スバールバル諸島 コイド島(2)

文字数 1,415文字

2015年3月11日 オスロ空港

「コイド島の港建設?そもそもコイド島を知りませんね。スバールバル諸島にそんな島があったことも初めて聞いたが。そこへ行くというのですか、今から」
 通話の相手は環境管理局。ライチョウは旅の延長を事後報告で済ませるつもりだった。が、極地村調査の日程をあらかじめ把握していた管理局が、そろそろ旅の終盤を迎えているはずのライチョウから一向に連絡がないことに痺れを切らして電話をかけてきたのだ。
「ええ。廃村の危機にあった先住民達は北極海航路開発をきっかけに、港の建設を計画しているそうです。極地村調査の一環として行かせてください」
「行かせてくださいと言われても資金は出せませんよ。そんな情報どこで仕入れたのか・・・我々としては四つの村の資料があれば十分です」
 とっとと戻って来いということだろうが、仕事を依頼している以上強く言えないに違いない。ライチョウは引き下がらなかった。
「四つの村の調査報告が早いとこ必要なら先に送ります。資金は何とかなりますよ。追加で旅費の請求などしませんからご安心を。北極圏全域に関わる課題の多い事案ですよ?グリーンランドが率先して現状把握しておくべきだと思いますが」
 電話の向こうで誰かの声が聞こえた。この会話が他の者にも聞かれているのかもしれない。
「・・・わかりました。まあ構いません。今回の調査に逸脱しているわけじゃない。調査報告はコイド島の港建設の話を聞いてからまとめて送ってください。繰り返し言いますが資金は増やせませんよ。その代わりと言っては何ですが、あなたが開発した砕雪モビルを私個人で予約しました。来月発売でしょう?」
 思わぬ知らせにライチョウは一瞬何を言っているのかわからなかった。
「砕雪モビルを?どうして・・・」
「犬ぞり環号の隊長が先日局へ来ましてね。セツド村の村長を何日も不在にされちゃ困ると言いに。それに本人達は外国の僻地(へきち)に大変な思いをしながら行っているんでしょうと。ライチョウ博士は期待以上の仕事をするはず、とも言っていた。そこで・・・セツド村で見たスノーモビルを思い出して、支援できればと思ったんです」
 ライチョウが故郷を離れる間、犬ぞり警備隊のマックスは村の様子を気に掛けて何度か見回りに来てくれていた。
「ありがとうございます」
 グリーンランドに帰ったら、やっぱりマックスに無事任務を終えたことを報告しよう。ライチョウはそう決めた。


「ロングイェールビエンからコイド島へはバスと船で四時間てとこだ」
 通話を終えたライチョウがレミンに言った。
「ロングイェールビエンってスバールバル諸島の中心街ですよね」
 レミンはスバールバル諸島のガイドブックを見ている。オスロ空港のあちらこちらに置かれているパンフレットだ。
「村長、体調大丈夫なんですか?昨晩つらそうでしたけど。今から飛行機に乗って次に船って、なかなかハードですよ」
「心配ないよ。極地研で仕事に追われてた時の方がしんどかった」
 そう言って目をこするライチョウの顔は明らかに疲れていた。結局昨夜はほとんど眠れていない。腫れた顔に隈。締まりのない顔をサイガが見たらがっかりするか・・・いや、砕雪モビル開発に没頭していた当時に比べたらずっとましだ。
「あー・・・頭が痛い・・・水買ってくる」
 ライチョウは重い腰を上げて近くの売店へ行った。その後ろ姿を見てレミンが呟いた。
「村長大丈夫かなあ・・・半分恋煩いだろうけど」
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