第11話 幼女vs王女

文字数 3,272文字


「つまり、ラシュアーニ姫はアゾールトと恋仲なのじゃな?」
「違うわよ。なんでこんな貧弱ロリキュバスと。むしろミツルが情人なんじゃないの?」
「天地神明に誓ってありえぬな。こんなマゾヒストと」

 美鶴とラシュアーニが、俺を巡って牽制し合っている。
 モテる男はつらいぜ。
 ふ、と、笑ってみせる。

「アゾールトや。ちょっとそこの窓を開けるが良い」
「そして飛び降りなさい。翼を封印して」
「死んでしまうだろうが!」

 俺の事務所は高層ビルの一角だ。具体的には二十七階である。
 そんなところから落としたら、スイカみたいにはぜ割れちゃうって。さすがに。
 まったく。ふたりともツンデレなんだから。

「よし。殺そう」
「手伝うぞい」

 表情を消して立ち上がるのはやめたまえ。きみたち。
 あと、息をするように内心を読むのもやめてください。お願いします。

「で、三億円というのはなんなんじゃ? 黒い金かの?」
「黒くはないわよ。べつに白くもないんだけどね」

 美鶴の問いに肩をすくめ、ラシュアーニが説明を始めた。

 彼女は日本で会社を経営している。
 エステティックサロンとか、女性の美に関する会社なのだというけど、俺も詳しいことは知らない。
 そして業績は凄まじくて、俺の探偵事務所なんて鼻くそレベルだろってくらいの利益を上げているらしい。

「で、儲かりすぎるのも問題なのよ。従業員にも還元してるんだけどね」

 配りきれない部分がどうしても出てくる。
 そういう金を、顧問料の名目で俺に渡しているのだ。

 ぶっちゃけ、我が北斗探偵社の収益の大半は、この顧問料である。
 探偵としての仕事だけなら、年商は二千万円ちょっとくらいだ。

「それでもたいした稼ぎではあるがの。なぜアゾールトに?」

 小首をかしげる美鶴。

「顧問、なんて肩書きを付けられそうな仕事をしてるのがアゾールトくらいだからね。まさかテグルトに頼むわけにいかないもの」

 ホストクラブを経営してるカリスマホストが、なんの顧問になるって話だ。
 まあ、インキュバスにしてもサキュバスにしても、基本的には夜の仕事を選択することが多いんだ。

 これは仕方ない。
 そういう特性だからね。

 会社をやってる、なんて物好きは、俺もラシュアーニくらいしか知らない。
 あとは、一応俺も会社経営ってことになるか。
 探偵なんてヤクザの一歩手前だろ、なんていわれることもあるけどね。

「こんなのに顧問料を三億も支払ったら、それはそれで怪しいとおもうのじゃがな」
「書類がきちんとしてさえいれば税務署は疑わないわよ。怪しい部分かあるからつっこまれるだけ」

 ふふんと笑う姫。

 夜魔が人間の会社を経営しようとすると、どうしても金が余ってしまうのである。
 というのも、俺たちには本来金なんて必要ないから。

 食事は精気だし、家だっていらないし、変身魔法を使えば服もいらない。
 俺は自家用車と社用車を持ってるけれど、ホントだったらこれもいらないんだよね。
 転移魔法を使えば使えば一瞬で移動完了なんだから。

 だから従業員に還元したり、価格を抑えたりするんだけど、これにだって限界がある。
 競合他社との兼ね合いがあるからだ。

 あんまりにも従業員の待遇に差があったり、低価格すぎたりすると、業界全体の寿命を縮めてしまうんだそうだ。
 俺は経済には詳しくないんだけど、みんなで繁栄ってのが望ましいらしい。

 一社だけが突出しちゃうと、他社はついて行けずに潰れてしまう。
 結果、客の選択肢が減り、飽きられるのも早くなるんだってさ。
 よく判らない話だよね。

「それで、バランスを取るためにアゾールトに金を処理させている、というわけかの」
「そうそう。そのためにヒルズに事務所とかマンションとか用意してね」

 けらけらと笑う二人。
 俺をツマミにして盛り上がるのは、どうかと思うんですよ。

 ともあれ、マンションも事務所も用意してくれたのはラシュアーニだってのは事実だ。
 会社の防犯顧問になるような探偵だから、それなりの格式が必要ってことらしいけど、金の使い道に困っていたってのも間違いないだろう。

「アゾールトが無駄に金持ちな理由が、やっとわかったのう」
「セレブが似合うガラじゃないもんね。そういうカラクリだったのよ」
「とりあえず、ひどいことを言われてるのだけは判ります」

