第28話 襲撃 A GOGO
文字数 3,204文字
すげー屋敷だった。
ラシュアーニの屋敷と比べても遜色ないくらいだけど、あっちは洋風建築なのに対して、多賀谷陸将の屋敷は和風建築だ。
高級旅館か料亭かって雰囲気で、庭もものすごく広い。
「自衛官というのは、ずいぶんと儲かる仕事なんじゃの」
美鶴が皮肉を飛ばす。
陸将ともなれば幹部自衛官だ。高給を食んでいることは間違いないだろうが、こんなに豪壮な屋敷を建てられるほどもらってるわけもない。
となれば、もともと金持ちなのか他に収入源があるのか、どっちかだろう。
「間違いなく悪いことをしているじゃろ」
「なにその小市民的な偏見」
「金持ちというのは、悪いことをしているから金持ちになれるのじゃ」
「そんな馬鹿な」
さすがに苦笑しか出ないぞ。それは。
まあ、昔からある庶民感覚ではあるけどね。
自分はこんなに頑張って働いているのに金はたまらない。なのに、たいして働いてないあいつらはなんで金持ちなんだ。きっと悪いことをしているに違いない。
というやつだ。
本気でそう思っているというより、たんなる嫉妬から出た悪態の類いである。
ところが、こういうのって簡単に伝播しちゃうのだ。
で、いつの間にか、金持ちというのは悪いやつらだ、というのが一般認識になっていく。
そして金持ちは金持ちであるというだけで憎まれるようになるというわけだ。
最初に言い出したやつは、そのバカ騒ぎを見ながら、大衆ってのは低脳ばっかりだと鼻で笑う。
心がチタルム川で洗われるような故事だね。
あ、世界で最も汚いっていわれてる、インドネシアにある川のことね。チタルムってのは。
「金持ちの多くは不正なんかしてないさ。商才と努力によって現在の地位を築いた人がほとんどだよ」
「では、こやつもそのほとんどに入ると?」
ふんと鼻で笑う美鶴。
多賀谷陸将とやらが現在の地位と財産をどのようにして築いたのか、それを知る立場に俺たちはいない。
けど、エセ獣人を生み出すプロジェクトに噛んでいるなら、まともな方法とはお世辞にもいえないだろう。
「おなごが特殊論を語っているときには、素直に頷くのが良い男というものじゃよ。アゾールトや。したり顔で一般論を唱えてくれなくとも、ちゃんと判っておるでの」
「これは失礼をば、いたしました。お嬢様。以後きをつけます」
「うむ」
くだらないやりとりをしながら門をくぐる。
呼び鈴などは押さない。
来意を告げるような用件でもないしね。
あ、門扉にはもちろん鍵がかかっていたけど、普通に蹴破りました。
余裕で不法侵入です。
邸内から、わらわらと人が現れる。
いや、人でいいのかな? エセ獣人だね。昨日死んだ連中で全部じゃなかったんだ。
「むしろこちらが正規兵だ。施設にいた実験体と一緒にされては困るな」
俺の意外そうな顔色を読んだのか、ひときわ大きなエセ獣人がにやりと笑う。
なるほどね。
実験体だからこそ、足立は簡単に切り捨てることができたってことか。
いくら俺に魅了されているといっても、あそこまで簡単に処分したことに疑問を持つべきだった。
「貴重な情報をありがとう。ところであなたは?」
「……親玉の顔も知らずに乗り込んできたのか?」
「おおう」
ぽんと俺は手を拍つ。
どうやらこのエセ獣人が多賀谷陸将らしい。
なんの盛り上がりもないまま、ボスキャラ登場である。
「ふざけおって……道化が……」
「いやいや。一人捕まえれば、あなたのところまで案内してもらえるからさ。けっして舐めていたわけではないんだよ?」
なんだか怒ってるっぽいので、一応は言い訳してみる。
不幸な誤解は争いを生むだけだからね。
「かかれ!」
一顧だにせず、多賀谷が部下たちに号令を出した。
迫ってくる二十名ほどのエセ獣人たち。
