第24話 秘密基地かよ
文字数 3,551文字
部屋に入ると、すでに勝負はついていた。
組織の実質的なトップである次官が恭しい一礼で迎えてくれる。
「お待ちしておりました。マイマスター」
「ん。それじゃあ獣人たちのいるところへ案内してもらえるかい?
デスクにネームプレートを見て呼びかけた。
「喜んで」
やや頬を染めて、ふたたび一礼する足立。
すげー優雅な仕種だけど、痩せぎすでメタルフレームの眼鏡をかけ、きちっとスーツを着こなした姿は、とっても邪悪そうに見えるね。
隙がなさすぎて。
悪の総参謀長って感じだよ。
「ドライアイスの剣じゃな」
同じ感想を抱いたのか、美鶴がぼそっと言った。
「あいつは邪悪ってわけじゃないだろ。正論人形なだけで」
いちおう、本人の名誉のために弁護しておく。
「こちらです。マイマスター」
足立が先頭に立ち、その後ろに俺と式神にまたがった美鶴と美胡が続く。
ここまで案内してくれた一色女史とはお別れだ。
「ご苦労。すこしは役に立ってくれたよ。きみは」
「そんな……っ! あるじさまっ!」
「使い捨ての道具にしては、という意味だけどね」
く、く、く、と邪悪に笑いながら言ってあげる。
もちろんサービスだ。
この人、こういう風にボロ雑巾みたいに扱われたいって願望を持ってるから。
なかなかにコアな性的嗜好だけど、人間族ってけっこー奥深いのである。
「じゃあね」
一色女史の下顎のあたりをひと撫で踵を返す。
「ぁぁぁぁん……」
艶っぽい声とともにぺたんと尻餅をつくのを横目で確認しながら。
「いまの小芝居、必要だったのかや?」
美鶴がうろんげな目を向けてきた。
廊下を進みながら。
いやあ、必要か必要でないかでいえば、もちろん後者だよ。けどさ、なんか報酬は出さないといけないじゃん。
もちろんそれはお金とかでも良いんだけど、俺は夜魔なんだから相手の望む興奮をあげるってのが、一番「らしい」だろ?
「変なところで気を使うやつじゃのう」
「ほっとけ」
性分なんだからしかたない。
そんなこんなで、最上階から一気に地下四階へと移動する。
エレベーターには、地下一階までしかないことになっているのにね。
特殊なカードキーをコントロールパネルに差し込むことで、いけるようになった。
ちなみに、このビルの主になり仰せた俺は、こんなカードを使わなくてもいけるんだけどね。
すべての機械を意のままに操れるんで。
ただまあ、いくら操っても行き先が判らないことにはどうしようもないので、こうして案内してもらっているのである。
「……いかにも秘密基地っぽいのう。一部のもの以外は存在すら知らないというのは」
「まあね。秘密を知ってる人間は少ないほど良いってことなんだろうけど」
「それはそうじゃが。これを造った建築業者がすでに知っていよう。建設に関わった末端の作業員だって」
「…………」
「…………」
美鶴の言葉に、おもわず俺も足立も黙り込んじゃったよ!
そこつっこんだらダメじゃん!
法隆寺を建てたのは誰でしょうっていうしょーもないクイズと一緒じゃん。聖徳太子って答えたら、ぶっぶー宮大工のおっちゃんたちでしたーって言われるやつね。
「まさか、風祭の系譜の者どもが、せっせと穴を掘って造ったというわけではあるまい? 業者に発注しているのだから、普通に第三者に知られていよう」
なんで秘密基地ごっこみたいな真似をするんじゃろうの、と、美鶴が小首をかしげる。
ごっこっていうなよう。
「男というのは、いくつになってもそういうのが好きじゃからの。敵も馬鹿正直に秘密基地を攻撃せず、業者にあたって図面を手に入れた方がはやいのに、付き合いの良いことじゃ」
「まま。まま。ぱぱたち悲しそうだよ」
美胡が止めてくれた。
良かった
このまま美鶴に喋らせていたら、俺も足立も泣いちゃうところだった。
そんなわけで地下四階である。
研究所みたいな感じになっていて、白衣姿の人間たちがうろうろしている。あとは百近い数の培養カプセル林立していた。
もちろんその中に眠るのはエセ獣人ども。
まあ、ここでやることなんて決まっている。獣人の解放および保護。研究データの破壊。そしてエセ獣人の処分だ。
「処分て。殺すのかや?」
「うん」
淡々と俺は頷く。
