スーサイドパレード

文字数 5,983文字

自らへの攻撃コマンドの実行、それは自死行為に過ぎない。

 ブラックアイはライフが0になったことによって、ホームポイントに戻ってきたのだった。

「あー、死んだ死んだ。次はどんな仕事だ?」

 ブラックアイはそうやって自死の後、パソコンを通じて艶斬姫に尋ねる。

 その様子に、自分の命を粗末に扱ったことを罪に思う感情はない。

「ばかやろう。あなた、また死んだんですか?」
「そうだ。軽く死んでみたよ。でも、例のものは手に入ったんだろう?」
「ええ、手に入りました。これでコミュニティが少しでも潤いますね」
「じゃあ、それで良しとしようか。今夜は金曜日で明日は仕事ないし、軽くもう一回自爆覚悟で何かやろうか?」
「そういうの、やめてください。いくらアバターだからって、自分から死にに行こうとする人はいませんよ」
「ほほう? 俺が人に見えるか? いくら計算機だからって人間の何がわかるんだい? 俺にはアバターなんてただの身代わりにしか思ってないけどな」
「それ、本当ですか?」

 ブラックアイの中の人、黒はこれから自分が思っていることを素直に告げるべきなのか、悩んだ。

 確かに黒にとってアバターとは自分の分身でしかなく、自死するにしてもアバターがやっていることだ。

 そこにためらいも何もない。

 しかしながら、艶斬姫は自分のアバターに愛着を持たなくてはいけない、そういう倫理観の持ち主なのだろう。

(愛着なんてないよ。ただの道具に)
 という黒の哲学は艶斬姫には通用しない、そう空気を読んでブラックアイはこう続ける。
「わかったよ、次から死なないようにする」
「嘘ですよね、それ。自分を殺して戦うの、かつての世界のブラックアイがやってきたことじゃないですか。あなたはそれをこれからも続けていくのでしょう?」
「はははっ、そうだよ。だってアバターだもん。死なないんだから、本体は。いくらでもブラックアイは殺せる、そうだろう?」
「いいえ、あなたを死なせたいとは思っていませんよ。少なくとも私は。あなたに生き延びてほしくて、私はこうしてAIの皮をかぶってあなたに接しているのに……」
「生き延びるか、その定義は?」
「ただの感情論ですよ」

 そうだった。

 無印の世界でのブラックアイは、いくら死んでも復活する、というゲームのアバターの特性を生かして強くなっていった。

 いくらアバターが死んでも経験として黒には経験値が蓄積される。

 そこから新しい作戦を作って、もう一度挑む。

 しかし、アバターが死んでしまうのに抵抗がある人間のほうが多いのだ。

 少なくともライフスパイとオンラインでは。

 アバターを殺したくないから必死に生き延びる作戦を見つけようとするし、生き延びようと努力するから面白い。

「あなたは、命を大切にしないのですね」
「そうだな」
「どうしてですか?」
「アバターを操っている人が、命を大切にしない人だからだ」
「そうですか……かつての世界から、変わりませんね」
「そんなもんだよ。人間、ある日突然生まれ変わったりなんてしない。似たような価値観を引きずって生きるんだ」
「いや、そんな話はしていませんよ。でも、興味がありますね。あなたは、毎日どんなことを思って生きているんですか?」
「答えたくないね、今は」
「そうですか。でも、いずれは語ってくれると、信じていますよ」
「いずれか……いずれなんて来ると思うか?」
「信じるしかありませんね」
 艶斬姫相手の会話に疲れ、黒はその場から逃げるしかなかった。
(くそっ、人生の哲学の話は嫌だな。意味もないのに、毎日ギリギリ生きてるのに。幸せじゃない人生には価値がないのかよ)

 何はともあれ幸福かどうか、という着眼点から黒の人生哲学は始まるようだった。

 艶斬姫にアバターをなぜ死なせたのか、という問いが黒の意中を屠り続ける。

(ああいう輩は相手にしたくないもんだね。ただ、快楽を貪って生きたいだけなんだよ、俺は)

 その日、黒が眠りについたのは、金曜日の夜にしては早い零時だった。

 眠っている間はいい、生きるための苦しみ、呼吸をする労力、すべてから解放されるのだ。

 この時間を黒は何よりも好んでいたし、できることならこのまま目が覚めなければいいと、そう考えたことが何度かある。

 そして太陽が昇って6時間後、つまり午前6時から6時間後、黒は永い永い睡眠から目覚めて、もう一度ライフスパイとオンラインを起動しようとするのだった。

 が、やっぱりやめた。

 スマホの画面にお、ある人物から通知が送られてきたのだ。

 挑戦状 青枝舞鹿

 本日、ゲームセンターにて、汝のハイスコアをすべからく、我がスコアが塗りつぶす。

 意味不明だった。

 が、よく考えてみると、以前ゲームセンターでたたき出したスコアは黒が数日かけて生み出したスコア。

 そう簡単に敗れるものではない。

 たかが声がいいだけの声優が破ることが可能なスコアではない。

(が、あいつなら上回ることは可能か)

