしか理解できなかった。
そういえば、黒がゲームをやっているのは強さで世界を理解できるからに過ぎない。
攻略することだけが全ての世界でようやく黒は自分自身の存在価値を見出すことが出来たのに、それが今になって弱さを受け入れろと、そういう話になっている。
マスター
それは……誤解だな。
君は勝つことがすべてだと思うのかい?
マスター
忠告だが、そういう人生はうまくいかない。
とはいえ、君みたいにある程度強い人間ほど理解できない理屈だがね。
世界は、弱さで回っているんだ。
黒は腹の底から納得しなかった。
腑に落ちなかった。
どんな状態でも、強いことは正しいことのはずだ。
例えば、ゲームのステータスで言えば攻撃力99、防御力99、HP999、魔力99、経済力99、マナ99、チャクラ99、竹内力99、超能力99、のような完璧な存在が常に歓迎される、そう考える。
(そんなの絵に描いたようなクソゲーだなwww)
そういう前提で生きている存在に、世界は弱さで回っているといくら説明しても理解できない。