第12話 謎の怪盗を追え
文字数 3,289文字
ラシュアーニの会社は、でっかい自社ビルをもってるような金満会社だ。
全国に何店舗も支店があるらしい。
「わしでも知っているような美容グループじゃな」
とは、ゴスロリファッションで決めた美鶴のセリフである。
「ホクトくんの人脈って謎よねー」
こっちは、いつものゆるふわコーデの美咲だ。
三人で連れ立って向かうのはラシュアーニの会社『RCB』である。
なんの略なのか、じつは俺はよく知らない。
正直、美容なんぞに興味がないので。
「そこのエステに行ったら、見違えるくらいにきれいになるって噂なんだよ。でも半年先まで予約取れないんだって」
「経営しているのがサキュバス。施術するスタッフも半分くらいがサキュバス。そりゃあ美しくならねば嘘じゃろうな。なにしろ男をたぶらかす術にかけては、人間のホステスなど足元にも及ばぬのだから」
美咲の言葉に美鶴が微笑する。
ちなみに美咲は北斗探偵社の正式なスタッフではないのだが、ちょいちょい現場についてくるのだ。
俺と美鶴を二人きりにしたら、どんな間違いが起きるか判らない、などという謎な理由で。
曾姪孫は心配性である。
もっとも、そんなものは口実で、好奇心を満足させようとしているに違いない。
具体的にはエステを体験しようと企んでるだけだ。
ラシュアーニのやつが、俺と美鶴を引き合わせてくれたお礼と称して、スペシャルコースとやらをプレゼントしてくれたから。
まともに料金を払おうと思ったら、十万円以上も取られるインペリアルなサービスらしいよ。
ていうか、高級ソープランドだってそこまで高くないってのな。
いったいどんなサービスをしてくれるんだか。
「仕事の邪魔をせずエステを楽しむなら、それはそれで良い。手伝いなど言って足を引っ張られるのが一番困るからのう」
美鶴は辛辣だ。
ちっちゃいけど、仕事に関して妥協しない女なのである。
「ぶー、おばあちゃんだって役に立ってないじゃん」
「わしは良いのじゃ。マスコットキャラクターみたいなもんじゃから。いるだけで癒やしと言えよう」
美咲のブーイングに適当なことをのたまう幼女だった。
マスコットってわりには口も悪いし、ケンカも強いけどね。
ラシュアーニの会社で起こっている事件というのは、ちょっと不可解なものである。
ほとんどは盗難なのだが、盗まれたのは他愛のないものばっかり。
置き菓子がなくなったとか、施術時に使うタオルの枚数が合わないとか、買い置きの弁当が消えたとか。
知らねーよ。自分で食ったの忘れてるだけなんじゃね? なんて言いたくなるようなやつばっかりだ。
まあじっさい、被害者たちは上司にそう言われたらしいけどね。
盗まれたのが現金や貴金属だっていうならともかく、お菓子や弁当だもの。
ぶっちゃけ『RCB』で働いてるスタッフなんか高給取りなわけだから、買い直せば良いだけの話だ。
「事件に大きいも小さいもないぞ。アゾールトや。被害額が百円だからいいや、という話ではないのじゃ」
「そうだけどさ……」
「むしろ、そんな他愛のないものがなくなるという事実、そちらに従業員たちは薄気味悪さを感じているのではないかの」
「ああ、それはあるかもな」
スペシャルコースとやら堪能する美咲と別れ、俺と美鶴は巨大なビルの中を無目的に歩き回っている。
犯人は防犯カメラに映っていないらしい。
現金には手を付けず、お菓子だけ盗んでいく怪盗。これを格好いいと思うのはテレビや漫画などの創作の世界だけだ。
自分が被害者になったら、そうとう気持ち悪いだろう。
いっそのこと金を盗まれた方が納得いくというものだ。
もちろん嬉しくなんかないだろうが。
「現金には興味がなく、その人のお菓子が欲しかった。やっていることはストーカーじゃな」
「被害者が一人ならそうだろうけど……」
美鶴の言葉に曖昧に頷く。
被害はアットランダムだし、会社の備品だってなくなってる。
特定の個人を狙った犯行だとは考えにくい。
「考えなしの行動が、まるで動物みたいじゃしのう」
