第14話 犯人は猫!
文字数 3,257文字
社長であるラシュアーニの裁可を得るために、サリアーニとミスルアーニが去ってゆく。
当たり前の話なんだけど、こういうのって勝手に話を進めるからトラブルになるのである。
「まったく。あいつらのせいで何をやってたのか忘れちまうところだった」
謎の怪盗を捕まえるための仕掛け作りだ。
美咲の精気なんか、ぶっちゃけどうでも良いのである。
「ちょっとホクトくん。私の扱い悪すぎない?」
「だって美咲の精気なんて、吸収できねーし。俺」
「あんたは食欲でしか女を見れねーのか」
「性欲的な目で見る方が問題だろうが」
「そなたら、邪魔しかしないなら外に出ておれ」
きゃいきゃい騒いでいると、美鶴に怒られました。
実際問題として、美咲の精気を与える件については後回しでかまわないのである。緊急性が低いからね。
しかし、窃盗犯の方はそうもいかない。
「最初の盗難から十日以上じゃ、ここまで盗みに終始していることに鑑みても、人を襲うとは考えにくい。じゃが」
美鶴は言葉を切り、俺と美咲が頷いた。
過去は必ずしも未来を約束しない。
いままで大丈夫だったからといって、これからも大丈夫とは限らないのだ。
わかりやすい例だと、世界自然遺産である北海道の
生息しているヒグマに餌をあげたり、近づいて撮影している人がいる。まだ被害は出ていないようだが、ぶっちゃけた話、いつ襲われても不思議じゃない。
ぜんぜん大丈夫じゃないのである。
それと同じだ。
窃盗犯は人妖だと思われるし、追いつめられたら何をするか判らない。
あるいは、人間なんてちょろいぜって舐めきって襲いかかってくる可能性もある。
「ゆえに、とっとと捕まえる手なのじゃが」
とん、と、美鶴がテーブルに皿を置く。
美味そうに焼けた分厚いステーキが乗ってるやつだ。
もう、匂いまでご馳走って感じである。
「おおおっ! 美味しそうっ!」
「そなたの分ではないぞ。美咲」
よだれを垂らしそうな曾姪孫に、おばあちゃんが苦笑した。
和牛のサーロインステーキだってさ。
こんな食えるなら、俺だって捕まりたいわ。
「エサが美味いほど魚も食いつきやすかろう。名付けて、海老で鯛を釣る作戦じゃ」
ふふーんと胸を反らすけどさ、たぶんそれ用法まちがってるぞ。
高級なエサの方が高級魚が釣れるって意味じゃなくて、ちいさな元手で大ききな利益を得るって意味なんだ。
今でこそエビはけっこう高いけど、昔は安かったんだろうねぇ。
ステーキが乗った皿を冷蔵庫に収納し、俺たちはカフェテリアをあとにする。
せっかく美味そうに焼けたのに、わざわざ冷蔵庫に入れちゃうことを惜しむ声もあったが、こればかりは仕方ないね。
罠だからね。
もともとは置き菓子程度だったものが厨房の食材を狙うようになった。
これは次第に大胆になってきているのか。それとも、ちゃんとした食事を求めているのか。
「食堂は出入り口が一つしかないからのう。入ってさえしまえば袋のネズミじゃよ」
くっくっくっ、と美鶴が笑う。
悪役もかくやってくらい大変に邪悪な笑いだが、迫力はゼロだ。
めんこいだけである。
「夜まで待つ感じかな?」
近くの会議室に陣取り、気配読みに神経を尖らせる。
獣人族ほどではないけれど、俺たち夜魔だって多少は読めるのだ。
ていうか人間の感覚が鈍すぎるって言い方もできる。
集団を形成し、街をつくり、文明を発展させてきた彼らは、多くの便利なものを手に入れた代わりに、生き物としての原初のチカラを失ってしまった。
肉体の能力のみで戦ったら中型犬に負けるかもってレベルは、滑稽を通り越して悲哀すら誘うけどね。
「あ、いや。そこまでしなくても良さそうだ」
小さく呟き、俺は唇に人差し指を当てた。
もちろん美鶴と美咲に、声を出さないように指示するためだ。
カフェテリアから完全に人が消えて、三十分も経ってない。
どんだけこらえ性がないんだって話だけど、それだけ飢えてるのかもかもね。