 黒は冷静に舞鹿が自分のスコアを軽く上回るだろうと考えた。

 別にゲームセンターのスコアは更新しようと思えば誰だってできる。

 ゲーム運営会社で働くクラスの存在なら容易い話、ベリーイージーな案件。

 しかしながら、その黒がハイスコアをたたき出したゲームというのは、いわゆる怖いゲームだったのだ。

(青枝さんがプレイして心労を負わない、という保証はどこにもない。ホラーゲームが苦手な人は本当に苦手なものだ)
 確かにホラーゲームの面白いところ、いかに予算を低く怖いものを作り出すか、という視点で見ることができるなら軽いだろうが……
(最近は予算のかかったゲームも多いしな。怖さは予算次第じゃないが、心配だ……)

 黒はゲームセンターへ救援に向かうべきかどうか少し悩んで、結局舞鹿を助けに行くのだった。

 電車で10分、会社近くのゲームセンターからその悲鳴は聞こえた。

「うわああああああ! いやだよーーー! ぐろいよおおおお!」

 案の定、舞鹿の悲鳴だったが、そこに入っていくよりも傍観したほうがおもしろい可能性もある、と黒は思った。

 舞鹿はゲームセンターのガンコントローラー片手に悲鳴を上げているが、それが見ているだけで、多少はそそるものがあったのだ。

 残念なことだが、黒は女の子が悲鳴を上げているのを聞いて興奮しているのだ。

 実に犯罪的な快楽。

 声優があげている悲鳴、これが動画サイトでいくらで売れるのか、考えただけでも喉から手が出るというものだが、黒は一人でそれを眺めているのだった。

(まあ、青枝さんの良さは動画とかで拡散したくないんだよな。青枝さんの良さは俺がわかっていればそれでいい、それでいいんだ)
 結局のところ、敵のゾンビにおびえるばかりで、ホラーゲームのスコアは更新される様子がなかった。
(見捨てるか)

 黒は踵を返した。

 が、再度踵を返した。

(多少無理してでも救わないとな。偽善者でも、正義に裏切られた凡人が、至上の悪の才能を開花させるって、人生経験からはっきりわかんだね)
「あぁあ、めぐぅろさん、ごご、ごきげんんよう! こんなところで何をやっているんですか?」
「声、震えてますよ」
「まあ、ホラーゲームやってますから」
「スコア、抜くんですか?」
「ええ、必ず」
「できそうですか?」
「むりぽ……」
「助けてあげましょうか?」
「ええ、ぜひ」

 黒は舞鹿の隣でガンコントローラーをとった。

 そいしてゲームに参戦し、やってくるゾンビを次々と倒すのだった。

 慣れた手つきで、慣れた動作で、決まりきった動きしかしない相手を舞鹿の分まで倒して見せたのだ。

「ありがとうございます目黒さん。なんか、予告しておいて助けてもらっちゃいましたね」
「いえ、いいんですよ。自分の自己満足ですから」
「私が足を引っ張たせいで、ハイスコア、更新されませんね」
「だから何?」
「えっと、私を助けたせいでいい記録が残せなくて、不満じゃないですか?」
(不満だね。俺はシンプルに勝利にこだわるからな。でも、そんなことどうだっていいんですよ。って、口にするのは恥ずかしいな)
「知らんな。記録が更新できないなら更新できるまでやるだけだよ。もう一回やりますか?」
「いえ、怖いので今日はここまでで」

 怖いものは怖いのか。

 仕方ないといえば仕方ないが、黒は舞鹿の軟弱な態度に少しうんざりする。

(うんざりだが、女なんてそんなもんか。気にする必要はない)
 と、黒い思考だったが、舞鹿には親しく接し続ける。
「で、これからどうしますか? せっかく町であったわけですし、午後の紅茶でもしましょうよ」
「いいですね。どこ行きますか?」
「大人の隠れ家的な喫茶店を見つけたんですよ。いつか目黒さんと行きたいと思ってたんです」
「じゃあ、行きましょうか」

 と言うわけで、黒はまんまと舞鹿のラインに誘い出されて、彼女の長い話に付き合わされることになったのだ。

 哀れ黒、お前の未来は明るい。

 その隠れ家的喫茶店に到着して、黒は紅茶を、舞鹿は、

「クリームマシマシサトウダブルチョコレートチョモランマ」
「青枝さん、ここは現実世界ですから呪文を唱えても魔法は発動しませんよ」
「呪文ではありません。立派な注文です」
「甘そう。自分、あんまり甘いもの食べないんで」
「ふーん、硬派ですねえ。甘いものが苦手なんですか?」
「いえ、なんか、甘いものに対するイメージといいますか、おやつって贅沢品って感じがするでしょう? 食べ物で贅沢したくないんですよ」
「太るからですか?」
「いいえ、昔は貧しい生活をしていたので、おいしいものを食べる余裕なし、まずい食べ物でもなんとか生きていける体になってしまったんです」
「そうですか」

