死の壁

文字数 5,476文字

 一週間後。
「準備よし、いつでもいいですよ」
「じゃあ、始めようか」

 と、ハイエンドカラーのオペレートがプレイヤーのイヤホンやヘッドホンから響き渡った。

 今日はレッドエモーション主催のレッドエモーションを破壊するイベントの開催日だった。

 企画、原案、目黒。

 そしてさきほどのハイエンドカラーのセリフはムーンシャインだけに流されているものではない。

 LSO2.comのメンバー全員に流されているのだ。

「いよいよですね。これでうまく新規プレイヤーを釣れればいいんですけど」
 ムーンシャインとホワイトノイズ、そして有象無象のプレイヤーたちはそれぞれの武器を携えて、レッドエモーションゲーム内本社ビルの麓に陣取っていた。
「で、作戦目標はレッドエモーションを焼く、ということでいいですね?」
「それで問題ない。今日は無礼講だ、盛大にやろう」
「で、会社のセキュリティ状況はわかりますか?」
「それは私が説明しよう。レッドエモーション本社は防衛用のために砲台を準備している。が、その砲台が破壊されると内部に被害が拡大して、本体ごと落ちる」
「ずさんな設計ですね。ハッキングして自爆させたりできないんですか、ムーンシャインさん」
「無理だな。砲台は急ごしらえだ。ネットワークでつながっているわけじゃない。物理的に破壊するしかないさ」
「砲台は全部で10ある。どうだ? ホワイトノイズはいくつ破壊したい?」
「軽く7つは破壊したいですね」
「大きく出たな。ムーンシャイン、ホワイトノイズより撃破数が少なかった場合、覚悟しておけ」
「いや、さすがに単独で組織的動きにかなうわけないでしょ? LSOの人だけで何人いると思ってるんだよ?」
「無駄口を叩くな。要は手早く破壊すればいい。簡単な話だろう?」
「まあ、爆破は大好きだからな。たくさん破壊できたほうが楽しくはある」
「うわー、怖い人たちの群れに入ってきちゃったかなあ。とりあえず、生き残れればそれでいいかな?」
「さて、イベント開始5分前だ。みんな準備はいいな?」
 ハイエンドカラーが声をかけると、続々とメッセージが送られ、プレイヤーたちが準備を万端にしている旨を伝える。
「で、ムーンシャインさんは今回のイベントの攻略方法をどの程度ご存じですか? どんな敵が現れるのか、知ってるんじゃないですか?」
「そうだね、どうせwikiに掲載される情報だし、教えてやるよ。相手は警備ロボ複数、機能を停止されると破片をまき散らしながら爆発するタイプだ。倒したら、すぐさまその場を離れるんだな」
「警備ロボットってどんな形の奴ですか?」
「そうだね、非戦闘態勢の時は骨格をたたんで丸くなるんだけど、戦闘が始まると機体を展開して、バリアを張りながら発砲してくる」
「自爆兵器にバリアですか。厄介ですね」
「ただ、誰かを生贄にして、ロボットを動けなくさせれば、それで自爆してくれる。犠牲者がある程度でることを前提にすれば、案外簡単に倒せる」
「それ、倫理的にOKなんですかね?」
「そうだな、アバターは中に人がいるわけだし、そういう作戦は取りにくいだろうな」
「ムーンシャインさんは艦これとかで自爆部隊を用意するタイプですか?」
「そうだね。用意するタイプだよ。ユニットはユニットに過ぎないからね」
「鬼畜ですね」
 ここで、イベント開始のアラームが鳴った。
「総員作戦開始! まずは警備ロボットの撃破に集中しろ、レベルが10未満、あるいは装備が整っていないやつは爆破部隊に回れ!」
「それじゃ、俺はドンパチやりに行きますかねえ!」
「私も行きますよ」

 レッドエモーションの本社にレベルの高い戦闘部隊が突入を始めた。

 正面はゲートで閉ざされているが、誰かが警備プログラムをハッキングしてすぐさま扉を開けてしまう。

「突っ込め!」
 数を見積もるにLSO2.comの突入部隊は100人程度。よくこれだけの戦闘部隊を集められたところだ、と感心したいところだが、すぐさまそれを上回る兵力をレッドエモーションは投入させた。
「建物内に複数の機械反応がある。来るぞ」
「こういう時は先手必勝ですね」

