遠いようで近い世界

文字数 5,780文字

で、あと何秒かかる?
あと5分だ。

遅い!

プログラムに察知されるぞ。

大丈夫だ、プログラムは電源を落としてある。

5分後には銀行からキャッシュを吸い出せるさ。

ムーンシャインはハイエンドカラーのオペレートの元で銀行を荒らしていた。

銀行といってもオンラインゲームの銀行にて、だ。

取引されるお金は架空のものだから安心だし、言ってしまえば罪にはならない。

が、架空でも警備員に捕まればゲームオーバー。

ムーンシャインはそんな中、スマホにUSBをつないでサーバーからお金を吸い上げているのだった。

ムーンシャインが今いるのはまぎれもなく銀行のサーバールーム。

と言っても、たくさんのモニターが配置されたいわゆるサーバーではない。

誰もそこにサーバーがあるとは思えないような、小型のパソコンが置かれているだけの、いたって簡素なシステム。

逆にモニターやマウスが置かれていないので、素人ではアクセスすら不可能な端末。

(だって視覚的に操作できないもん!)

それも一畳くらいの部屋に置かれているだけで、本当に知っている人でなければ知らないサーバーだ。

しかしながらそこに組まれた防衛プログラムは強力。

ゆえに、ムーンシャインはこうして直接有線でお金を吸い上げるしかないのだ。

スマホに表示される情報も視覚的に操作できる類のものではなく、シンプルにプログラムのみ。

数値と英語の羅列。

よし……100万円ほど吸い出した。

今日はこの辺にしておこうかな。

どうせ金手に入れても強化素材でぼったくられるだけだし、あんま意味ないよね……

バカ野郎!

何言ってる?

どうせなんだ、たっぷり現金を頂くぞ!

ぶっちゃけ、銃の強化ってギャンブルでしょ?

また改造屋の女の子に謝罪文書かせるだけだし、いいんじゃないですかねー、金なんて。

そうか……お前……お灸をすえられたいようだな。

よし、金を全て吸い上げた。

撤退する。

警備員の位置情報を送る。

今日はブリーフィングの通り警備員が少ない。

裏通路は行くなよ。

相手はそこを警戒している。

正面からいけ。

ムーンシャインは銀行の表玄関を目指して歩を進めた。

サーバールームを出て関係者以外立ち入り禁止の札がかかった扉を開ける。

それも特に気を遣うでもなく、自然にだ。

こうやって自然に出入りすれば、誰もムーンシャインを疑わない。

挙動不審でいかにも不審者である、ということをアピールすればむしろ危険。

彼は銀行の門をくぐって、警備員に「ありがとうございました」と挨拶されながらその場を脱出したのだった。

うまくいったな。

そうだな。

で、今回の案件は100点満点扱いなのか?

そうだな。ほぼ完璧だ。

だがあまり調子に乗るなよ、相手が弱すぎたのだからな。

と、ここでムーンシャインは画像を切り替えた。

はい、とこのような感じで今回のミッションは攻略すればいいんですよ皆さん。

初心者向けの案件ですからね、皆さんもどんどんチャレンジしてください。

それじゃ、今回はこの辺で。

さようならー。

と、ムーンシャインは誰に話しているのかよくわからない話を始める。

ハイエンドカラーは誰に話しているのか知っているようで、あえて突っ込まない。

そう、この空間はオンラインゲーム ライフスパイトオンライン2の世界の出来事なのだ。

銀行のお金を奪っても逮捕されないのは、それがゲームだから。

そしてムーンシャインを操作していた目黒(さっか くろ)はモニターから目を離して、隣の席の人に声をかける。

うーん、舞鹿さんのハイエンドカラー決まってますねー。

なかなか鬼オペレーターじゃないですか。

その設定考えたの誰です?

いいえ、これは会社の偉い人の指示ですよ。

まあ、私も乗り気ですけど、本当は優しいオペレーターがいいですね。

あはははは、優しいオペレーターかー。まあ、それもありですけど、自分はこういうストイックな環境も大好きですけどねえ。
そう言ってもらえると、やりがいがありますよ。

何を隠そう、先ほどのやり取りはすべて実況動画として保存されているのだ。

ライフスパイトオンライン2の解説動画として会社レッドエモーションから配給される。

それで、目黒(めぐろ)さんはこれから予定ありますか?
ないな。家帰ってオンラインゲーム。
それだったら、これから一杯どうです?

は?

なに俺のことリア充の道に誘おうとしてるんですか?

非リアの悲しい性質。

リア充の香りがするところに自ら立ち入ろうとしない。

繰り返し言うが悲しい性質である。

ちょっと言ってる意味が分からないですね。

誘っちゃだめなのですか?