 黒はシンプルな紅茶を片手に舞鹿の隣に座った。

 いや、舞鹿が隣に座ってきたのだ。

「目黒さんって、何が楽しくて生きているんですか?」

 いきなりダイレクトな質問だった。

 しかしながら、一緒に仕事をしていれば、薄々気づいてくるであろう内容、感情。

 黒は内心喜んだり悲しんだりしない生き物だ、というのが舞鹿に伝わってしまったのだ。

「楽しくて生きている、いいえ、楽しくて生きているわけではないですよ」
「楽しくないのに生きているんですか?」
「そうですね」
「それって幸せなんですか?」
「俺、人生に幸せって必要ないと思ってますから。だって、生きていくならある程度苦しいことがあって当然でしょう?」
「ふーん。なんだか、家庭内暴力下で育った少年みたいなこと言いますね」
「家庭内暴力ですか」
「だって、そういう幸せをあきらめちゃうのって悲しくないですか?」
「悲しい、か。あんまりそういう感情はないですけどね」
「目黒さんは悲しいとは感じないんですか?」
「感じませんね。鬱になることはありますけど」
「それって不幸せなことじゃないんですか? 誰にだって自分の人生を生きる権利がありますし、楽しいとも悲しいとも感じないなんて、不幸ですよ」
「そうかな? 人生、そんな楽しいものじゃないでしょう? 毎日嫌な仕事ですし、金のために生きる人生ですし、そこまで幸せかどうかは考えなくていいと思いますよ」
「そう……私は楽しんで今の仕事、してますけどね」
「俺は歯を食いしばって今の仕事をしている」
 お互いの価値観のすれ違いだった。
「目黒さん、楽しくないのに、どうして生きてるんですか?」
「死にたいと思っても死ねないからな。生まれた以上は生きるしかない。でもまあ、命はコストパフォーマンスが悪いよ。言ってしまえば、命に嫌われているんだ。そういう中での人生だからね、前向きな人生なんて送れないさ。自分自身それでいいと思ってるし、これからもそうやって生きるつもりだ」
「目黒さんはなりたい自分とかないんですか?」
「そうだな、正義の味方になりたいよ。知ってるか? 昔俺がライフスパイトオンラインでやっていたこと。無課金の弱者を救済しまくっていたじゃないか。あれ、仮想世界だったとしても、仮の姿でも正義の味方になることができたんですよ。自分はそれで満足です」
「さみしい人生ですね」
「さみしいか。そうかもね。仕事に夢を感じれないし、ゲームに逃避するしかない。でも、それでいいんじゃないですか? 最近はゲームで稼げる時代ですし、別にゲームに生きてもいいじゃないですか」

 黒の人生への哲学がこうやって展開された。

 黒は人の一生にあまり大きな期待をしていない。

 逆に舞鹿は、毎日を楽しく生きようと頑張っていた。

 この二人の価値観の違いはどこから生まれてくるのか。

 こういう考えに至った黒には、どんな過去があるのか。

「うつになるような、本当にうつになるような話ですね」
「聞いてきたのはあなたじゃないですか」
「まあ、そうですけど。笑ってしまいますね、みんなを笑顔にするための声優なのに、こんな身近な人でさえも幸せにできないなんて」
「気にするな。俺の幸福感は俺だけのものだ」
 黒のどす黒い人生観を語られて舞鹿は、さきほどのホラーゲーム以上に精神を疲弊させたのだった。
 黒のどす黒い人生観を語られて舞鹿は、さきほどのホラーゲーム以上に精神を疲弊させたのだった。
(落ち込んでるな。俺は自然にそうやって生きてるんだけど、舞鹿さんには厳しい話だったか。聞かれたからって、これからは答えないようにしないとな)
「さっきの話、忘れてください。辛気臭い話なんて」
「忘れたいですね。できれば……でも忘れて、目黒さんはどうなるんですか?」
「知らん、俺の幸福感は俺だけのものだ」
(くそっ、世の中、耐えながら生きている人だらけだろう? お前の頭の中はお花畑だよ、相手にしたくないな)

 メインヒロインに嫌悪という感情を抱くチャットノベルの屑。

 しかしながら、口にはしない。

 黒は今まで生きてきた中で、ああいう幸せな人間が耐えながら生きている人のことを肯定しないとわかっていた。

 話しても無駄、分かり合えない、疲れるだけである。

 それから無理に舞鹿に合わせるよりも、自分自身が不幸でそれを受け入れていることを素直に認めていたほうが、人としては健全だろう。

 精神的に争っても意味はない。

 舞鹿は生クリームだらけの甘ったるい飲み物をスプーンですくいあげると、それにチョコレートを放り込んで食べるのだった。

ストレートの紅茶と、ゴリゴリに生クリームで固められたパフェがお互いの人生の幸福格差を表しているようで、ある意味この場では象徴的な存在だった。
(早く家に帰ってネトゲをやりたいな。こんな現実おさらばして、ネットに逃避したいよ)

 黒よ、逃避というと聞こえが悪いぞよ、お前はネットの世界では無課金を救い続けるヒーローじゃないか。

 架空の世界であっても、お前が立派な人間であることに変わりはない。

 いいや、それは黒の本来の意味で望んでいる人生ではないのだろうか?

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登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

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