乖離光との会話
文字数 4,876文字
名もない喫茶店でのやり取りの後、黒は相変わらず自分のデスクについた。
子供が自分の荒れた人生観を語ったところで、子供の理論と相手にされないが、黒はもう大人、等身大の人間が語る価値観を幼いと一蹴することはできない。
甘えのない言い方をすればそうなる。
が、黒も人間。
こんなことを言ってしまって、舞鹿がどんな心境になったのか、なんとなくわかる。
中2のバトルジャンキーから卒業できない大きなお友達程度にしか青枝には思われていないのだが、黒はそう思うことにしておいた。
あれか、大人になっても仮面ライダーから卒業できないおっさんが量産されている時代、黒も珍しいタイプではないのかもしれない。
しかし、よりにもよって舞鹿に自分の本性をあらわにしてしまった。
そうやって一人になって、どうして黒は戦うことが好きなのか、自問自答してみた。
結論を言えば、社会がもたらしているインフラからの解放だ。
戦いの世界にはあらゆる人間的感情が存在しない、サポートも存在しない。
生きるのに不自由な世界であることに間違いはない。
だが、戦場には自由がある。
一人で相手と戦っている時、そこには誰も黒を邪魔するやつはいない。
戦場には絶対的自由があるのだ。
誰も助けてはくれない、だが自由がある。
黒はそんな環境が大好きで戦いに身を投じているのだ。
その時ふと、黒は自分のスマホを見た。
休憩がてらスマホを見ることは誰でもやることなので不自然な動きではないが、なんとそこには乖離光がハックしたムーンシャインのアイコンがあったのだ。
そして、そのアイコンから黒に向けて合成音で通話をしてきた。
変な状況だ。
乖離光は黒にいつでも殺される状態にいる。
そんな状況で黒に自死を勧めているのだ。
乖離光の目的はわからないが、少なくとも黒は乖離光の余裕に苛立っている。
黒は感情のコントロールがうまいので激怒したりはしないが、そうだな、戸惑ってはいるだろう。
黒はコーヒーを飲み干して自分のデスクに戻っていく。
そして、ブラックアイのアカウントにログインして新着メッセージを確認した。
すると、ホワイトノイズから連絡が来ていた。
あれやん、乖離光には反論したくせに、ホワイトノイズには心を開いている。
所詮黒もツンデレという人種に過ぎないという結論がはっきり見える。
そんな話、黒が理解するわけがない。
黒は所詮戦いを求めるだけの獣。
そこに人としての感情はない。
そういう相手に辛いだとか悲しいだとか人としての感情をなぜ教えようとするのだろう?
人が定義する是非の世界に猛獣は成立しない。
当然、弱い猛獣なら自分が倒されてしまうので、自分を守るための道徳、善悪は理解する。
だが黒は強い。
多少辛くてもそれを乗り越えられてしまう。
そんな相手をどうやって人に近づけるのか、という話。
悲しみがない存在は人間になれない。
ホワイトノイズが言っていることが腑に落ちない。
戦うことだけが生きがいの黒に理解できる話ではない。
やめろ目黒。
お前は強かったからなんとか生きられているにすぎない。
お前が言うところの人生を凡人に味合わせてみろ。
誰も生き残れなくなる。
少しの間、沈黙が続く。
ホワイトノイズがチャット画面上で何かしらの文章を作っていることが表示を通じてわかるが、何を言おうとしているのかはわからない。
ホワイトノイズから出た言葉は結局それだった。
黒は生きるのが苦しすぎて、人の考え方を捨てたんだな。
ホワイトノイズはチャットから退出したが、黒は自分のデスクでうなだれた。
こうやって自分の本音を言っていけば、誰かが味方してくれる、そう思っていたが、青枝にもホワイトノイズにも受け入れてもらえなかった。