第6話 ラブホで騒ぐ人々
文字数 3,232文字
娘が歳を取らなくなってしまったとを知った両親は、美鶴を死んだことにして隠すと決めたたらしい。
偏見の強い時代だから。
不老不死、なんて世間に知られたら大変なことになる。
おりしも終戦直後の混乱した時代だ。
工作は難しくなかったのだという。
そして十五年ばかりの間、美鶴は家の中だけで過ごす。
「座敷牢などに軟禁されなかっただけマシじゃがな。少なくとも日中は外にでられなんだ。しかし、軍の施設に比べたら天国じゃった」
そして時が経ち、風凪の方針は変わってゆく。
つぎに与えられたのは、兄の長女という地位だった。
これを手に入れることによって、美鶴は学校に通うことができるようになる。
中学三年までで、見た目的に限界ではあったが。
それでも基本的な学力を手に入れることはできたし、社会性を身につけることができた。
あとは独学でも勉強はできる。
「そしてふたたび、わしの引きこもり生活が始まるわけじゃ」
戸籍としては、中学卒業後に病死したことになったらしい。
つぎに生を受けるのは、兄の子が妻を迎えたときだ。
またまた長女として十年ほど過ごして死に、いまは兄の孫の娘ということになっている。
「ようするに、美咲の姉というのが、今のわしの戸籍じゃな」
「だいぶ無理があるけどな。見た目」
「それよ。昭和から平成に変わり、令和へと移ってゆく中で、日本人は他人のことを気にしなくなった。気にしている余裕がなくなった、というのが本当のところかの」
風凪の家には秘密がある、なんて、誰も思わなくなった。
だから、大学進学のために上京する美咲にくっついて、東京にやってきたのである。
二人で暮らしていれば、ちょっと年の離れた姉妹にしか見えない。
多くの人は、美咲を姉だと思うだろうけれど。
「で、楽しく暮らしていたわけじゃが、ここしばらく美咲の帰りが遅い。どうにも夜遊びをしているらしくての」
問い質したところ、ホストクラブで遊んでいると言うではないか。
しかも、なんだか素敵なホストと知り合ったってにやけている始末。
いったいどんな男だと確認するため、早朝の渋谷までやってきたところ、ホスト同士のケンカを目撃した。
というのが、俺との出会いまでのいきさつである。
「おばあちゃんは心配性……」
「家族がホストに騙されているのを、黙ってみている家族がいるわけがなろうに」
「騙されてないもん! 北斗くん良い人だもん!」
「たわけが。人ではないわ。むしろホストより性質が悪いわ。淫魔などに取り憑かれおって」
美咲が反論するが、この馬鹿娘が、とバッサリ斬り捨てられてしまう。
やめてよ。
取り憑くなんて人聞きの悪い言い方するの。
俺たち夜魔は、精気をもらったらすぐ立ち去るんだよ。
そりゃあ中には、男の精気を絞り尽くしちゃう強欲なサキュバスもいるけどさ。そんなの一部も一部だって。
基本的には一期一会。
一人の相手からは一回しか精気をもらわない。
「一回ヤったらさようなら。ようするにヤリ捨てということじゃな」
「言い方! もうちょっと言い方!」
「そうだよおばあちゃん! ホクトくんは、なんとかってホストに放置されてた私に優しくしてくれたんだから!」
ハヤテな。なんとかじゃなくて。
お前さん指名してたんだから、忘れてやるなよう。可哀想だろ?
