スーサイドパレード
文字数 5,983文字
自らへの攻撃コマンドの実行、それは自死行為に過ぎない。
ブラックアイはライフが0になったことによって、ホームポイントに戻ってきたのだった。
ブラックアイはそうやって自死の後、パソコンを通じて艶斬姫に尋ねる。
その様子に、自分の命を粗末に扱ったことを罪に思う感情はない。
ブラックアイの中の人、黒はこれから自分が思っていることを素直に告げるべきなのか、悩んだ。
確かに黒にとってアバターとは自分の分身でしかなく、自死するにしてもアバターがやっていることだ。
そこにためらいも何もない。
しかしながら、艶斬姫は自分のアバターに愛着を持たなくてはいけない、そういう倫理観の持ち主なのだろう。
そうだった。
無印の世界でのブラックアイは、いくら死んでも復活する、というゲームのアバターの特性を生かして強くなっていった。
いくらアバターが死んでも経験として黒には経験値が蓄積される。
そこから新しい作戦を作って、もう一度挑む。
しかし、アバターが死んでしまうのに抵抗がある人間のほうが多いのだ。
少なくともライフスパイとオンラインでは。
アバターを殺したくないから必死に生き延びる作戦を見つけようとするし、生き延びようと努力するから面白い。
何はともあれ幸福かどうか、という着眼点から黒の人生哲学は始まるようだった。
艶斬姫にアバターをなぜ死なせたのか、という問いが黒の意中を屠り続ける。
その日、黒が眠りについたのは、金曜日の夜にしては早い零時だった。
眠っている間はいい、生きるための苦しみ、呼吸をする労力、すべてから解放されるのだ。
この時間を黒は何よりも好んでいたし、できることならこのまま目が覚めなければいいと、そう考えたことが何度かある。
が、やっぱりやめた。
スマホの画面にお、ある人物から通知が送られてきたのだ。
挑戦状 青枝舞鹿
本日、ゲームセンターにて、汝のハイスコアをすべからく、我がスコアが塗りつぶす。
意味不明だった。
が、よく考えてみると、以前ゲームセンターでたたき出したスコアは黒が数日かけて生み出したスコア。
そう簡単に敗れるものではない。
たかが声がいいだけの声優が破ることが可能なスコアではない。
黒は冷静に舞鹿が自分のスコアを軽く上回るだろうと考えた。
別にゲームセンターのスコアは更新しようと思えば誰だってできる。
ゲーム運営会社で働くクラスの存在なら容易い話、ベリーイージーな案件。
しかしながら、その黒がハイスコアをたたき出したゲームというのは、いわゆる怖いゲームだったのだ。
黒はゲームセンターへ救援に向かうべきかどうか少し悩んで、結局舞鹿を助けに行くのだった。
電車で10分、会社近くのゲームセンターからその悲鳴は聞こえた。
案の定、舞鹿の悲鳴だったが、そこに入っていくよりも傍観したほうがおもしろい可能性もある、と黒は思った。
舞鹿はゲームセンターのガンコントローラー片手に悲鳴を上げているが、それが見ているだけで、多少はそそるものがあったのだ。
残念なことだが、黒は女の子が悲鳴を上げているのを聞いて興奮しているのだ。
実に犯罪的な快楽。
声優があげている悲鳴、これが動画サイトでいくらで売れるのか、考えただけでも喉から手が出るというものだが、黒は一人でそれを眺めているのだった。
黒は踵を返した。
が、再度踵を返した。
黒は舞鹿の隣でガンコントローラーをとった。
そいしてゲームに参戦し、やってくるゾンビを次々と倒すのだった。
慣れた手つきで、慣れた動作で、決まりきった動きしかしない相手を舞鹿の分まで倒して見せたのだ。
怖いものは怖いのか。
仕方ないといえば仕方ないが、黒は舞鹿の軟弱な態度に少しうんざりする。
と言うわけで、黒はまんまと舞鹿のラインに誘い出されて、彼女の長い話に付き合わされることになったのだ。
哀れ黒、お前の未来は明るい。
その隠れ家的喫茶店に到着して、黒は紅茶を、舞鹿は、
黒はシンプルな紅茶を片手に舞鹿の隣に座った。
いや、舞鹿が隣に座ってきたのだ。
いきなりダイレクトな質問だった。
しかしながら、一緒に仕事をしていれば、薄々気づいてくるであろう内容、感情。
黒は内心喜んだり悲しんだりしない生き物だ、というのが舞鹿に伝わってしまったのだ。
黒の人生への哲学がこうやって展開された。
黒は人の一生にあまり大きな期待をしていない。
逆に舞鹿は、毎日を楽しく生きようと頑張っていた。
この二人の価値観の違いはどこから生まれてくるのか。
こういう考えに至った黒には、どんな過去があるのか。
メインヒロインに嫌悪という感情を抱くチャットノベルの屑。
しかしながら、口にはしない。
黒は今まで生きてきた中で、ああいう幸せな人間が耐えながら生きている人のことを肯定しないとわかっていた。
話しても無駄、分かり合えない、疲れるだけである。
それから無理に舞鹿に合わせるよりも、自分自身が不幸でそれを受け入れていることを素直に認めていたほうが、人としては健全だろう。
精神的に争っても意味はない。
舞鹿は生クリームだらけの甘ったるい飲み物をスプーンですくいあげると、それにチョコレートを放り込んで食べるのだった。
黒よ、逃避というと聞こえが悪いぞよ、お前はネットの世界では無課金を救い続けるヒーローじゃないか。
架空の世界であっても、お前が立派な人間であることに変わりはない。
いいや、それは黒の本来の意味で望んでいる人生ではないのだろうか?