いやだって、非リアの集いのライフスパイトオンラインのこのありさまですから、主役の中身がリア充だったら大変なことになりますよ。

そりゃもう会社の株は暴落、国家から営業停止命令が来ますね、間違いなく。

本当ですか、それ?
いや、冗談ですよ、ははは。

黒は舞鹿からめぐろさんと呼ばれていた。

そういえば、舞鹿に本名を伝えていなかった。

いったい何の手違いなのかは分からないが。

(そろそろ本名名乗ろうかなー。いや、面白そうだしなー)

と、愉快犯を気取るが、実のところ、本名を教えたところで現実世界に影響があるわけではない。

目黒(さっか くろ)は目黒(メグロ)と呼ばれることに抵抗があるわけでもない。

黒は自ら目黒(メグロ)と呼ばれ続ける道を選択しているのだ。

で、一杯やるというの、酒をですか?

そうですよ。

他に何があるんですか?

うーん、飲み屋の雰囲気はあんまり好きじゃないんでね。

まあ、付き合うよ……

ありがとう。

と、言う流れで黒は飲み屋に連れていかれた。

世の中、人間のコミュニケーションの基本である酒を避けて通れる人はいない。

言ってしまえば舞鹿は酒に頼るぐらいやつれていたのだ。

酒を飲んで忘れたいこと、というのがあって黒を誘っている。

黒としては舞鹿の弱い部分をさらけ出させるようで気が引けたが、舞鹿には自分以外に腹を割って話せる人間もいないのだろう。

わき道にそれた話はさておき、黒が連れていかれたのは会社から各駅停車で一駅の隠れ家的お店だった。

具体的な話をするとショットバーなのだが。

仕事帰り、明日は休みの日なので飲み明かした人がちらほらいるが、これから飲みに行こうとする人は黒と舞鹿のみ。

目黒さん、仕事、嫌ですよね。

早速で申し訳ないが舞鹿はそんなことを言ってきた。

ショットバーに入って黒が目にしたのはまず、一枚の木で作られた長いテーブルだった。

いいや、正確には合板かもしれないが、黒に真偽を確かめる目星はないし、そんな無粋なことをするほどの邪悪さもない。

棚には山城だの白州だのいかにもな感じの酒が並んでいるが、それがどのくらい凄いのか黒にはわからない。

勇気を出して舞鹿とこういうお店に来たものの、黒はこういうお店は初めてなのだ。

目黒さん、仕事、嫌ですよね。

大事なことなので2回言ったのだろう。

黒としては生活に必要な金を得られる仕事に疑問は感じていない。

まあ、薄々この仕事を続けても自分の人生はそれほど好転しない、と気づいてはいる。

しかしながら、なんだ、こうやって舞鹿と飲みに来れるのであれば、あるいはありなのかもしれない、と思い始めている。

雑魚が! なんて軟弱な思考回路だ!

一杯飲みましょうよ。

いいでしょう。

で、仕事が嫌なんですか?

うん、まあ、そうなんですよね。

自分が実況で演じているキャラクターもあんまり得意じゃないし、ハイエンドカラーでしたっけ、ああいう冷たい人、苦手だなー。

仕事やん、やれよ。
そうですけどね、知ってますか、うちの会社の資本元?

グローバルエコノミカカンパニーでしたっけ?

もう名前もあやふやですね。

調べたけど、名前もない瑞穂銀行とかいう地銀じゃないですか。

名前だけ変えて何がしたいんですかね。

本当、名前だけグローバルになってどうするんですかね。

もう、倒産する日が近いんですかねー。

レッドエモーションもそんな会社に続いて、いったいどうなるのかしら。

レッドエモーションってうちの会社ですよね?

いやならやめればいいじゃないですか。

声優なんて今どき仕事はいくらでもあるでしょう。

そうですけど、任せられたからにはやりたいじゃないですか。
え、なんで?
だって、仕事ですから。
そう……。

黒は考えた。

ここで舞鹿の愚痴に付き合わされて自分が受けるであろうメリットを。

ぶっちゃけ、ない。

しかしながら、舞鹿の感じている精神的苦痛を和らげてやることが出来るなら、それは魅力的な話だった。


上司ってバカだよね。
取引先あほだよね。
目黒さんって鈍感ですよね。

と、散々な言われようだったが、黒はその言葉をすべて受け入れるのだった。

舞鹿の話に不合理なことはたびたび登場するが、まあ、多少は許してやろう、と黒は思う。


ふん、それで?
ほーう、それで?
面白いですね。

という適当な相槌を言うだけで舞鹿が面白いようにしゃべってくれるので、黒は面白半分に舞鹿の話を聞いた。

面白いか、というと仕事の愚痴なので面白さの片鱗もない。

が、それで舞鹿の心が癒されるのなら……

だって、仕事ですよ?

自分は今の仕事で食ってますし、それなりに誇りは持ってますかねえ。

いいですね、そういうの。

あこがれちゃうなー。

そういう仕事に対して一生懸命な人、私は好きですよ。

そうか。

ねえ、少し、いいえ、たくさん飲んでいいですか?