 ホワイトノイズは迷わず戦線から飛び出して、ロボットが出てくる前にH&K416に取り付けた榴弾砲の引き金を引いた。

 榴弾砲は飛んで行って、ロボットが出てくるでろうポイントに着弾。

 ロボットのライフは削れ、すぐさま自爆を開始した。

「いいぞ。出てきたところを各個撃破しろ。相手に数を出させるな」
「さて、じゃあ俺もやろうかね」

 ムーンシャインは会社から支給された最高の装備、ロケットランチャーを警備ロボットの群れに向かって発射した。

 その爆風はロボットが展開しつつあるバリアごとその機体を吹き飛ばし、自爆機能ごとその動きを止めた。

「よし、敵は削れている。このまま押し切れ」

 その時だった。

 ロボットの一体が球状のまま10体こちらに転がってくるのだ。

「破壊しろ、自爆部隊だ。レッドエモーションはロボットに自爆させてお前たちを倒すつもりだ!」

 破壊しろ、と言われてもハイエンドカラーは榴弾を撃ち尽くし、ムーンシャインも攻撃力の高い兵器を撃ったばかりなのだ。

 すぐさま次の行動に移れるわけではない。

「やっぱ、ごり押しは厳しいな。戦線を交代する。弾の残ってるやつらを前に出してくれ」
「リロードするから、誰かそれまで支えてください」

 混乱する戦場、吹き荒れる硝煙の香り。

 少なくともムーンシャインはその場から撤退し、戦線から消えた。

 そして、次に姿を現したのはレッドエモーション本社の屋上だった。

 屋上には最低限のバリケードに固められた爆破すべきポイントがあり、そこからビルのふもとのプレイヤーにミサイルが放たれていた。

 デザインが微妙で適当な砲塔が備え付けられただけの簡素な代物だったが、まあ、予算の関係上仕方がないだろう。

 フリー素材で拝むことができるものなのは言うまでもない。

 当然、そこに割り振られた攻撃力はすさまじいものだが、それも接近されてしまえば終わり。

 ムーンシャインはこうやって接近してそれを破壊しようとしている。

「ほう、会社のアクセス権限を利用してこんなところに瞬時にやってきたのか。ずるがしこいじゃないか」
「そりゃ、楽はしたいからね。利用できるものは何でも利用するさ」
「それで、今のところ周囲に敵の反応はないぞ。拍子抜けだが、ここでやってしまうか?」
「そうしよう」

 ムーンシャインはアイテム欄から高性能火薬を選択して使用できる状態にしようとする。

 その動作自体は軽く行えたが、それをハイエンドカラーが止める。

「待て、敵の反応ではないが、近くに誰かいる。確認しろ」
「たぶん敵だな。わかりやすいじゃないか」
 待機して5秒、こいつが現れた。
「やあ、ムーンシャイン。こんな企画を立ち上げるなんて、大胆なことをるじゃないか」

 目の前に現れたのは正体不明のAI 乖離光だった。

 相手の目的が何なのか理解しないままでは話が進まないので、ムーンシャインは軽く質問をする。

「あらあら、誰かと思えばレッドエモーションが作ったAIじゃないか。こんなところで何してるの?」
「いやいや、ちょっとお手伝いをね」
「誰の?」
「レッドエモーションのお手伝いさ。実は今回、プレイヤーの邪魔をしろって依頼されちゃったんだよ、関係を切った会社にね。で、今回はそのお仕事をしに来たってわけ」
「ふーん、それで?」

 乖離光はアイテムから対物ライフルを選択して、無造作にミサイル基地に向けてその1発しかない弾丸を放った。

 ミサイル基地は破壊された。

「お前、新手のお笑い芸人? 今のはボケなのか?」
「違うよ。でも、こうしたほうが面白いだろう?」
「まあ、確かにそうだな」
 乖離光はアイテム欄から拳銃を選択してムーンシャインに向き合う。
「来いよ。相手になってやるからさ。見せてみろ、お前の実力、闘争本能、その生命力のほとばしるさまを!」
「ムーンシャイン、やるしかない! 相手になってやれ!」
「じゃ、いっちょやりましょうかね」