「動物か。動物ね」
ふむと俺は頷いた。
犯人を人間だと考えなければ、たとえば悪戯な野良猫の行動に酷似しているだろう。
食べ物とか愚にもつかない小物を盗んだりというのは。
「しかし、動物がデスクを開けて菓子を取ったりするかの?」
「そこが問題だよなあ」
ああでもないこうでもないと喋りながら、俺たちは社員食堂に入った。
いや、食堂なんて庶民的な言い方は合わないな。カフェテリアとか高級サロンとか、そんな感じの場所。
空間を贅沢に使っており、大きな天窓からは陽光が燦々と降り注いでいる。
働いてる人も、食堂のおばちゃんではなくシェフって雰囲気だ。
「冷蔵庫や棚から、ちょくちょく食材はなくなってますね。たしかに」
そのシェフの証言である。
いろんな人から話を集めるのは捜査の基本だから。
「ここではあんまり問題になってない感じですね」
「そうですね。なくなったといってもささやかな量ですし。スタッフの誰かがつまみ食いでもしたんだろうってことで落ち着いています」
ハムが一切れ二切れとか、コロッケがひとつとか、ささやかというよりみみっちい量だ。
たしかに騒ぎ立てるほどのことではない。誰かがつまみ食いしたって解釈でも普通に通りそうだ。
「デスクの中から菓子がなくなれば被害者本人はぎょっとする。他の人間が空ける場所ではないからの。しかし厨房の冷蔵庫はスタッフ全員が開け閉めするもの。誰かがつまみ食いしても気に止めぬか」
ふむと美鶴が腕を組む。
カフェテラスのスタッフたちは、すっごい微笑ましく見守っている。
めんこいからね。
ゴスロリ幼女の探偵ごっこなんて。
でも皆さん。この子はあなたたちより年上ですよ。はるかに。
「もともと少ないものが減ったらすぐに気づくってのもあるかもだけどな」
「それも道理じゃの」
厨房から消える食材がスタッフのつまみ食いである、と考えるのは、さすがにお気楽すぎる。
犯人は、そうとう広範囲に犯行を繰り返していると考えるべきだろう。
「しかし、ますます動物じみてきたのう。狙うのは主に食い物かや」
「タオルがなくなったって話もあったけど」
「こうなってくると、そっちの方が数え間違いなのではないかと思えてくるの」
「暖を取るために盗んだ、という可能性もあるぞ」
美鶴の言うように、どうにも行動が動物じみている。
計画性がないというか。
「次は防犯カメラの映像を見に行くかの?」
「何も映ってないって話だったじゃないか」
「人は見たいものしか見ぬもの。映っていないという先入観で見ているかもしれぬぞ」
「それを確かめるために、何日分もの記録を洗い直すのは、さすがに骨が折れすぎるだろ」
俺は肩をすくめてみせた。
警察のように分析班がいるわけではない。
たったふたりで映像チェックなど、何日かかるか知れたものではないだろう。
「と、言うからには、なにか腹案があるのじゃろうな」
にやりと笑う美鶴。
お見通しですか。
さすがです。
「動物を捕まえるなら罠が有効だろ」
「なるほどの。仕掛けるというわけじゃな」
幼女がぽんと膝を打つ。
このビルの中になにかがいるのは間違いない。
そしてそれは、厨房の冷蔵庫や事務所のデスクを開けることができる程度の知能と、大きさを持っている。
タオルなどで暖を取るって知恵も働くのだろう。
となれば人間、という予測が成立するが、金を盗んでいない以上その可能性は低い。
もし人間だったら、金を盗んでとっとと出て行くだろうし、防犯カメラに捉えられてるだろうから。
「知恵があり身体の大きさもあり、金を得るより食料を得たい。カメラの死角を突いて行動できる。このへんの情報から導き出される結論って、そう多くはないと思うわけさ」
俺の予測に美鶴が微妙な顔をする。
「やれやれ。また人妖が相手か。そなたと知り合ってから、わしの世界の常識は、仕事をさぼりすぎじゃな」
しかも言いがかりまでつけてくる始末だ。
「八十四歳の幼女に常識を語られてもなぁ」
「うっさいわ」
ふふ、と、笑い合う。
さあ、捕獲作戦だ。