第29話 ときにはシーフのように

文字数 3,333文字


 俺も心のアクセルを踏み込む。
 相手は本物の獣人に近いだけの身体能力を持っているのだ。
 エセ獣人だ、なんて慢心していたらあっさり負けちゃうだろう。

 人間の動体視力では捉えられない速度で、互いに攻撃を繰り出す。
 四度、回避しきれずに打撃を喰らった。

 かわりといってはなんだけど、こっちも五発パンチとキックをたたき込んでやったけどな。
 期せずして同時に跳びさがる。

「良い顔になったじゃないか。多賀谷」
「貴様もな。悪魔」

 口と鼻から血を流しながら、ふたりともにやりと笑う。

「ソードクロウは出さないのかい?」

 人猫の最大の武器だ。
 両手両足の爪は、ショートソードなみの長さに伸びるし、切れ味だって鋭利な刃物と変わらない。

 魔法を得手しといてない獣人族だが、爪に魔力をまとわせるくらいのことはしてくるのだ。
 そうなったら、戦車の装甲板くらい簡単に切り裂いちゃうからね。
 ちょっと手が付けられない。

 直接的な攻撃力って考えた場合、獣人ってすっごい強いのさ。

「あんな武器があるなど、知らなかったのでな」

 多賀谷が苦笑した。
 そんな因子は組み込まなかった、と。

「なるほど」

 生きる気力を失った人猫のカップルは、戦い方を子供たちに教えなかった。
 ゆえに、ソードクロウも伝わらなかったというわけだ。

 どういう方法なのかは判らないが人猫の力を取り込んだ多賀谷は、最強の武器であるソードクロウは受け継がなかった。
 人間に数倍する身体能力しか。

 いやまあ、それでもすげーんだけどさ。

「けど、ソードクロウがないなら俺には勝てないぞ。降伏しろ」
「人間を舐めるな! 悪魔め!」

 言うが早いか、多賀谷は屋敷の中に駆け込む。
 逃げたわけじゃないだろう。武器でも取りに行ったかな。

 追いかけるて室内戦になる愚を避け、俺は慎重に待ち構える。
 障害物や遮蔽物だらけの室内なんか、人猫の独壇場だからね。

 猫ってもともと森林地帯を縄張りにしていたからさ、影に潜まれたらちょっと太刀打ちできない。
 反対に、だだっ広い草原みたいな場所での戦いを得意とするのが人狼。

 瞬発力に特化したのが人猫で、継戦能力とか集団戦に特化したのが人狼なのである。

 やがて、邸内から多賀谷が戻ってくる。
 淡く光を放つ日本刀を手に。

「俺が武器を持ち出すまで待ってくれるとは、ずいぶんと紳士的な悪魔だな」

 不敵な笑みを浮かべて。

 うん。
 そういうつもりはまったくなかったよ。
 室内戦を避けたかっただけでね。
 言わないけど。

 この場でそんなことを言ったら空気が悪くなっちゃうもの。格好つけたい人には格好つけさせてあげるのが礼儀ってもんでしょ。

 ていうか獣人形態になって、体長二メートル半になんなんとする大男が打刀を持っているのは、かなり控えめにいっても微妙。
 子供用のオモチャに見えるよ。
 言わないけど。

 理由は前に同じ。

「それは?」

 たぶん語りたくて仕方ないだろうから訊いてあげる。

「霊峰富士より産出した隕鉄を鍛えし霊刀『鬼滅』よ。貴様ら悪魔にとっては致命の毒になるだろう」
「あ、はい」

 つっこみたい部分はいっぱいある。

 名前がやばいよ、訴えられたらどうすんだよとか。
 大地の力を宿したマジックアイテムが、どうして悪魔に効くと思ったんだよとか。
 俺は悪魔じゃなくて夜魔だよとか。

 ほんっとにたくさんあるんだけど、面倒くさいから割愛だ。

『力は剣に宿った』

 俺も右手に魔力の剣を現出させる。
 多賀谷はものすごくいろいろ誤解しているけど、獣人なみの身体能力を持った彼が魔法の武器を手にしたという事実は、油断して良いものじゃない。

「ゆくぞ! 悪魔め!」

 踏み切った瞬間、やつの姿は目の前にあった。
 かざした魔剣と振り下ろされた霊刀が衝突し、ばちばちと魔力の火花が散る。

「馬鹿な!? なぜ受けられる!」
「受けられるさ。誤解してるようだから教えてやるけど、その刀は霊刀であって聖剣ってわけじゃない」

 説明する気はなかったんだけど、いちいち大げさに驚愕されるのもうっとうしいからね。
 ちゃんと教えてやるよ。

 霊刀、霊剣、どういっても良いけど、それらに宿ってるのは精霊力だ。精霊に正邪の別はない。自然と同じ。
 悪魔やアンデッドに特効を持つ聖なる武器とは、似て非なるものなのである。
 で、教会で聖別されたり、天使族から加護をもらったりしたものが聖剣などと呼ばれるわけだ。

