第30話 因縁の相手
文字数 3,277文字
多賀谷の書斎なのだろう、壁面を覆う本棚には難しそうなタイトルの本が並んでいる。
「ていうか、魔力がダダ漏れだけど」
てい、と本棚の一つを破壊すれば、下へと降りる階段を発見した。
「本棚を動か仕掛けが、どこかに有ったのではないかや?」
なんだかすごく不本意そうな美鶴である。
冒険アクションものの映画みたいに謎解きをしたかった、と、その目が語っていた。
遊びにきているわけではないのよ? 念のため。
「まあまあ。これからそういう機会もあるだろうさ」
適当なことをいって美鶴の頭を撫で、階段を降りてゆく。
途中、刀の鞘を拾った。
「ふむ。多賀谷はこの先から霊刀を持ち出し、鞘を払いながら階段を駆け上って戦場に戻った、という感じじゃろうな」
「たぶんね」
落ちていたものから、サイコメトラーよろしく過去を推理する美鶴に軽く頷く。
おそらくはそんな感じだろう。
「とりあえず、これで抜き身で持ち歩かずにすむのう」
「いいんだけどさ。それ本当に持って帰るつもりか?」
「霊刀をそのへん放置するわけにもいくまい」
「そうだけどさ……」
屋敷に放置して、よく知らない人間が不用意にもったりしたら、やばいことになっちゃうかもしれないし。
辻斬りに走ったりとかね。
精霊力が宿った刀なんて、普通の人間に扱えるもんじゃないから。
「その点、わしなら使いこなせるしの」
陰陽師モドキだからね。
そりゃ使えるでしょうよ。
でもですね、美鶴さん。俺が気にしてるのはそこじゃねーんですよ。
思いっきり銃刀法に触れちゃうじゃないですか。そんなもんが探偵事務所にあったら。
「警察に踏み込まれたら言い訳できないよ……」
「大丈夫じゃ。問題ない」
「ホントかよ」
「わしと美胡がいる時点で児童福祉法に抵触しておる。いまさら罪がひとつふたつ増えたところで、何ほどのこともあるまい」
「なんてこった! 問題しかなかった!」
きゃいきゃいと緊張感なく騒ぎながら、突き当たりにあった扉を開ける。
無警戒に。
「扉に仕掛けられた爆弾がどかーん、じゃ」
「どかーん」
「そんな馬鹿な」
もちろんそんなこともなく、普通に部屋に入ることができた。
そこそこ広い和洋折衷の部屋である。
壁際に空の刀掛けあるところをみると、霊刀『鬼滅』はそこに置いてあったんだろうな。
いまさらどうでもいいけど。
「そんじゃ、荒らし回りますか」
「金目のものが出てきたら、ポケットに入れて良いのじゃろ?」
「俺が渡してる給料ってそんなに少なかったか……?」
「それはそれ。これはこれじゃよ。何かに使うかもしれないじゃろう?」
戦中派の主婦みたいなこと言ってるし。
みたいっていうか、ホントに戦中派だったわ。こいつ。
そんなこんなで室内を物色する。
デスクの上のパソコンの中身もチェックだ。
上役への連絡方法はともかくとして、研究データの類は入っているかもしれないし。
パスワードやなんかは、当然のように魔法で突破しちゃう。
「お? こいつは……」
いじり回していたら、気になるミーティングソフトを見つけた。
「ビンゴかな?」
その中に、御前、なんていうもったいぶった名前がある。
「いかにも悪の総大将、という感じじゃのう」
俺の声に反応し、美鶴が画面をのぞき込んだ。
そして悪戯っぽく笑う。
「せっかくだし、呼び出してやろうかの」
短絡的だが、このままここで部屋を漁り続けたとしても次の手がかりが見つかるとは限らない。
この御前とやらが上役なら、直撃した方が話は早いのである。
まあ、もし違っちゃったらごめんなさいって感じだ。
ウェブカメラを確認してコールのアイコンをクリックする。
しばし呼び出し音が続き、モニターに若い男の顔が表示された。
『…………』
そして息を呑む。
多賀谷の端末から連絡してきたのは、見も知らない男だったのだから当然だろう。
と、俺は思ったのだけど違っていた。
「加藤少佐……」
『風凪美鶴……』
同時に紡がれる呆然とした言葉。
一方は、もちろん俺のよく知っている声だった。