 きゃいきゃいと騒ぐ。
 美鶴は、あっという間にラシュアーニと仲良くなってしまった。
 恐るべき幼女である。





「それにしても、八十四歳にはまったく見えないわね」
「もう少し若く見えるじゃろ?」

 話は美鶴の年齢に及んでいる。
 消滅寸前だった俺の前に現れた救世主だから、同族としてラシュアーニも深く感謝を捧げた。

 美鶴はすこし驚いたようである。
 人間族だからね。
 俺たち夜魔の価値観には、ちょっと違和感を覚えるのだろう。

 同族というだけで慈しむし、同族を利用するような真似はしないし、同族をけっして裏切らない。
 夜魔同士で戦争とか、百パーセントあり得ないといっても言いすぎじゃないだろう。

 人間とは反対に。

「同族を実験体にするなんて、ちょっと私には理解できないんだけど、それでもそのおかげでアゾールトは助かったわけだから。日本軍さまさまってところかしら」
「わしとしては奴らに感謝する気にはなれぬがの。しかしアゾールトと出会ったおかげで、悠久の時を生きる孤独から解放されたのは事実じゃよ」

 ともに生きる者があれば、永遠というのも悪くないと笑う。

 普通に考えた場合、人間族の八十四歳というのは人生終盤だ。
 知己がどんどん死んでいってしまう年齢である。
 生きるということは、自分以外のものの氏を見続けるということだから。それが永遠に続くとなれば、美鶴でなくても嫌気がさすだろう。

 けど、俺たち夜魔は長命種。
 千年やそこらは余裕で生きる。

「パートナーとしては最高だよな」
「パートナーではないぞ。そなたが一方的に寄生しているだけじゃ。パラサイト・ロリキュバスじゃな」

「ひどい! 生活の面倒を見てるし給料だって出してるじゃないか!」
「めしはわしが作っておるし、金の出所はラシュアーニだと判った。そなたはべつに役立っていないではないか。マゾールト」
「マゾちゃうし!」

 がーがーと苦情を申し立てるが、美鶴はどこ吹く風だ。
 ほんっとね、適当なニックネームを安易に使わないでほしいんだ。
 ロリコンとかマゾールトとか。
 定着しちゃったらどうするんだよ。

「夫婦漫才に挟まるのは気が引けるんだけどさ」

 などと言いながら、ラシュアーニが会話に加わってくる。

「誰が夫婦じゃ。誰が」
「……夫婦」

 ちょっともじもじしちゃう。

「そなたも。照れるとかではなくて」

 幼女のこめかみがぴくぴく動いた。
 あ、怒ってらっしゃる。

 怒りの精気が流れ込んでくる。
 美味。美味だけど、俺的にはやっぱり愛欲の精気の方が良いかな。

「ちょっと仕事を頼みたいのよね」

 俺たちの様子にかまうことなくラシュアーニが話を続ける。

 まったく相手にされないというのも、ちょっと寂しいものがあるなぁ。つっこんでー、つっこんでー。
 いや、その舌打ちをしたそうな顔でなくて、できれば言葉でのツッコミがいいっす。

「仕事とな?」
「私の会社で、ちょっとした事件が起こってるのよね。しょーもない盗難とかなんだけど」
「それをわしらに解決せよと? 警察の仕事ではないかの?」
「あんまり大事にしたくないのよ。判るでしょ?」

 美鶴とラシュアーニが話を進めてゆく。
 俺を置き去りにして。
 探偵は俺なのに。
 でもこういう扱い、嫌いじゃないぜ。

「邪魔しかしないなら外に放り出すぞい。アゾールトや」

 にやっと笑ったら、エスパー美鶴に睨まれました。

「ていうか監視カメラでも仕掛ければいいじゃねーか。人力で調べなくても」

 しかたなくまともな意見を述べる。

「そんな簡単な話だったら、わざわざ猫探し屋になんかこないわよ」

 は、と鼻で笑われました。

「少しは考えて発言することじゃな」

 美鶴にも苦笑されてるし。
 あれぇ? おっかしいなあ。
 こんなはずじゃなかったんだけど。
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登場人物紹介

インキュバスのアゾールト。

初潮前の幼女からしか精気を吸収できないため、ロリキュバスと呼ばれる。

日本名は北斗。

美鶴。

見た目は七才くらいの幼女だが、じつは八十四才。

旧日本軍に身体をいじられ、歳を取らなくなってしまった。

ロリババアを自称している。

ラシュアーニ。

夜魔族の第三王女。サキュバス。

アゾールトとは乳姉弟のため何かと世話を焼いてくれる。

美咲。

女子大生。美鶴の兄の曾孫。戸籍上は美鶴の妹。

たいへんに良質な精気の持ち主。

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