第8話 ロリ探偵

文字数 3,076文字


 一人が大学生、もう一人が無職では、豊かな生活が送れるはずもない。
 収入など、仕送りとアルバイトくらいしかないだろうし。
 しかも、妹の美咲はホストクラブなんぞで遊んじゃってるし。

 テグルトの店はかなり良心的な価格設定だけど、それだって普通の居酒屋なんかに比べたら無茶苦茶高い。
 だから金に困ってるだろう、と考えるのは早計。

 価格のつり上げに対して、美鶴は興味を示さなかったのである。
 あれはようするに、一時的な臨時収入は求めていない、という意味だ。

「ちょっと待っていてくれ」

 脱衣所に行って脱いだ服の中から、名刺入れを出して戻ってくる。

「じつは俺、こういう仕事をしているんだ」
「……探偵? ホストではなかったのか?」
「あれは同族がやってる店で、昨日は栄養補給のために誘われただけだ」

 結局、接客した美咲から精気をもらうことはできなかったんだけど、と、肩をすくめてみせる。

「インキュバスが経営する店とな。それはまた天職じゃのう。それで?」
「俺の事務所で働いてみないか?」
「ほう?」

 ごく薄く、幼女が微笑したように感じた。
 ここが勝負どころだと、何の根拠もなく俺は悟る。

「給料は月二十五万。社保完備。有給休暇あり。年二回の賞与あり。どうだ?」
「休日は?」
「週休二日の計算になるようシフトを組む感じかな」
「判った。その条件で良い」

 ぃ良しっ!

 思わず、ぐっと拳を握る。
 ばっちりハマった。

 美鶴が求めていたのは金ではなく、退屈しのぎ。
 もちろん金はあるにこしたことはないだろうが、それ以上にスリルを求めていると読んだ。

 だから美咲にくっついて東京まで出てきたわけだし、ネットカフェとかで遊んでるし、ホストの様子を見に来たりもする。
 どれもこれも、刺激を求めてのことだろう。

 だから、探偵なんて言葉に調味を持った。
 江戸川乱歩(えどがわ らんぽ)とか、現役で読んでた世代だろうしね。

「探偵の助手か。悪くないのう」

 にふふふ、と、悦に入った笑いを美鶴が浮かべる。
 ちょっとだけ精気が溢れ、俺もほくほくだ。
 まさにウィンウィンの取引である。

「ところで、事務所はどこじゃ?」
六本木(ろっぽんぎ)だよ。ヒルズ」
大金持ち(セレブ)じゃな。しかし港区か。すこしばかり通勤に不便じゃのう」

 美鶴たちのアパートは国分寺(こくぶんじ)市にあるらしい。
 たしかにちょっと距離がある。
 ていうか大学に通うのも不便じゃないか? 国分寺からだと。

「なら俺のマンションに住むか? そっちもヒルズにあるから」
「やった! おばあちゃん! 私たちもヒルズ族だよ!」

 突如としてベッドから声が上がる。
 美咲だ。
 起きてやがったのか……。そして一緒に来る気まんまんなのか……。

「当然じゃな。美咲は保険じゃよ。わしがそなたと二人暮らしなどしたら、どんな目に遭わされるか知れたものではないからの」

 に、と美鶴が笑う。

 あれれ?
 もしかして俺、手玉にとられた?
 完全にしてやられた感じ?