 ムーンシャインもアイテム欄から拳銃を選択して乖離光に向き合った。

 お互いの銃口がお互いに向く中、その距離は少し離れていて正確な射撃は不可能な状態。

 まずはお互い相手の射程の中に入らなければいけない。

 特に拳銃は射程距離が短いし、乖離光の射撃の腕もあまり高くないので近づかなければならないのだ。

 武器がライフルなら長距離でも狙えるが、護身用の拳銃ではそういうわけにはいかない。

「乖離光の所持している武器のバリエーションがわかった。そいつはマグナムの弾6発にナイフ一本、強力な装備だ。おそらくはマグナムで弱らせてナイフで一撃を入れてくるつもりだろう。絶対に弱った状態になるなよ?」
「了解! というかそもそも敵の弾に当たっちゃいけないって、はっきりわかんだね!」
「で、お前にはハンドガンの弾が50発ある。だが、油断だけはするなよ」
(相手はナイフで仕留めてくるんだろう? それを回避すれば安定だろう? 何をそんな難しい話をしているんだ?)
 お互いに狙える距離まで近づき終わる。
「ほう? 撃たないのか? 弾がたくさんあるんだろう? この状況で攻撃しないとか、チキンなわけ、お前?」
「煽りには乗らない、これ常識」
「あー、いるよな、たまに煽るとキれて攻撃してくる馬鹿。テレビゲームに向いてないよね、そういう人」
 ここで乖離光は武器にナイフを選択した。
「なんだよ、撃ってくるんじゃないのか?」
「撃たないよ。こんな近いんだからナイフ攻撃のほうが強いだろう?」
(違うな。相手もマグナムという強力な武器があるとわかっている。ナイフでも銃でも倒すのは視野に入っているはずだ。ナイフを外しても銃が、銃をよけてもナイフが飛んでくる状況、作戦は複数持っているということだ。それを相手に弱い武器で戦うんだから考えて動かないとな)
 乖離光はナイフを構える。
「おそらく、お前はこう考えているだろう。ナイフで仕留められるか、それとも銃で仕留められるかのどちらかと」
「あたり。で、作戦読まれてるけどどうするの?」
「予言するけど、このナイフがお前にとどめを刺すよ」
「ふーん、じゃあマグナムは陽動なわけだ。でも、命中したら痛いしな」
(あれは嘘だな。俺の視線をナイフに固定するための罠だ。本当はマグナムで仕留めるつもり。はっきりわかるんだね)
 でなければ強力な武器を持つ必要がない。
(ナイフの動きは無視だな)
「断言するよ。このナイフがお前のライフをすべて削っていくよ」
「大事なことだから2度言ったのか? 読まれてるぞ?」
 と、ここで乖離光はナイフをその上空に向かって放り投げてしまった。
「手口が青臭いお! 陽動なのが見え見えだお! お前は馬鹿だお!」

 ムーンシャインは乖離光から視線を離さず、その姿を凝視する。

 ナイフの動きを気にして視線を逸らせば、弾丸の餌食になることはわっかっている。

 次どんな攻撃が飛んできてもいいように、微動だにせず、攻撃に備える。

「次にお前はこういう! いてっ! と」

 その時だった。

 突然、ムーンシャインのライフポイントが0になった。

「うわあああああああああああああああ!」
 何が起きたのかさっぱりわからないまま黒のアカウントは元にいたポイントに戻ってしまった。
「あら、ムーンシャインさん、何をしてるんですか? どこかでやられてんですか?」
「え、何が起きたの?」
「それは私が説明しよう。お前は乖離光の宣言通り、ナイフの一撃で倒された」
「え、でも別に接近されてなかったよね?」
「乖離光が投げたナイフがあっただろう? あれが放物線を描いて、お前に命中したんだ。お前は銃で仕留められると思って、ナイフの動きを無視していただろう? それがあだになったんだ」
「やられちゃったんですか。でも、ゲームの命はたくさんありますし、やられたらやられたで気にしすぎるのもよくないですよ」
「ほわあああああああああああああ!」
「で、今回のクエストは完了したのか?」
「そうですね、ムーンシャインさんが向かったミサイル基地が最後、作戦は完璧にうまくいきましたね」
「そうか。悪いな、最後の当り、ムーンシャインのサポートに忙しくてみていられなかった」
 という謎のやり取りはさておき、黒は自分のデスクを立って、会社の自動販売機で売られているレッドブルを買いに行った。
「目黒さん! どこ行くんですか? まだ終わってませんよ」
「ごめん、いろいろあるけど、あとはお願いします」
「そ、そうですか」

 黒は一息つかなければ精神が持たないほど徹底的にショックを味わったのだ。

 それだけ乖離光の作戦はうまくいった。

 イベントはうまくいったが、黒はAIに出し抜かれるという痛々しい醜態をさらしてしまったのだ。

 まあ、最近はAIも難易度を上げていくと無駄に強いので落ち込まなくてもいいと思う。

 ほら、たまにいるだろ?