「やれやれ。それが手じゃというのに。どうして判らぬのか。この娘は」
ふるふると頭を振る美鶴。
あなたも、手とかいわないで。
「他意はなかったよ。これは本当に。美咲が寂しそうにしているのが見えた。だから手を差し伸べた。それだけなんだ」
床に座ったまま肩をすくめる。
そもそもそ俺はホストじゃない。
今日はテグルトの店をうろうろしていたけど、もう出入りするつもりもないしね。
「ええー? もうこないの?」
「むしろそなたも夜遊び禁止じゃ。美咲」
「おーぼー! おばあちゃん横暴! 自分は昼間っからネカフェとかでいいだけ遊んでるくせに!」
「そなたは大学で遊んでいるであろ。たいして変わらぬではないか」
「遊んでないよ! 勉強してるよ」
「そうじゃな。サークルも合コンも勉強じゃろう。社会勉強という名の」
きゃいきゃい騒いでる。
けっこううるさいし、楽しそうだ。
あと美鶴は、大学生は遊びまくるモノという偏見を持ってる。
さすが八十代。考えが古いね。
バブル時代で止まってるね。
「ふんっ!」
「いってぇっ! いきなり無言で蹴るのやめて!」
「失礼なことを考えていたじゃろう」
「だから! なんで判るんだよ!」
「年の功じゃな」
「年上! 俺の方が年上だから!」
なんだか俺まで騒ぎに巻き込まれてしまった。
ペースを狂わされまくりである。
「えー……?」
美咲がドン引きしている。
ついさっきまで、俺のことが好きっぽい感じだったのに。
俺が百七歳だと知ったとたん、これですよ。
いいんだけどね。
べつに。
「ごめんねホクトくん。私、個人的な事情で若作りの老人って苦手なのよ」
「よし。ケンカじゃ。表に出るが良い。美咲」
失礼なことを言って、さっそく個人的な事情にオシオキされてる。
げしげしと。
あと俺、老人じゃないから。
まだまだ若いから。
夜魔族の寿命はだいたい千年くらいなんで、百歳なんて若造もいいところ。
「まあまあ。べつに美咲に精気をくれなんていうつもりはないし。大丈夫だよ」
戸籍上の姉妹ゲンカをたしなめる。
美咲の精気を吸収したら、下手したら消滅してしまうよ。俺。
そのくらい良質の精気だもの。
多くの夜魔にとって極上の美味だろうそれは、俺にとっては致死性の猛毒なんだ。
「欲しいのはきみの精気なんだ。美鶴」
幼女のまえにひざまづく。
「きみに、俺の紡ぐ夢を見て欲しい」
すっと右手を差し出す。
「きもっ」
「きもっ」
そして、ダブルでドン引きされた。
ひどい。
「ホクトくん……中身はともかくとして、見た目七歳だよ? おばあちゃんって」
微妙に俺から距離を取ろうとしないで。
違うんだって。
事情があるんだって。
「ならば、その事情とやらを歌ってみよ。場合によっては警察につきだしてやろうぞ」
美咲の引き方は逃げる方向で、美鶴の引き方は攻撃的だ。
この性格、足して二で割ってもらえないだろうか。
そんなことを思いながら、俺は自分の体質について説明する。
普通の精気は身体が受け付けず、幼女のそれでないとすべて吐いてしまうのだと。
「ロリだ……。ホクトくんってガチのロリだ……」
「むしろペドフィリアと称すべきじゃな。ロリコンなどという造語ではなく、精神医学用語の方が相応しい」
「違うんだー! 体質なんだーっ!」
大騒ぎである。
ラブホテルの一室で、百七歳と八十四歳と二十歳が。
でも見た目は、二十二歳くらいと七歳くらいと二十歳くらいだ。
わけのわからん状況だけど、俺も後には退けない。
なにしろ美鶴は、ほぼ初めてみつけた食あたりしない人間だもの。
逃がすわけにはいかないのだ。
「お願い。お願いします。お金なら出すから」
「嫌に決まっておろう。そもそも、なんで人妖を助けねばならんのじゃ」
人助けならまだしも、と首を振る美鶴。
いやいや。インキュバスだって助けてよ。
「おばあちゃん。なんか可哀想だよ。ちょっとくらい精気を分けてあげたら? 殺されるわけじゃないんでしょ?」
美咲が助け船を出してくれた。
ありがたい。
とっとと面倒事から解放されたいって、でかでかと顔に書いてるけど、とにかく援護射撃はありがたい。
「他人事だと思いおって。エロい夢を見ると判って布団に入るというのは、けっこう嫌なのじゃぞ」
「おばあちゃんでもそういうこというんだねえ。性欲なんかないかと思ってた」
ふむふむと興味津々の美咲。
「肉体的には七、八歳じゃが、勉強はしているからの。内面的には二十代中盤から後半ではないかと思っておる」
「八十四歳なのに?」
「八十四歳なのに!」
きゃっきゃとはしゃいでるし。
仲いいなぁ。
俺、置き去りだなぁ。