第13話 誰がジャーマネだ!

文字数 3,306文字


 カフェテリアの厨房を借りて、美鶴が罠に使う料理を作っている。
 贅沢に、和牛を使ったステーキだ。

 あ、身長が低くてコンロまで届かないから、借りた台に乗ってね。
 このへんは家にいるときと一緒。

 そして厨房スタッフが、顔をとろけさせている。
 そりゃあ七歳くらいのゴスロリ幼女が、一生懸命に料理を作ってるんだもの。顔だって緩みますよ。

 そうこうしているうちに、美咲が戻ってきた。
 なぜかエステのスタッフとともに。

「お? サリアーニとミスルアーニじゃないか? お前らが施術してたのか」

 見知った顔だった。
 どっちもサキュバス。同族である。
 ユニフォームの胸には、それぞれ日本名が書かれたバッジを付けていた。

「ロリキュバス。ちょっとこっちきて」

 そして手を挙げて挨拶した俺を、挨拶を返すことなくカフェテリアの隅っこに引っ張っていく。
 なんだなんだ?

 あと、ロリキュバスっていうな。

「ちょっとあんた。ミサキの精気みてないの? 知らなかったの? バカなの? ロリなの?」

 ぐいっと顔を近づけて問い詰めてくる。
 てめえこのやろう。ケンカなら買うぞ。表でろ。

「ちょっとサリ。落ち着いて。マゾールトびっくりしてるよ」

 どうどう、と、ミスルアーニがたしなめる。
 ふざけんな。
 誰がマゾだこのやろう。

「つーか、なんなのよ? おまえら」

 しかし、俺は大人のインキュバスだ。三十も年下の小娘ごときに激昂したりしないのである。

 殴り合いになったら負けちゃうからじゃないよ?
 ホントだよ?

「だから、ミサキの精気よ」
「極上だってんなら、そんな話は聞きたくねーよ? 俺死にかけたんだから」

 サリアーニに嫌な顔を向ける。
 肩を貸してもらっていたときだ。発散された美咲の精気をもろに浴びてしまい、気分的には全身大やけどって感じになったのだ。
 本気で死ぬかと思ったわ。

