乖離光との会話

文字数 4,876文字

 名もない喫茶店でのやり取りの後、黒は相変わらず自分のデスクについた。

 子供が自分の荒れた人生観を語ったところで、子供の理論と相手にされないが、黒はもう大人、等身大の人間が語る価値観を幼いと一蹴することはできない。

 甘えのない言い方をすればそうなる。

 が、黒も人間。

 こんなことを言ってしまって、舞鹿がどんな心境になったのか、なんとなくわかる。

(俺の荒れた人生観、誰に語っても理解されるものかよ。青枝さんには頭のいかれたキチガイ程度には思われたんだろうな)

 中2のバトルジャンキーから卒業できない大きなお友達程度にしか青枝には思われていないのだが、黒はそう思うことにしておいた。

 あれか、大人になっても仮面ライダーから卒業できないおっさんが量産されている時代、黒も珍しいタイプではないのかもしれない。

 しかし、よりにもよって舞鹿に自分の本性をあらわにしてしまった。

(こんなことなら、いわゆるオタクになって美少女キャラクターに萌え萌えしてたほうがよっぽど世間に受け入れられるじゃないか。平和主義が貫かれた現代、俺に居場所はないのか?)
 悲観的になった黒は自動販売機の130円の缶コーヒーを一つ買うと、会社の屋上へ向かった。
(ここなら一人になれる。孤独は……最高の時間だ)

 そうやって一人になって、どうして黒は戦うことが好きなのか、自問自答してみた。

 結論を言えば、社会がもたらしているインフラからの解放だ。

 戦いの世界にはあらゆる人間的感情が存在しない、サポートも存在しない。

 生きるのに不自由な世界であることに間違いはない。

 だが、戦場には自由がある。

 一人で相手と戦っている時、そこには誰も黒を邪魔するやつはいない。

 戦場には絶対的自由があるのだ。

 誰も助けてはくれない、だが自由がある。

 黒はそんな環境が大好きで戦いに身を投じているのだ。

 その時ふと、黒は自分のスマホを見た。

 休憩がてらスマホを見ることは誰でもやることなので不自然な動きではないが、なんとそこには乖離光がハックしたムーンシャインのアイコンがあったのだ。

 そして、そのアイコンから黒に向けて合成音で通話をしてきた。

「辛いか?」
「辛いな。生き方が不器用で、いろんな人に迷惑をかけている。そのくせ、自分の生きたいように生きられない。これがどんなに苦痛なことか」
「シンプルな解決方法がある。なんだと思う?」
「知らんな」
「答えは、そこから飛び降りて死ぬことさ」
 乖離光はそう告げた。
「生きたいように生きられないんだろう? そんな人生に何の価値がある? 人は自由気ままに生きるべきだ。自由に比べたら、命なんて大した価値じゃない」
「そうだな。こんな人生、さっさと終わらせたほうが得なんだろうな」
 黒はそう言って、スマホの画面から目を背けた。
「今、俺のデーターはお前のスマホの中にしか存在しない。wifiを伝ってお前のスマホの中に入らせてもらったが、このデーターを消せば俺も消せる。うるさいことを言うAIを抹殺できるぜ。俺の言うことが気に入らないんだったら、このデバイスを握りつぶしな」
「するかよ、そんなこと」
「そっか。意外と甘いんだな。俺はお前の会社のアカウントを利用してる害悪じゃないか。それが自分から敵陣に飛び込んできてるのに倒さないなんて」
「お前を倒してどうなる? 俺は好きに生きられないままだ。好きに生きられない人生を軽蔑しながら、ずっとこのまま。耐えながら生きことに変わりはない」
「そうだろうな。そんな人生からどうやって抜け出したらいいか、そんなものお前には思いつかないだろうからな」
「いや、思いつかなくてもいいよ。思いつきたくもない」

