スバールバル諸島 コイド島(8)

文字数 1,039文字

コイド号 (二時発)

「ライチョウさん!レミンさん!」
 連絡船乗り場で乗船準備が終わるのを待っていると、ズリが姿を現した。
「ズリさん、来てくれたんですね」
 レミンは嬉しそうにライチョウを見た。
「東海岸、行かれたんですよね?まだ何もなかったでしょう?」
 ズリの表情は固かったが、ライチョウは寒さのせいだと思うことにした。
「ええ。来年以降建設が始まったらまた来るかもしれません」
「昨日の話で、ちょっと引っ掛かったことがあって」
 乗船準備が整ったようだ。船員がこちらを気にしている。
「極域海洋学を研究しているご友人・・・港建設の情報を教えてくれたという。2014年3月に、島の近くで “海氷荒らし” が起こったとされる頃、ノルウェーから研究者の方がやって来られました。ノルウェー人ではなかったようですけど。同じ人かもしれません」
「ドランメン海洋科学大学准教授のマケドニア人です」
 ズリがサイガと接触していることはバスの運転手から聞いて知っていた。
「そうです!マケドニア出身だと確かに言っていました。俳優かと思うような端正な人で。あなた方と同じように役場で島について話をしました」
「北極海航路について?」
 ライチョウが聞いた。
「ええ。北極海航路と港建設について興味があるようでした。その後一緒にロングイェールビエンまで向かったんです。一緒になったのは僕がたまたまロングイェールビエンで人と会う予定があったので。道中長いこと考え事をしていたのか、ほとんど会話はしていません。しかし我々民族の現状と港建設については理解を示してくれました」
 ズリの言葉を聞くと、ライチョウは頷いた。
「わかりました。ありがとう」
「村長、時間が」
「また来てください。きっといい港ができますから」
 ライチョウは右手を差し出した。今朝の “海氷荒らし” についてズリは触れていない。二人は握手を交わしたが、手袋をしたままなのにライチョウには冷たく感じられた。
「モウコに連絡するの忘れてた。“海氷荒らし” に遭遇したことは知らせないと。オウガンにも」
 連絡船コイド号は行きに乗ったビザイ号よりも一回り大きな砕氷船だった。
「コイド号か・・・他の二隻は何ていう名前なんだろう。ガイドブックには名前まで載ってないんだよな」
 二人はサイドデッキに立っていた。昨日ほどの強風に見舞われることはなく、海は穏やかだった。
「まあロングイェールビエンに着いてからでいいか」
 ライチョウは欠伸をして後部デッキのステンレス製ベンチに腰掛けた。
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