スバールバル諸島 コイド島(5)

文字数 1,456文字

 南の沿岸には建設中のホテル、役場はその対角にあった。外灯に照らされて濁った乳白色の石壁が浮き上がっている。
「立派な建物ですね。セツド村とそう規模は変わらないのに」
 エントランスに入ると前方を塞ぐように銅像が置かれていた。コイド島一番目の入植者ビザイの銅像だ。
「コイド島に初めて入植した人物はイヌイットだったって説もある。彼女がどこから来て何故コイド島に漂着したのかはわからないそうだが」
 ライチョウはビザイ像を見上げて言った。
「『ビザイ』って・・・連絡船の名前と同じだ。村長気付いていたんですか?」
 レミンは銅像の女性の名が彫られたプレートを見ている。
「コペンハーゲンの高校に通ってた頃北欧史で少し教わった。といっても授業の本筋じゃなく余談話でさ。コイドカゼの歴史も教科書にのってるわけじゃない」
 劇場ホールのようなエントランス奥の両開き扉は閉まり、照明も消えている。職員達は帰宅したと思われた。ライチョウは明日出直すべきかと考えたが、ズリはおそらく上の階にいる。
「首長の事務室は三階だ」
 ライチョウが言うと両開き扉を開けて奥をのぞいていたレミンが振り返った。
「訪問は明日にした方がいいんじゃないですか?もう誰もいないしこんな時間に怪しまれますよ」
「こんな時間っつってもまだ六時過ぎだ」
 ライチョウはエレベーターのボタンを押した。
「今夜泊まる所どうするんです?コイド島にホテルがあるのかどうかも・・・」
「そうだレミン、先にホテルの部屋をとっておいてくれ。このガイドブックにコイド島のホテルが載ってる。集落の東端、役場から山側に行った所に」
 ライチョウはレミンにガイドブックを投げてよこした。
「え!?村長一人で首長に会いに?」
「会ってくれるかはわからない。無理だったら俺もホテルに向かうよ。どっちにしてもレミンは飯食ってホテルで休んでな」
 ライチョウはエレベーターに乗り込んだ。
「建設予定地の見学は明日ですよね?」
「ちょっと待ってください!今日の業務は終了しています。上の階には行けませんよ」
 声がした。エレベーターの反対側端にある階段からスーツを着た恰幅のいい女性が勢いよく降りてくる。
「どんな御用件ですか?場合によっては明日にして頂きますが」
 ライチョウは『開』ボタンを押したまま顔を出して、こちらに向かってくる女性を見た。
「首長か?」
「でもあの人コイドカゼではないですよ」
 ライチョウはエレベーターから降りて女性と向かい合った。
「すみません。首長に面会がしたくてグリーンランドから来ました」
「グリーンランドから?」
 と、言っても信じてもらえそうにないと思ったライチョウはパスポートを提示した。
「どうして首長に?」
「僕達グリーンランドの環境管理局からの依頼を受けて北極圏の村を訪問しているんです。都市部とは違うエネルギー供給方法や温暖化による影響を聞いて回って、小中学校の教科書作成の資料にするために」
「ここでは参考になるようなことは・・・」
「首長と直接お会いできませんか?」
 ライチョウはふと今日一日のことを思い返した。オスロ空港を出発してからロングイェールビエンへ、バスに乗って連絡船乗り場へ行き、ビザイ号でコイド島へ到着。バスの運転手からズリのことを聞かなかったら今日はもうホテルで休んでいただろう。
「・・・事務室にご案内します。遠くからお越し頂いたようですので。本日の面会のお約束はできかねますが」
「ありがとうございます」
 ライチョウ達は (結局レミンも) 女性職員の案内のもと首長事務室に向かった。


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