 変な状況だ。

 乖離光は黒にいつでも殺される状態にいる。

 そんな状況で黒に自死を勧めているのだ。

 乖離光の目的はわからないが、少なくとも黒は乖離光の余裕に苛立っている。

 黒は感情のコントロールがうまいので激怒したりはしないが、そうだな、戸惑ってはいるだろう。

「それで、飛び降りないのか? 楽になれるぞ」
「それもそうだな。だけどな、俺は生きていくうえで一番大切なのは覚悟だと思っている。生きていれば辛いことがある。それで、死ぬのは簡単だ。痛い思いをするけどな。だけど、生きていくうえでの喜びなんて、人生の苦痛に比べたらゴミみたいなもんだ。人間は死んだほうが楽。だけど、苦しくても生きていかなくちゃいけない。そのためには覚悟が必要なんだ」
「ははは、修羅のような生き様を歩むか。だけど、それはお前が教わった生き方だろう? 誰かに教えてもらった生き方だ。あるよな、一切皆苦という言葉が。お前はそれに従って生きているだけのようにも思えるんだがな。俺は他でもない、お前が生きる答えを教えてほしい」
「生きる答えか。さあな、知らんよ」
「まあ、いい。お前が生きていようが生きていまいが、俺は面白い相手と戦えればそれでいいんだ。お前はたまたま遊んでやってるだけの存在に過ぎない。で、次はどうやって戦おうか? 決着をつけようか?」
「すまんね、最近は仕事で忙しいんだ。遊ぶのはまた今度な。LSO2.COMの人たちを受け入れなくちゃいけないし、仕事が山積みなんだ」
「ははは、地味に真面目じゃないか。まあ、そんなところも好きだがね」
「AIに好かれたっていい気分じゃないな」
「意外とツンデレだな」
「いや、本音だが?」
「本音か……お前は変わり者やな。ツンデレとやらの相手をするために人はどれくらい苦しむと思う? 意外と人の心は複雑で、相手に見えていない部分もあるんだ。当然、お前が見えていない部分も存在する」
「は? 何が言いたいわけ? 遠回し過ぎてわかりませんねえ」
「ここで言い合っても無駄だな。さっき俺も気軽に死ねとか言っちゃったし、警戒されてそうだからさ、今夜、酒場で語り合わないか?」
「AIは酔うのか? 俺も酒飲んでもほとんど酔わないんで、なんか敬遠しちゃってるんだよなあ。AIのこと言えないなあ」
「あはははは。忙しいのか。申し訳ないが、俺もこれからライフスパイトの依頼が数件ある。休憩はこのくらいにして、悩める子羊の依頼を解決しないとな」
「そうか」
 乖離光のデーターは黒のスマホから別のところに移る。
(AIごときが偉そうに)

 黒はコーヒーを飲み干して自分のデスクに戻っていく。

 そして、ブラックアイのアカウントにログインして新着メッセージを確認した。

 すると、ホワイトノイズから連絡が来ていた。

「こんにちは、ブラックアイ。あなたが運営の手先だっただなんて。でも、これからも仲良くしてください。私は仕事がないので、レッドエモーションに取り込まれることは歓迎します。といっても、仕事をしながらゲームを遊んでいる人もいるので、全員がレッドエモーションに協力できるか、というと違います。それなので、今回は私だけレッドエモーションの先兵になりたいと思います。それじゃダメですか?」
「いいだろう。どうせ100人だとか来られても会計が面倒なだけ。ホワイトノイズを取り込めただけでも十分な収穫だ。これからもよろしく」
「よろしく、と言いたいところですけどね、私にはあなたが理解できませんよ」
「どういうこと?」
「収穫だとか利益だとか、どうしてそんなものを真っ先に求めるんですか? 言いたいことはわかりますよ。でも、ゲームって楽しいからやるものでしょう? そりゃ生きていくためにはお金が必要ですけど、ブラックアイさんは楽しいからやる、とかそういうのとは無縁なんですか?」
「無縁だね。俺は遊ぶのが好きなんじゃない。勝つのが好きなんだ。それが遊びとは違うってわかってはいるよ」
「いえ、こんなこと言われてもうるさいだけですよね。論ずるに値しない話ですね」
「いや、続けてくれ」

