④グリーンランド東部 “細長い村” (1)

文字数 1,411文字

2015年2月28日

 午後五時十分。目的地のクレバスに着いた。
 幅二百メートル、長さ百キロに及ぶ雪上の割れ目クレバスは、数百年も前からそこにあり、温暖化の影響で年々幅が広がっていた。地上からのぞくと底がないように見えるが、二十メートル下には村が存在した。“細長い村” と呼ばれる地底には五十人程の定住者がいる。しかしライチョウもレミンも地底の暮らしについて、下がどのようになっているのかは知らなかった。
 ライチョウの兄ジュライは細長い村とヌークを行き来して物資を届ける配達屋をしている。彼は思い込みにより空を飛ぶ能力を身に付けたと噂されていた。しかし実際にそんなことできはしない。最初は自分の体より重いリュックを背負って地底へ繋がる鎖の梯子を降りていた。元々運動神経は人並み外れて良かった。体格にも恵まれていて力もあったから重い荷物を担ぐのは苦ではなかった。
 ジュライはとても生真面目な性格、純情であり、融通の利かないところがあった。イヌイットの家庭に生まれ、生活のために必要とされた狩猟を拒否したことで、昔父親と喧嘩になったことがあった。ジュライにとって初めての親への反抗だったとライチョウは記憶しており、この日ジュライは家を出て行った。以降今まで家に戻ることはなくヌークにある空き倉庫を借り、自分で改築して住めるようにしていた。
 配達の仕事は早い時期から始めていた。細長い村へ物資を届けることを念頭に、自ら事業を興した。また自力で地底に降りずに済むよう、閉鎖的な村に “立体スクロール技術” を持ち込んで地上から地底への行き来に負担をなくした。
 立体スクロール技術とは、自分と周囲数センチをコンピュータの画面に同化させる技術。スキー板が同化の役割を担い、コンピュータ上に同化した自分はまるで宙を歩いているかのように空中に留まることができる。ヌークにいる相棒が行うコンピュータ操作により、その状態でスクロールするように上下左右に移動が可能となる。
 この技術は長年試作段階であり、公には認められていない。開発者は造船技術者の男、彼の道楽として編み出された。ジュライの立体スクロール技術利用を知らない者が、彼は空を飛べると勘違いしたのだ。
 ジュライは週に二度細長い村を訪れていた。鎖の梯子は一本だけで、村の者達もほとんど利用していない。不安定で心許無い梯子をライチョウとレミンは恐る恐る下りていった。
「地上ももう暗いですけど、太陽がほとんど届かないクレバスの底で村の人達はどうやって暮らしてるんだろう?」
 十メートル程下りると、次第に下が明るくなってきた。オレンジ色の柔らかい光が周囲を包む。上からではわからなかった不思議な光が視界をクリアにしていった。
 ライチョウの足元にはカラフルな屋根の家々がポツポツと見えた。オレンジ色の光は自家発電によるもので、クレバスに流れる天然の “氷らない川” がエネルギー源となっていた。弱々しかった光は地底まで行くと昼間のように明るくなる。
「氷らない川に自家発電装置を設置し、村の蓄電パネルへと送電する。そうやって村や家々に電気を届けてるんだってさ」
 管理局から事前に渡されていた資料で予習していたライチョウは、小さな村に特殊な電力供給があることに関心を抱いた。
 ライチョウは村長を訪ねようと、唯一見つけた小さい男の子に声を掛けた。男の子は村長は自分の父親だ、と言って家に案内してくれた。
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