すっと俺は右足を前に出す。
『そこには壁があった』
瞬時に構成されたフォースフィールドにぶつかり、弾き飛ばされるエセ獣人ども。
しかし、力場を抜けて二匹が突っ込んでくる。
さすがに素早いな。
俺の魔法よりも速く動けるなんて。
速度を落とすことなく迫る。
「青龍、白虎、朱雀、玄武、勾陳、帝台、文王、三台、玉女」
次の魔法を用意するより先に、朗々とした美鶴の声が響いた。
縦に4回、横に五回、手刀で切られた印は破邪の法。
幼女の手から飛んだ法力に打ちのめされたエセ獣人が、びくんと痙攣した後に倒れ伏す。
そして、その横から飛び出した小さな影。
美胡である。
両手からショートソードのように伸びた爪が、美鶴の攻撃に一瞬だけ意識を割かれたエセ獣人を切り裂いた。
「お見事」
そのときには俺の魔法も完成している。
『雨は剣となり、大地を穿った』
庭に倒れてもがいているエセ獣人たちに光の剣が雨あられと降り注ぎ、その身体をボロボロに切り裂いてゆく。
あっという間に全滅だ。
マンションの前で戦ったときと違うのは、殺すつもりで戦ってるってこと。
あとは周囲の損害も気にしてないってことかな。
「ふむ。相手にならんか。報告にあったとおり、悪魔というのは強いものだ」
部下たちがやられるのを顔色ひとつ変えずに眺めていた多賀谷が、感心したように呟いた。
悪魔じゃない、夜魔だ。
ほんっと日本ってオカルト後進国だよなあ。悪魔と夜魔の区別がつかないって、どんだけだよ。
黒い翼を持っていたら、みんな悪魔ですか?
バンパイアロードだってコウモリの翼があるじゃんね。
わざわざ指摘はしないけど、不本意そうな顔になってしまうのはやむをえないよ。
「しかし。逃げた被検体までこれほどの戦闘力を持っているとはな」
「獣人はもともと強いさ。あんたら人間よりずっとな。薬で動けないようにしていただけだろうが」
美胡の名誉のため訂正を加える。
本来であれば、人間ごときに捕まるわけがないのだ。
それなのに美胡の祖父母にあたる
もうどうでもいいや、ここにいればご飯はもらえるし、聖騎士たちに追われることもないし、望み通りセックスだけして生きていこう、みたいな感じで。
だからとくに抵抗もしなかった。
生まれた子供たち、つまり美胡の親の世代にも戦闘術を仕込まなかった。
どんな天才だって、学んでないことはできない。
そして知らないことを教えることもできない。
美胡の世代は、当然のように戦い方が判らなかったのである。人間に数倍する身体能力があったとしても。
おそらく先祖返りに近いものがあるのだろう。
言いつつ、俺は心持ち両足を広げ、戦闘態勢を取る。
多賀谷が部下たちだけ戦わせていたのは、べつに威張ってふんぞり返っていたからではない。
俺たちの動きを観察するためだ。
そしてその結果を受けて、彼は逃げなかったのである。それはもちろん雑談を楽しみたかったから、という理由ではないだろう。
ふ、と小さい呼吸音は遅れて聞こえた。
そのときには俺はガードの上から殴りつけられ、数メートルの距離を飛んで家の壁に激突している。
「防ぐか。たいしたものだな。悪魔め」
「いてて……攻撃がくるって判ってなかったらガードできなかったさ」
建材をまき散らしながら俺は立ち上がった。
「美胡。美鶴を頼む」
ちらっと視線を投げる。
「うん。ぱぱ」
幼女が幼女を抱え、一挙動で十メートル以上の距離を跳躍して屋根の上に降り立った。
多賀谷は見向きもしない。
俺から意識を外した瞬間に攻撃されると判っているからだ。
一番強い奴から片付ける、というつもりなのだろう。
かなりの実戦感覚である。
「アゾールト。無理をするでないぞ」
屋根の上から、美鶴が淡々と声援を送ってくれた。
声だけでなく精気も飛ばしてくれると嬉しいんだけどな。