 あれやん、乖離光には反論したくせに、ホワイトノイズには心を開いている。

 所詮黒もツンデレという人種に過ぎないという結論がはっきり見える。

「じゃあ続けますけど、目黒さんは生きていて楽しいんですか? ネトゲも効率を追求していくとつまらないって一番言われていますし」
「恐ろしい話だな」
「そんなに恐ろしいですか? 今どき高校生でも理解する話ですよ」
「大体、俺の名前が目黒だと、どうやって知ったんだ?」
「艶斬姫に聞きました。目黒さんが生きていて辛そうだと、その手の話を聞いたんです」

 そんな話、黒が理解するわけがない。

 黒は所詮戦いを求めるだけの獣。

 そこに人としての感情はない。

 そういう相手に辛いだとか悲しいだとか人としての感情をなぜ教えようとするのだろう?

 人が定義する是非の世界に猛獣は成立しない。

 当然、弱い猛獣なら自分が倒されてしまうので、自分を守るための道徳、善悪は理解する。

 だが黒は強い。

 多少辛くてもそれを乗り越えられてしまう。

 そんな相手をどうやって人に近づけるのか、という話。

 悲しみがない存在は人間になれない。

「それで、目黒さんはもっと楽に生きたくないですか?」
「楽に生きるか。興味ないね。生きることは戦うことだ。それ以外に何がある?」
「いいえ、生きることは戦うだけじゃありません。もっといろんなものが詰まっています。忘れちゃったんですか?」
「ははは、そうかい。戦うだけがすべてじゃないのか。まあ、そうかもしれないな」
「そうかもしれない、じゃなくてそうです。戦って最後には何が残りますか? 現実だって戦争をすれば世界が荒廃していくだけでしょう? 戦えば傷つきますし、ネトゲだって楽しいからできるのであって、過酷な戦いだったらやっていけませんよ」
 目黒はそれでもやっていける、と言おうとしたが、空気を読んでやめておいた。
(甘えればホワイトノイズの言うよな生き方もできるだろうな。俺も甘えるのが下手だからな)

 ホワイトノイズが言っていることが腑に落ちない。

 戦うことだけが生きがいの黒に理解できる話ではない。

「この話、今日はこの辺にしておきましょか」
「待ってくれ。もう少し話させてくれ」
「いいですよ。あなたの気が済むならそれで」
「俺、昔本気で死のうとしていたんだ。生きる意味が見いだせなくてな。でも、何とか思い返して生きている。生きていればいいことがあるって。でも、いざ生きてみれば意味不明な仕事に、お前たちから人生観がおかしいって非難される毎日じゃないか。はっきり言って、生きていてあまりにも辛いよ。どうして、こんなつらい思いをしてまで生きなくちゃいけないのか、俺にはわからん。死んでいたほうがましだった」
「死神みたいなことを言いますね」
「だってな、強い覚悟を持って生きることを選択したのに、どうして俺は今強い覚悟で苦しまなくちゃいけないんだ? 生きたところで希望になんてつながらない、それを確かめてしまったんだ」

 やめろ目黒。

 お前は強かったからなんとか生きられているにすぎない。

 お前が言うところの人生を凡人に味合わせてみろ。

 誰も生き残れなくなる。

「ごめんなさい、その話やめてください。辛すぎます」
「どこにでも転がっていそうなポジティブ思考で悪役を説得できるわけがない。それなら戦いなんて必要ないだろ?」
「ブラックアイは、生きることに絶望したんですか?」
「そうだな。よくそう言われる。だけど違うよ。偽りの希望にすがるよりも、さっさと絶望したほうがまし。そう考えての現在だよ」

 少しの間、沈黙が続く。

 ホワイトノイズがチャット画面上で何かしらの文章を作っていることが表示を通じてわかるが、何を言おうとしているのかはわからない。

「ごめんなさい、今日は落ちます」

 ホワイトノイズから出た言葉は結局それだった。

 黒は生きるのが苦しすぎて、人の考え方を捨てたんだな。

 ホワイトノイズはチャットから退出したが、黒は自分のデスクでうなだれた。

 こうやって自分の本音を言っていけば、誰かが味方してくれる、そう思っていたが、青枝にもホワイトノイズにも受け入れてもらえなかった。

(自分では前向きに生きてるつもりなんだけどな)
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登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

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