「極上なんてレベルじゃないのよ。伝説級といっても過言じゃないわ」

 訂正するミスルアーニ。
 そーいえば、おらえら二人とも肌がつやっつやしてるね。
 エステを受けた美咲と変わんないくらい、ぷりっぷりに潤ってるじゃねーか。

「全身マッサージしてるときに発散された精気を吸収したんだけどね。あまりにレベルが高すぎて気絶しちゃうかと思った」

 うっとりとするサリアーニとこくこく頷くミスルアーニだ。

「へー、そーですか」

 そして俺は、無反動砲ならぬ無感動砲って感じである。

 関係ないもん。
 吸収したら死んじゃうし。
 浴びただけでも大ダメージだし。

「それでね? アゾールト。ミサキに定期的に通ってもらえたらなーって」

 おねだりポーズでサリアーニが身体をくねらせる。

「それを俺に言ってどうするんだよ。本人に言え。本人に」

 思わず仏頂面をしちゃうよ。
 俺はあいつの所有者でもなければ恋人でもでもない。まして雇用主ですらないのである。

 雇用してるのは美鶴だけで、美咲は勝手についてきてるだけ。
 ぶっちゃけただのおまけだ。
 どのように身を処そうが、知ったこっちゃないのである。

「え? 本人に言ったら、ジャーマネに話を通してくれって言われたんだけど」
「……OK。ちょっと待っててくれ」

 きょとんとするサリアーニとミスルアーニを手で制し、俺は美鶴と談笑している美咲へと歩み寄った。
 そして、ごっちんとゲンコツだ。

「いった!? なんすんのよっ! ホクトくん!」
「誰がマネージャーだこのやろうっ!」

 家に無料で住まわせてやってる家主を、言うに事欠いてマネージャーとか。
 盗人猛々しいとはまさにこのことだ。
 いくら温厚な俺だって、怒っちゃうのである。

「仕方ないじゃん! 通うお金なんかないんだから!」

 美咲が怒鳴り返してくる。
 怒りの精気が、びりっびりと肌を刺す。

 やばい。
 このまま浴び続けたら大ダメージである。
 俺は作戦を変更する必要性を感じた。

「断る口実にしたって、もうちょっと他にあるだろ」

 口調を柔らかく、怒るというよりたしなめるようなものにする。

「私だって断りたくないけどさ。こんな気持ちいいこと。だからって、貧乏だから無理ですなんていうの恥ずかしいじゃん」

 いやあ。
 貧乏人じゃなくても、一回十万なにがしのエステなんて、そうそう受けられないと思うぞ。

 セレブ御用達のコースを味わったことで、自分がつくづく庶民であると再認識してしまったってところかな?
 けど、そいつは筋違いってもんだろう。

「ていうか、なに言ってんのおまえ? こいつらがきて欲しいって言ってんだから、料金は相手持ちに決まってるだろ。むしろバイト代をもらっても良いくらいだぞ」

 一般的な意味での「またきてくださいねー」ではないのである。

 この会社に所属しているサキュバスが、美咲の精気を食べたがっているのだ。
 なんで、無料(ただ)で食わせてやらないといけないんだって話。

 俺は美鶴から精気を分けてもらうために、けっこーう金を使ってるよ? 気だって使ってるよ?
 精気をもらった上にお金までもらおうなんて、そんな虫のいい話は転がっていないのである。

「いやいや。ホクトくん。なんか私怨こもってない?」
「こもってないもん」

 普通に人間から精気をももらえるくせに、極上の精気にありつこうなんて生意気すぎる。絶対に許せない。なんて思ってないもん。

「そなたは小学生か」

 しらっとした目で俺と美咲のやりとりを眺めていた美鶴が、ぼそっと言い放った。
 呆れるを通り越して、哀れんだような目である。
 嫌いじゃないぜ。
 その視線。

「ていうかさ。私って女だよ?」
「みりゃ判るよ。なに言ってんだ? おまえは」

 唐突におかしなことをいう美咲である。

「サキュバスが私の精気を吸うって、おかしくない?」
「ああ、そういうことか。べつに異性のものじゃないと吸収できないなんてことはねーよ」

 かいつまんで説明してやる。

 べつに精気であればなんだって良いのである。
 異性のものの方が美味しく感じるってだけで、吸収したら食あたりを起こして吐いちゃうなんてことは、俺以外には起きない。

 男のものだろうと女のものだろうと、精気は精気なのだ。
 栄養的には。

「ただまあ、同性のを好んで吸ってると変態みたいにいわれちまうのは事実だけどな」
「そなたがロリロリいわれるのと一緒じゃな」
「ろろろろりちゃうわっ!」

 余計な茶々を入れる美鶴に、雑なツッコミを入れておく。

「つまり、変態と呼ばれるのも厭わないくらい、美咲の精気が極上だってことなんだろうよ。ミスルアーニは伝説級とかいってな」
「ミスル……? ああ、アイさんのこと?」

 首をかしげかけたが、俺が指さしたのを見て納得する美咲。こいつには日本名の方が馴染みやすいんだろうな。美鶴は気にせずに本名で呼ぶのに。
 指をさされたのに気づき、サリアーニとミスルアーニが近づいてきた。
 べつにこなくて良いんだけどな。

「話はついた? マネージャーさん」
「いっとくけど俺は家主であって、マネージャーじゃないからな? けどまあ、金銭的な話で折り合いはつくと思うぞ」
「きっちりマネージメントしてんじゃん」

 うろんげな顔をするサリアーニだった。
 うっさいわ。

「一回遊びに来るごとに報酬は二十万円。回数は月に二回まで。サキュバスは二人まで。こんなところじゃねーかな」
「ちょっとホクトくん……ボリすぎじゃ……?」

 つんつんと背中をつつく美咲。
 女子大生の彼女にとっては二十万円というのは大変に大きなお金だ。それが月に二回となると四十万円。そのへんのサラリーマンの月収より高い。

「わしの給料より上じゃの」
「たぶんそれで限度なんだ。あんまり頻繁に精気を吸われすぎたら、美咲の方がまいっちまうからな」

 まあ、彼女の精気の量を考えれば倍の回数でも平気だろうけど、それでも吸われすぎは良くないし。
 健康第一だ。
 仕事のために健康を害するなんて本末転倒も良いところ。
 無理のない範囲で、というのが肝要なのである。

「のう。アゾールトや」
「どうした? 美鶴」
「そなたの考えも、やってることも、マネージャーそのものじゃぞ?」

 ぽむぽむと俺の腰のあたりを幼女が叩き、残り三人の女どもが大きく頷いた。
 まじで!?
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登場人物紹介

インキュバスのアゾールト。

初潮前の幼女からしか精気を吸収できないため、ロリキュバスと呼ばれる。

日本名は北斗。

美鶴。

見た目は七才くらいの幼女だが、じつは八十四才。

旧日本軍に身体をいじられ、歳を取らなくなってしまった。

ロリババアを自称している。

ラシュアーニ。

夜魔族の第三王女。サキュバス。

アゾールトとは乳姉弟のため何かと世話を焼いてくれる。

美咲。

女子大生。美鶴の兄の曾孫。戸籍上は美鶴の妹。

たいへんに良質な精気の持ち主。

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