 一人で勝てば賞金が全額手に入るからって、マッチ戦で友達をAIにするやつ。

 世の中、そういうレベルでCPUが強くなっているので、別に黒は落ち込まなくてもいいんじゃないかな?

 黒が飲んだ飲み物は体に染み渡るが、それは勝利の美酒ではなく、敗者だけが味わう苦汁に過ぎなかった。

 なぜか?

 どこかの誰かが急遽イベントを開催したおかげで、スケジュールがひっくり返って、一部の部署が残業をしたのだろう。

 レッドブルは売り切れて、黒はコーヒーを飲まざるを得なくなったからだ。

 苦いというのは暗喩ではない。

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登場人物紹介

目黒(さっか くろ)

架空の企業、レッドエモーションの広報動画の制作を生業にする。

ライフスパイトオンライン無印の世界において無課金で暴れ回った経歴があり、その腕を買われてバージョン2で働いている。

オンラインゲーム上でもう顔ばれしており、今や企業の手先として人々から認知されている。

が、こそこそと自宅のPCから無課金アカウントを作ってこっそり庶民を応援している。

通称、メグロ

青枝舞鹿(あおえ まいか)

職業 声優

温厚で情に厚い性格ではあるが、ネトゲ空間では冷酷で厳しいキャラクターを演じている。

ネトゲ上では黒のアカウントのサポートを行っている。

担当するキャラクター ハイエンドカラー


あと、裏の顔いっぱーい!

勢力 レッドエモーション


ライフスパイトオンライン2を運営する企業。

かつて無課金が多すぎ壊滅的な打撃を被ったが、なりふり構わぬ人事戦略によって業績を回復している。

資本元のワールドエコノミカカンパニーの完全子会社だが、親会社への忠誠心は薄く、人事戦略の穴が水面下で拡大している。

ムーンシャイン

中の人 黒

黒のライフスパイトオンライン内でのアバター。

プレイヤーからは照月、月社員との愛称をつけられている。


資本元のワールドエコノミクスカンパニーに従い、ライフスパイトオンライン2の世界に仇名すプレイヤーを削除している。

会社の所有物なので仕事を選ぶことが出来ず、中の人がやりたくない仕事まで任される。

ハイエンドカラー

ムーンシャインのアカウントのオペレーター

中の人 舞鹿


成果に忠実。鬼畜。

冷酷な補助役として君臨しており、プレイヤーに恐れられている。

乖離光


ワールドエコノミカカンパニーが生み出したAI

ライフスパイトオンライン2の世界で少しずつ頭角を現しているが、今のところめぼしい戦果はない。

現実世界の人間の憂さ晴らしにゲームが使われていることを否定しており、誰も憎しみ合わない理想の世界を実現しようとしている。

自分の意志で動かすことが出来る肉体を探しており、黒の活動に目を配っている。

ブラックアイ

中の人 目黒


黒の無課金アカウント。

無課金プレイヤーのために活動している。

過去作、ライフスパイトオンラインの世界を無課金で救済し、金の流れを徹底的に断ち、運営からは、金を払え! 振り込め! まともなタグが欲しいなら課金しろ! などのタグがつけられ散々だった。


ふとしたきっかけで2の世界にも降り立っており、現在も活動を続けている。


無課金なので当然アイコンはダサい。

自立型戦闘補助艶斬姫

中の人 不明


黒が昔自分のゲームをサポートするために作り出したAI。

なぜか2の世界にもいて、ブラックアイの活動を支えてくれている。

(黒は2の世界で艶斬姫に何もしていない! 誓って言う、何もしていない!)

が、誰かに利用されて使われ続けているんだろうな……

いったい誰がそんなことを……

ホワイトノイズ

中の人 不明


ゲームコミュニティ『LSO2.com』(life spite online 2)の切り札。

残念なことに無課金なので、登場してすぐにゲームのガンとしてムーンシャインに消されることに。


中の人はライフスパイトオンライン2の情報発信で食べており、本人をこのアカウントから削除することは、社会的殺害そのものであり、手を下した奴の罪は重い……

LSO2.com(ライフスパイトオンライン2ドットコム)

課金者向け優遇コンテンツを批判する世界の最大勢力。

来る者は拒まず、という姿勢から競争に敗れた輩が流入するだけのコミュニティになっており、「無課金でも楽しい! 無課金だから楽しい!」という前時代に創設した理念はすでに形骸化している。


ブラックアイとホワイトノイズはこのコミュニティで発生する報酬で生計を立てている。

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