「ともあれ、これからよろしくのう。ロリキュバス」
「だれがロリキュバスだ。だれが」

 差し出された手を握る。

「はぅあ!?」

 その瞬間、精気が流れ込んでくる。

 接触だけでこの量。
 膝はガクガク、腰砕けって感じだ。

 もっと……もっとぉ……。

「いつまであほ面を晒して幼女の手を握りしめておるつもりじゃ。この淫魔」

 げしっと蹴られ、ふにゃっと床に座り込んでしまう。
 ああ……気持ちいい……。

「ロリキュバスな上に、アゾールトならぬマゾヒストとは、なかなかに難儀な男じゃのう」

 アメリカーンな仕種で両手を広げる美鶴であった。

 そういうの良いんで、もっと精気をください。
 お願いします。






 なんと、次の週には二人が引っ越してきた。
 まさに意気揚々と。

 まあ、もともと6LDKなんて俺には広すぎて持て余していたわけだし、べつに否やはないのだが。

「見事なまでになにもないのう」

 ざっと一渡り各部屋を見て回った美鶴の感想だ。
 美咲もこくこくと頷いている。
 事実だからなんにも言い返せないね。

 シングルベッドが一つ。これが俺の持ち物のすべてだ。
 あとはワードローブに何着か服が掛かっているだけである。
 テレビもパソコンも、冷蔵庫すらない。

「よくこんなとこで生活できるね。ホクトくん」
「生活してないからな。寝るために帰ってくるだけで」

 必要なものは事務所に揃っているし、一日の大半はそっちで過ごす。
 マンションの方は、ただの寝室って扱いなんだが、下手したら事務所で寝ることだって少なくない。

「無駄遣いも良いところじゃな。儲かってる探偵など、わしは明智(あけち)探偵くらいしか知らぬがのう」

 微妙に判りづらい嫌味を飛ばす美鶴だった。
 美咲なんか、きょとんとしちゃってるじゃん。

 明智小五郎(こごろう)は江戸川乱歩が生み出した名探偵だ。この人と双璧をなすのは、横溝正史(よこみぞ せいし)の生んだ金田一耕助(きんだいち こうすけ)だろうか。

 すごい有名なんだけど、若い美咲にはあんまりなじみがないかもしれない。
 頭脳は大人な小学生探偵とかの方が、きっと親しんでいるだろう。

 ともあれ、一部の例外を除けば、探偵なんてもんは貧乏なのが相場だ。創作の世界でも現実の世界でも。

「俺は特別さ。なにしろ警察より優秀な捜査網を持ってるからな」

 失せ物探しなら達成率百パーセント。
 物品だろうがペットだろうが、必ず見つけ出すことができる。
 それが仮に盗まれたのだとしても、すでに売られてしまったとしても、絶対にたどり着く。

 ぶっちゃけ殺人事件とかだって、簡単に犯人を特定できるよ。
 やったことないし、警察には信用されないだろうけど。

 なにしろ我が北斗探偵社の調査員というのは、野良猫とカラスだから。
 この大都会の空と路地に暮らす無数の彼らが、すなわち俺の目であり耳なのだ。

 人が見ていなくてもカラスは見ている。
 逃げたペットの居場所も、猫たちのネットワークで簡単に判明する。

 で、開業以来二十年、評判が評判を呼んで、年商はかるーく億を超える規模になった。
 しかも人件費がかからないもんだから、金は貯まる一方で、むしろ使い道に困ってるくらいだったりする。

「なんとも贅沢な悩みじゃな」
「美食に走ることもないし、美女を抱くわけでもないしな」

 苦笑しか出ない。
 インキュバスの俺は、人間みたいに口から栄養を取るわけじゃない。もちろん食べられないってことじゃないけど、食べても栄養にならない。

 美女はまあ、抱いたら発散する精気で俺の方がダメージ受けるよね。
 酒も、たまに飲む程度だし。

「だから、この部屋は二人で好きに改装して良いぞ。予算は気にしなくて良い。常識的な範囲なら」
「そうじゃな。せめて生活できる程度のものは買いそろえる必要があろうな」

 ふうとため息をつく美鶴。
 冷蔵庫や洗濯機など、こちらにあるだろうと思って処分してしまったのだという。

「まさか、なんにもないと思わなかったもんねー」
「うむ」

 頷き合ってる。
 一回でも下見に呼べば良かったよな。反省反省。

「とりあえず、住み家を作るのに二、三日かかるとして、美鶴は来週頭から出勤してくれ」
「うむ」

 えらく尊大に頷く助手である。

「はーい!」

 なぜか美咲まで返事をする。無駄に元気に。
 あんたは学校があるでしょ。
 学生の本分は勉強なんだから、ちゃんと学んでいらっしゃいな。
 あと、なるべく俺と美鶴を二人きりにしてくれ。

「ホクトくんっておばあちゃんと二人っきりになるの狙ってそうじゃん。おばあちゃんの貞操を守るためにも、私もなるべく顔出すよ」

 にやっと笑う。

「…………」

 どうして俺の考えてることが判るのだろう。
 こいつらはエスパーなんだろうか。

 
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登場人物紹介

インキュバスのアゾールト。

初潮前の幼女からしか精気を吸収できないため、ロリキュバスと呼ばれる。

日本名は北斗。

美鶴。

見た目は七才くらいの幼女だが、じつは八十四才。

旧日本軍に身体をいじられ、歳を取らなくなってしまった。

ロリババアを自称している。

ラシュアーニ。

夜魔族の第三王女。サキュバス。

アゾールトとは乳姉弟のため何かと世話を焼いてくれる。

美咲。

女子大生。美鶴の兄の曾孫。戸籍上は美鶴の妹。

たいへんに良質な精気の持ち主。

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