今の目黒さんになら……少しは甘えてもいいかなって思えてきたので。

勘弁してくれよ。

俺だって家に帰ったらネトゲで忙しいんだから。

ほろ酔いくらいにしておきなさいってば。


冷たいなー。
そういうもんだ。

黒は多少の冷淡さを持ち合わせて舞鹿に接していた。

そういう少しの冷淡さがかえって舞鹿の心を解きほぐしているのだが、そのことに気づいていない。

舞鹿にとって黒は仕事熱心で頼れる同僚なのだが、黒はそれ以上の感情を持っていないのだ。

鈍感、というのはまさしくそういうことだろう。

そういえば、目黒さんはブラックアイというスキンを使っていたそうじゃないですか。
そうだな。

認めてしまうんですね。

今のオンラインゲーム、ライフスパイトオンラインはある無課金ユーザーによって破壊された。

知っていますよね?

そりゃ、無課金でも世界大会で優勝できれば、誰も課金しなくなる。

ユーザーはゲームにお金を落とさなくなって、あっという間に会社は倒産。

面白い見世物でしたねえ。

その分、うちでは前世の分まで働いてもらいますからね。

ブラックアイ、いいえ、目黒さん。

何を隠そう、ライフスパイトオンライン2の2の字はそういう意味なのだ。

黒はかつて、無印の世界で無課金の限りを尽くし、ライフスパイトオンラインの世界を破壊した。

無課金で世界大会に優勝し、世界から課金ユーザーを駆逐し尽くし、一つの世界に終焉をもたらした。

まあ、すぐに2が発足するのだが。

そういう悪の存在が運営に目をつけられて今はこうして企業の手先。

堕ちたな。

今度の世界は、壊さないでくださいね?

みんな楽しみにしてるんですから。

そうだな。

嘘、黒は破壊する気満々である。

黒は変に世界観に入り浸るのが嫌いで、ありのままの現実を受け入れるのが好きだったからだ。

じゃあ、私、この辺にしておきますね。

明日はのんびり過ごしたいので、それじゃあ、またね。

ああ、おやすみなさい。
舞鹿は一人帰路に就く。

しかしながら黒はその場から離れようとしなかった。

独り酒を飲み始めている。

マスター、世の中にはああいう辛さを抱えて生きている人、たくさんいるんだな。

 マスター

どうした若いの?

今更ぼやきか?

そうだよ。

確かに、世の中いろいろなごたごたはあるけどさ、さっきの女性みたいに強く生きている。

でも、人間中身はそんな強くないんだよなあ。

精神的な弱さを誰だって抱えていて、さっきみたいに仕事の愚痴をたくさん吐いていくんだ。

世の中、そうやって回ってる。

 マスター

君の仕事は何だい?

オンラインゲームの管理会社だよ。

まあ、そのゲームも人間の黒い感情が常に渦巻く恐ろしいところでね。

とは言っても、さっきみたいに愚痴をストレートに言える場所になっていて、ある意味癒しの空間なんだ。

 マスター

だったら君はその仕事に向いているな。

さっきも女性の悪口に反論せず耳を傾けていた。

君、カウンセラーに向いているんじゃないか?

嫌ですねえ、本当。

人の愚痴を聞くだけなんて、確かに必要ですけど、自分には不向きですよ。

さっきの話だって、聞いていてイライラしたんですから。

自分もそれほど強い人間ではないんです。

 マスター

ははは、認められる分、君はまともだよ。

そうだな、君には母性があるな。

相手の悪い部分も含めて受け入れられる、そういう母性が。

君は男性だがね。

嫌な誉め言葉だねえ。

 マスター

だけど……人間なんてそんなものさ。

確かに親は立派に育てだとか、偉い人になれと言うだろうが、適当なことを言って人を育てる。

しかしながらね、人間なんて所詮はそんなものだ。

君みたいに弱さを認めてくれる人を見つけられなくては、生きていけない。

そうか。

マスターの言っていることを黒はやんわりとしか理解できなかった。

そういえば、黒がゲームをやっているのは強さで世界を理解できるからに過ぎない。

攻略することだけが全ての世界でようやく黒は自分自身の存在価値を見出すことが出来たのに、それが今になって弱さを受け入れろと、そういう話になっている。

人間、弱いままで生きられるんですかね?

自分はさっきの人にもっと強くなってくれと、そう願うことしかしたくないのですが。

 マスター

それは……誤解だな。

君は勝つことがすべてだと思うのかい?

そうだよ。

 マスター

忠告だが、そういう人生はうまくいかない。

とはいえ、君みたいにある程度強い人間ほど理解できない理屈だがね。

世界は、弱さで回っているんだ。

そうか?

うん……まあ、そうかもね。

黒は腹の底から納得しなかった。

腑に落ちなかった。

どんな状態でも、強いことは正しいことのはずだ。

例えば、ゲームのステータスで言えば攻撃力99、防御力99、HP999、魔力99、経済力99、マナ99、チャクラ99、竹内力99、超能力99、のような完璧な存在が常に歓迎される、そう考える。

(そんなの絵に描いたようなクソゲーだなwww)

そういう前提で生きている存在に、世界は弱さで回っているといくら説明しても理解できない。

(世の中力がすべてですからねえ)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色