生かしておいても意味がない、というより、彼らはもうどっちの側にもつけない。
人として生きることもできず、獣人のコミュニティにも入れないから。
いずれ生活にも困窮し、人を襲って食べ物を奪ったりするようになってしまう。
そうなったら地獄だ。
怪物の存在を知った人間族は、異形狩りを始めるだろう。
かつて魔女を狩ったように。
ぶっちゃけ、あのとき本物の魔女なんて狩れてないからね。
処刑されたのは、魔女の疑いをかけられた普通の人間族ばっかりだ。
でも危機を感じた魔女たちは、人間族から距離を取るようになってしまった。その結果として、人間族から魔女の使う秘術、ウィッカは失われたのである。
あ、今の薬学のベースね。ウィッカって。
「そうか……殺すのか……」
「野に放つことはできない。獣人たちも保護しない。もちろん俺たちが助けてやることもできない」
獣人は助けるが、人間たちがつくったエセ獣人はその範疇には入らないのである。
「処分すれば良いのですか? マイマスター」
不意に足立が口を開いた。
そして研究員っぽい連中に指示を出す。
彼らがコンソールを操作すれば、培養カプセルの中のエセ獣人たちが、まるで溶けるように消えていった。
……そりゃそうか。
人間族が、エセ獣人の生殺与奪の権を手放すわけがないよね。
いつでも殺せるようにしてるわな。
「これでよろしいでしょうか」
「ああ」
我ながらぶっきらぼうな応え方になっちゃった。
俺だって殺すって決めていたくせに。
軽く頭を振る。
まだ作戦が終わったわけじゃない。一番大切な、獣人たちの解放が残っているのだ。
足立の案内で、奥へと続く扉をくぐる。
そこには、予想通りの光景が展開されていた。
牢屋みたいな鉄格子のはめ込まれた部屋に、十人ほどの人猫が囚われている。
みんな、美胡とそう年の変わらない子供だ。
しかも顔立ちがよく似てるな。
兄妹か。ということは、そっら導かれる結論も決まってくるね。
「繁殖させたのか。親は?」
「そちらはもう処分しました。第二世代の被検体ですな」
「…………」
黙り込んだ俺を見て、足立が説明を続ける。
得々と。
今から四十年ほど前に、人猫の夫婦がヨーロッパ方面から逃れてきた。聖騎士たちに追われて。
それを保護したのが日本政府である。
いや、保護というより捕まえたというべきだろう。
監禁し、ぼこぼこと子供を産ませた。
そして十年ほどで子供が産めなくなると処分した。残されたのは二十人ほどの人猫。こいつらに日本政府はまた子作りを強要する。
ていうか近親相姦だ。
強い子が生まれるわけがない。
が、たまたま、偶然、強い力を持った子が生まれた。それが美胡。
彼女は隙を突いて施設から逃亡し、俺たちに保護された、というのがこの件の発端だっりする。
「こいつらも処分しますか? マイマスター。食事に薬を混ぜているため、とくに抵抗はされないと」
「黙らぬか。このゲスが」
足立のセリフの途中に美鶴の声が割り込む。
いや、割り込んだのは声だけではない。式神の上から大きくジャンプした彼女のスピンキックが足立の顔面に決まる。
悲鳴すらあげることもできず、ものすごい勢いで吹き飛んでいった次官が、壁にぶつかり、そのままずるずると崩れ落ちた。
「お見事」
くすりと俺は笑う。
もちろん美鶴を責める気などない。彼女がやらなかったら俺がやっただけだ。
「まったく変わっておらぬな。風祭は」
「責任者は処分されたはずたろ?」
「スケープゴートをつかったのじゃろうよ。地下茎は生き残っておる。でなければ、こんな進歩のないことを繰り返すはずがない」
美鶴が鼻息を荒くした。
かなり怒っている。
怒りの精気が、びんびん伝わってくるくらい。
これは吸収できるけど美味しくないんだ。
その横で、美胡も式神から降り、檻の中の兄妹に懸命に呼びかけていた。
応えはない。
人猫の子供たちは、ぼーっと中空の眺めている。
美胡の逃亡によって警戒を強めた風祭機関の残党たちは、薬を増やすとかしたのだろう。
「アゾールトや」
「うん?」
「風祭を根絶やしにしたい。手伝ってくれるかの? 報酬はわしじゃ。そなたのもの」
悲壮な覚悟を語る美鶴の唇に人差し指を当て、言葉を止める。
きみにこんな顔は似合わない。
いつでも不遜に、上から目線で、
「俺たちは
片目をつむってみせる。