『……生きていたのだな』
画面から聞こえた声に、美鶴が小さく息を吐く。
「少佐どのが生きておられるのだから、わしが生きていてもなんらの不思議もないじゃろ」
ふたたび発せられた言葉は、いつもの通りふてふてしさだった。
『お前も成功していたとは。驚きだぞ』
加藤と呼ばれた男も肩頬をつり上げた。
「驚いていただかなくてけっこうじゃし、久闊を叙したい間柄でもなかろ。汝の所在を言え。叩きのめしにいってやるでの」
思いっきり好戦的に言い放つ。
『小娘が。力を得て増長したか』
「八十四歳に小娘はなかろ。汝はいくつになるのかの。百十か百二十くらいか?」
つまり、こいつも軍の実験で不老の身体になった、というわけか。
いや、違うな。
実験で得られた成果を使って不老の肉体を得た、というべきだろう。
美鶴のように子供のまま成長が止まってしまったわけではない。二十代の前半くらい、すなわち最も体力も気力も充実している年代をキープしているわけだからね。
彼女たちに対しておこなわれた様々な非人道的な実験の上に、こいつは立ってるってことだ。
ホントに、なにを研究していやがった。風祭機関とやら。
『多賀谷はどうした?』
「死んだよ。奴だけでなく、この屋敷にいた獣人もすべてな」
答えたのは俺だ。
幼女にばっかり喋らせて、その横でぼーっとしているだけってのは、雇用主の沽券に関わるからね。
『なんだ貴様は』
「中村北斗。探偵さ」
ちょっと格好つけて言い放つ。
小学生名探偵みたいな口調でね。
しらっとした目で見返されただけだけど。
『道化が。貴様ごときが触れられる領域だと思うのか』
すごんでくる。
触れられる領域というより、その領域とやらの住人だよ。俺は。
説明してやるほどサービス精神旺盛にはなれないけど。
「思ってるさ。そんなことより、とっとと居場所を教えてほしいんだよね。できれば今日中に決着付けたいんで」
にっと笑う。
時間をかければかけるほど、本業に戻るのが遅くなってしまうのだ。
いなくなった猫を必死で探す家族や、家に帰ろうと街をうろつく猫の気持ちを思えば、一日も早く仕事を再開したい。
『素直に語ると思うのか。道化』
「なんじゃ? びびっとるのか? 少佐どの。さもありなん。わしらは多賀谷の一党を倒した猛者じゃしのう」
煽る煽る。
煽り運転並みの煽りだ。
けど美鶴さん。あなたはエセ獣人を一匹倒しただけじゃないですかやだー。
『調子に乗るなよ。小娘』
「であれば、素直にゲロするが良かろう。それとも、防備を整える時間がほしいのかや?」
『…………』
おお。加藤のこめかみに青筋が立ってる。
だいぶ怒ってるなー。
軽侮されることに慣れてないだろうしね。
それに、ここでこいつがなにを語ったところで信用に値しないって部分もある。
「探知完了だ。奥多摩とは、なかなか良いところに住んでるじゃないか」
だから俺は最初から違うプランも走らせていた。
魔法的なプロテクトなんかなにもない日本のインターネットなんか、情報を探り放題。
王たる俺のために、いま会話している相手の現在位置などを吐き出させたのである。防疫研究所のビルの鍵開けにも使った手だね。
『なっ!?』
「それじゃ、いまから行くね」
驚く加藤を放置して通話を終える。
「むう……」
なぜか不機嫌な美鶴であった。
「せっかくわしの華麗な話術で吐かせようと思ったのに……」
どこに拗ねてるんだよ。
あと、華麗じゃないよね。煽ってただけだよね。
「ぱぱは女心が判らない。美胡おぼえた」
「憶えなくていいよっ。むしろそんな言葉を憶えちゃだめ」
やばい。
夫婦ゲンカは子供の教育によろしくない。
「誰が夫婦じゃ」
そしてげしっとエスパー美鶴に蹴られました。
ひどい。
俺、すげー活躍したはずなのに。
「とっとと行くぞい」
口笛で虎をを呼び寄せると、美胡と一緒に背中に乗って部屋を出て行ってしまう。
「まま、お顔赤いよ?」
「気のせいじゃ」
声が遠ざかってゆく。
肩をすくめた俺は、小走りに後を追った。