気配は、迷うことなく一直線にカフェテリアを目指している。
それなりに警戒はしているようだが、足音も完全には消せてないし、ぶっちゃけ隙だらけだ。
細ーく会議室のドアを開けて確認すると、ちょうど人影がカフェテリアに消えたところだった。
俺は女性陣に目配せして、するりと廊下へと滑り出る。
完全に気配を消し、足音も消して。
にもかかわらず、美鶴たちはふっつーに後ろをついてきやがった。
とことこととって感じで。
台無し。俺の隠密行動スタイル、台無し。
察知されて逃げられなかったのは奇跡だよ。ホントに。
そーっとカフェテリアの扉を開ける。
音を立てないように、細心の注意を払って。
……いた。
厨房から音が聞こえる。
素早く食堂内に侵入して、逃がさないように鍵を閉めた。
相手はまだ気づかないのか、もっしゃもっしゃと咀嚼音だけが聞こえてくる。
ステーキだけじゃなくてご飯も置いておいたから、それも食べてるんだろう。
贅沢なやつめ。
美鶴の作った食事は、お母ちゃんの愛で精気の含まれているスグレモノなんだぞ。
ホントだったら、盗っ人ごときが食べられるものではないのだ。
そろりそろりと近づいてゆく。
「ふぐぅっ!?」
と、突然の悲鳴。
ガシャンと皿の落ちる音。
「いかん! 喉に詰まらせおった!」
「アホですか!」
美鶴の言葉に慌てて飛び出せば、厨房の床を喉をおさえた子供が転げ回っている。
頭には猫耳、おしりには尻尾。
「
駆け寄って抱きかかえ、ぼすぼすと背中を叩く。
その間にも美鶴がコップに水を汲み、子供に飲ませてやった。
両手の指からは人猫の武器である、ショートソードのように鋭い爪が伸びていたが、それを振るう余裕はないようだ。
「落ち着いて。ゆっくり飲むが良い」
片手で水を飲ませ、片手で頭を撫でてやる。
ようやく喉に詰まった肉を飲み下せたのか、子供が落ち着いてきた。
年の頃なら美鶴より下くらい。服装はエステの施術着をまとっている。つまり、下半身裸だ。
うん。女の子だね。
「苦しかったのう。大丈夫かや」
コップを置き、美鶴が人猫を抱きしめる。
安心したように爪が引っ込み、子供も美鶴を抱き返した。
「まま……まま……」
と。
「この局面でもお母ちゃんモードが発動したな」
「さすがだわ。おばあちゃん」
感心しちゃうよ。
文字通りの意味での泥棒猫をあっという間に懐柔しちゃった。
「そなたら。聞こえておるからな」
苦笑した美鶴が、服とちゃんとした食事を持ってくるように指示する。
『アイアイサー』
声を揃え、俺と美咲はすぐに行動に移った。
美鶴に懐いたのはいいとしても、この猫娘の衰弱は端で見ていても判るくらいだったから。
ビルの中に隠れ、盗んだ菓子や弁当などで食いつないでいたのだろう。
さすがに哀れでもあるし、希少な猫人を死なせるわけにはいかないって事情もある。
もうほとんど残っていないはずだ。
ていうか、ぶっちゃけ絶滅したと思ってたよ。俺は。
一九三〇年代から四〇年代に、むちゃくちゃ乱獲されたからなあ。
美咲が食事を用意している間に、俺は責任者のラシュアーニを呼びに行く。
最悪、魔界で保護する必要があるからね。
そして、姫様と二人で服を抱えて戻ったとき、猫娘は眠っていた。
幼女の膝枕に頭を乗せ、身体を丸めて。
「ずっと緊張していたのであろうな。美咲が用意したミルク粥を食べたら、こてんとこのありさまじゃよ」
さわさわと背のあたりを撫でながら美鶴が微笑する。
まさに慈母って感じ。見た目は幼女だけど。
「それにしても、どこからこんな珍しいものが……?」
ラシュアーニが首をかしげる。
当然の疑念だろう。
微笑していた美鶴が表情を険しくして、少女の髪をとかしあげる。
「これを見るが良い。二人とも」
露わになった首筋には、数字が刻印されていた。おそらくはレーザー刺青で。
ぎり、という音は、隣に立つラシュアーニが奥歯を噛みしめたもの。
「人間どもめ……」