「その刀は、たんなるマジックアイテム。もちろんそれはそれですごいけど、悪魔に特別な効果があるようなものじゃない」
「なん……だと……」
「あと、俺は悪魔族じゃなくて夜魔族だから、仮に聖剣を持ち出したとしても特効はない」
「馬鹿な……」

 驚愕の表情を浮かべる多賀谷。
 知識のなさを露呈して愕然としてる。隙だらけだよ。

『磔刑の杭は地面から生えていた』

 声に応じて、地面から何本もの錐が突き出し、多賀谷を襲った。
 あるい避け、あるいは刀でなぎ払い、防戦一方になる。
 俺から意識がそれた。

 それは、砂時計から落ちる砂粒が数えられるほどの時間でしかなかっただろう。
 しかし、この局面で一瞬を失うのは、永遠を失うということだ。

「な!?」

 驚きの声があがる。
 空中に飛んだ多賀谷の首から。





 頭部を失った身体が、噴水のように血を吹きあげなが、ゆっくりと倒れこんだ。
 俺は軽く息を吐いて魔剣を消す。

「お見事じゃの。アゾールト」

 美胡と抱き合って地上に降りた美鶴が、淡々と賞賛してくれた。
 まあ、チアリーダーみたいに大げさな喜び方をされたら、そっちの方が驚きだけどね。

「けっこうギリギリだったよ。多賀谷にオカルトの知識が充分にあったら、負けていたのは俺の方かもしれない」

 身体能力では、多賀谷の方が勝っていた。
 他のエセ獣人よりもはるかに獣人に近かったためである。多くの人体実験の上に彼は立っていたのだろう。

 だから、殴り合いのまま事態が推移したら俺の方が不利だったのだ。もちろん魔法を使えば話は違ってくるけどね。

 けど、彼は武器を持ち出してしまった。
 それこそが知識のなさであり、敗因である。

「手加減できる相手じゃなかった。できれば生かして捕まえたかったけどな」

 もちろん情報を吐かせるために。

「獣人に魅了は効かぬのであろ?」

 美鶴が小首をかしげる。

「普通はね。でもラシュの魅了は俺たち並の夜魔よりずっと強いから」

 王族は伊達じゃない。
 すべての能力において、ラシュアーニは俺たちとは格が違う。
 あいつの魅了なら獣人にも効果が期待できるだろう。俺の魅了なんて、美胡にすら効果ゼロだけどねー。

 軽く首を振って非建設的な思考を追い出す。
 殺しちまったもんは仕方がない。時間を戻すことはできないのだから。

「屋敷の中に、なんぞ手がかりがあるやもしれんの」

 そういって、美鶴は落ちていた刀を手に取った。

「ふむ。ちと重いが使えんことはないの」

 あー、盗む気まんまんだ。
 霊刀を放置ってのは、そりゃあさすがにまずいけどさ。

「これの鞘もあるかのう。さすがな抜き身で持ち歩くのは物騒じゃし」

 そういって、ずかずかと屋敷に入っていく。
 鞘があっても物騒だよ。

 ゴスロリ幼女が抜き身の打刀を肩に担いで歩く姿は、かなり控えめにいっても漫画みたいである。
 その後ろにとてとてと美胡が続いた。

 微笑ましい姿だけど、一ミリも油断してない。きっちり彼女の背後を守ってる。
 小さくても立派な戦士だ。

 俺も屋敷に入り、適当にそのあたりを物色する。
 書斎みたいなところや寝室など。
 気分は押し込み強盗だ。

「ぬ。ここは鍵がかかっておるな」

 いくつかの部屋を漁ったあと、美鶴が施錠されている扉を発見した。

「おそらく多賀谷が鍵を持っているじゃろうが、死体を漁るのはいささか気が引けるのう」

 死体が持っていた刀を拾って持ち歩いている人とは思えない意見である。
 つっこまないけどね。
 怖いから。

「内側からなら開くんじゃないかな。ちょっと待ってて」

 そういって俺は、すーっと壁を抜けた。
 夜魔の特殊能力のひとつだ。
 これができないと、淫夢を見せるために寝室に侵入するってのができないからね。

「はい。お待たせ」

 扉を開き、秘密の部屋に美鶴と美胡を招き入れる俺だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

インキュバスのアゾールト。

初潮前の幼女からしか精気を吸収できないため、ロリキュバスと呼ばれる。

日本名は北斗。

美鶴。

見た目は七才くらいの幼女だが、じつは八十四才。

旧日本軍に身体をいじられ、歳を取らなくなってしまった。

ロリババアを自称している。

ラシュアーニ。

夜魔族の第三王女。サキュバス。

アゾールトとは乳姉弟のため何かと世話を焼いてくれる。

美咲。

女子大生。美鶴の兄の曾孫。戸籍上は美鶴の妹。

たいへんに良質な精気の持ち主。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み